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目覚めた魔王

宿に風穴を開けた、魔王の少女、ナゲリーナは身長に合わない白衣を引きずりながら、宿から出て行こうとする。

そんな魔王の腕を尋賀は掴む。


「待てよ、どこに行くつもりだ?」

「山に。あそこは、異世界へと繋がっている。異世界研究の続きを」


ナゲリーナは無表情にそう告げると、尋賀の手を振りほどこうとする。

だが尋賀は掴んだその腕を放さない。


「その話、本当? オレ、異世界からやって来たんだけど、オレを元いた世界に帰せる?」

「できる。でもあなたをどうして異世界に帰さないといけない? わたしのメリットは?」


ナゲリーナは虚ろな双眸で尋賀を見つめる。

少女とは思えぬ雰囲気を纏う彼女に、尋賀は臆する事なく話をする。


「メリットはねえよ。でも山ん中からお前さん、ここまで運んできてやったのオレなんだけど」

「そう。それはありがとう」

「感謝するなら、言葉じゃなくて行動で示して欲しいね。感謝を仇で返さねえでくれよ」


ナゲリーナは尋賀の顔をじっと見つめる。


「でもあなた、感謝を仇で返しそう」

「ああ、オレは仇で返すよ。なんせオレ、不良だからな」


ナゲリーナは、白衣の袖で隠れた手を口元に当てながらしばらく考え込む。と同時に、尋賀の頭の先から足のつま先までじっくりと観察すると、無表情な顔にも関わらず、袖の下で隠れた口が悪魔のような笑みを見せたような気がした。


「……だったら、帰してあげる。ただし、わたしの言う事は聞くこと」

「へいへい。帰してくれるってんなら悪魔どころか魔王様にだって魂を売ってやるぜ。ま、オレの魂は高えけどな」

「分かった、それでもいい」


ナゲリーナが頷くと二人は宿の外に出る。

宿の外には人集りができており二人の騎士が剣を構えて待っていた。

尋賀は自身の白髪頭を掻きながら呟く。


「まだいたのか? 宿の中に入って来ねえから帰ったと思ったんだけど」

「黙るのです! 我々は魔王を警戒して待機していたのです!」


男の騎士は片手剣の切っ先をナゲリーナに向ける。


「多くの人命を弄び世界の生態系を魔物の存在で狂わせるきっかけになった歴史的犯罪者、初代魔王ブレアー・フォン・シュヴァルツレーヴェ! 極刑判決回数は千年の間に実に百二十五回! 我が国の法律ではシュヴァルツレーヴェを受け継いだ者は確認しだい、例外なくその場で処刑となります!」


強い口調で言われたその言葉を、ナゲリーナは鼻で笑う。


「わたしを処刑できる? 千年、生き続けるわたしに?」


ナゲリーナはゆっくりと歩き剣を構える男の騎士に側に近づく。ゆっくりと歩く彼女の一歩一歩はどこか禍々しさを感じさせる。


「わたしは魔王。新たな我が名はナゲリーナ・フォン・シュヴァルツレーヴェ。ただの人間が魔王を殺せる?」

「こ、殺せるに決まっています! 魔王といえども、元は人間ですからね!!」


男の騎士は大声で叫ぶ。

しかし、その大きな声が返って動揺している事を周囲に漏らしていた。

男の騎士がナゲリーナの顔から視線を外せないでいると女騎士も何か、大きな声を出す。


「早くその場を離れるの! 魔王が何かばらまいてるの!!」


その一言で男の騎士は我に返る。

ナゲリーナの右手には試験管が握られており中身はすでに空っぽになっている。

足下には中身であったであろう液体が広がり、赤色に輝く。

まずい、何か嫌な予感がする。

その言葉が男の騎士、そして離れて見ている尋賀の脳裏によぎる。


「おい、てめえ! 一体何ばら撒きやがった!」


尋賀は慌ててナゲリーナの元に駆け寄り、腕を強く引っ張る。

男の騎士もその場を離れた途端、液体がばら撒かれた地面が爆発した。

大きな轟音が鳴り響き、爆煙が黒い雲を形成する中、彼女は小さな声で答える。


「わたしの作った、爆発する薬品。早く事を終わらせようと思って」

「あぶねえ物ばら撒いたくせになんで逃げようとしなかった! ……自爆するんならオレを元の世界に帰してからにしてくれ」


尋賀は本当は彼女を爆発で死なせたくなかった。もちろん、自身が元の世界に戻るためだけじゃなく、彼女の尊き命を失ってほしくなかった。

いつもなら、もう少し捻くれた言い方をする彼だが、流石に今回のことは余裕がなく、これが精一杯の言い方だった。

反対に命の危機を自ら生み出したナゲリーナの表情は何一つ変わらない。


「大丈夫。すぐにそんな事考えなくなる」

「あん? ……どういう意味?」

「…………」

「だんまりかよ」


ナゲリーナの行動に、尋賀は人間ではないと思った。

何故自ら死ぬような行為を平気で行えるのか、その行動の意味が全く理解できなかったからだった。

反対にナゲリーナの方は心の中で舌打ちをしていた。

彼女は、早くこの騎士達を倒し、彼女の『目的』を達成させる。そのためには自らの身体が爆発に巻き込まれてもよかったのだ。どうせ、この身体が不要になるから。

早く終わらせたかった彼女の思惑通りに行かなかったために、彼女は次の算段を考え始める。

そんな彼女をよそに騎士の二人は怒った表情で剣を構えている。


「あのような物をばら撒くなんてやはり許せません! この場で処刑してやります!」

「私、魔王の弱点知ってるの! 魔王の魔法は陣を描かないと発動しないの! 陣を描ききるまでに倒してしまうの!」


二人の騎士は、それぞれの剣を構える。

尋賀は二人の騎士と考え込んでいるナゲリーナの間に立つ。


「おいおい、オレの事、忘れてなーい? 魔王様、殺されるとオレ、困るから全力で邪魔ぁ、させてもらうぜ」

「むむっ! その者は歴史的大犯罪者ですよ! そのような者に肩入れするんですか!?」

「あっそ。でもオレ、法の正義も道徳の正義も持ち合わせてねえよ。自分さえ良ければいい、自己中心主義だからな」


その尋賀の言葉を聞いたナゲリーナは背中から発言する


「じゃあ、なんでわたしを助けた?」

「あん? さっきの爆発? オレを元の世界に帰して欲しいからに決まってるだろ」

「山でわたしを助けたのは?」

「そっちは気分だって。あんな山で置いて帰ったら、気分悪くなるだろが」


決して素直に心配だったとか、危なかったからと言わない捻くれた性格の尋賀。

二人が話し合う中、男の騎士は鎧の音を鳴らしながら走ってくる。


「ごちゃごちゃうるさいですよ!」


騎士の男が片手剣の射程圏内にやって来る前に、尋賀は一瞬で騎士の男に詰め寄る。


「おめえは鎧をがちゃがちゃ言わせてうるさいのな」


尋賀は棍棒で男の鎧を突く。

大きな音が鳴り響くが男はビクともしない。


「そんな棒きれの攻撃、効きませんよ!」


男は尋賀の棍棒を先を手で掴みながら、笑う。

木製の棍棒と、金属製の鎧とでは相性が悪く、全く応えていない。

しかし、尋賀も笑みを浮かべる。


「その手の硬い相手は、もう慣れてんだ。てめえの顔ガラ空きだぜ!」

「うがっ!」


尋賀は右手に棍棒を持ったまま男の顔を左手で殴る。

男は呻き声をあげ、鼻血を出しながら倒れた。


「なにするの! 許さないの! 敵討ちなの!」


女騎士は尋賀に詰め寄り、細剣を横に振る。

尋賀は一歩下がって回避するが、すぐに顔に向かって細剣の突きが襲いかかり、身体を逸らして躱す。さらに彼女は一呼吸の間に横に細剣を振り、斜めに振り下ろし、また横に振り、一連の動きの後に突きが繰り出され、高速の剣が尋賀に襲いかかる。


(いくらなんでも速すぎるだろ! 躱すのに精一杯ってか!)


尋賀は細剣を寸前のところで躱し続けるが、女騎士の高速の剣が次から次へと、尋賀に向かって襲いかかる。


(くっ……! 仕方ねえ!)


女騎士の細剣が尋賀に目前にまで迫っている中、尋賀は、棍を女騎士の手元を狙って振る。尋賀にとって刃先が当たるかもしれない危険な賭けだった。


「当たらないの!」


女騎士は手を引っ込め、距離を取る。

もしこのまま手を引っ込めずに攻撃を続けていたらと思うと、尋賀はただただ奥歯を噛みしめることしかできなかった。


「速すぎだろ……」

「これが細剣なの! 細剣は強いの!」

「あっそ。オレの棍術は全ての武器の基本の武器だ。あ、これは棍術、教えてくれた奴の受け売りな」


再び女騎士は尋賀に詰め寄る。今度は棍棒の先で、細剣を受け止めようとする。

しかし、


「やべ! 切れやがった!」

「そんな木の棒で刃を受け止められるはずないの!」


尋賀は女騎士から大きくバックステップして距離を取り、棍棒の先を確認する。

あまり、短くなってはいない。

ならば、このような相手には長期戦はあまりにも不利すぎる、すぐに反撃に出て、尋賀は一気に勝負を決めようとする。


「じゃあ、オレの棍術をそんな細いので受け止められるか!?」


尋賀は棍棒の端を持ち全力で振り下ろす。女騎士は咄嗟にそれを剣で受け止める。剣と棍棒のぶつかり合い。


「くっ!」

「あ、相打ちなの!」


強い衝撃音と同時に、両者の武器は二つに分かれる。

強い衝撃を受けた細剣は刀身を失い、刃に触れた棍棒は短くなる。

両者の武器が破損する戦いの中、ナゲリーナが割って入る。


「邪魔」


ナゲリーナは、すでに陣を描き終わり、幾何学模様が浮かび上がっている。

火球が飛び出した時の幾何学模様と違う模様をしており、その幾何学模様から今度は巨大な水塊すいかいが飛び出し、尋賀と女騎士をに向かって飛んでくる。


「だから危ねえって!」

「きゃっ!」


尋賀は飛びついて躱し、女騎士は水塊に吹き飛ばされ、気絶する。

周りにいる人達を巻き込みそうになるが、誰も巻き込まれていないようだ。


「おいおい、魔王様。オレの事も狙ったろ。危ねえっての」

「ちっ」

「舌打ちしてんじゃねぇーよ」


尋賀はナゲリーナの元に歩み寄り、彼女の頭を平手で叩く。


「痛い」

「うるせえよ。ったく」


ナゲリーナが頭を抑える。そんな二人のやり取りの中、人集りの中から宿の主人が戻ってくる。

宿の主人は気まずそうな顔をしながら口を開ける。


「あ、あのう……」

「……よう。遅かったじゃねえか。おめえが宿を開けている間にとんでもねえ事になっちまった」


尋賀は親指を宿の方に向ける。建物は、大きな風穴ができており、中の様子が外から丸見えだった。もっとも、こんな状態にしたのは騎士たちではなくナゲリーナだが。


「や、宿よりも、ナ、ナゲリーナちゃんが魔王だって、み、皆さんが! ほ、本当ですか?」

「そっちは本人に聞いてみな」


尋賀に促され、宿の主人はナゲリーナに話しかける。


「あ、あの、ナゲリーナちゃん、も、もう起きても……」

「大丈夫」

「そ、そう……」


宿の主人は魔王の少女に目を合わさない。


「ナ、ナゲリーナちゃん、ふ、服とか、そ、その白衣、ちょっと土で汚れてるけど」

「大丈夫」

「そ、そう……」


中々本題を切り出さない主人に業を煮やしたのか、尋賀は宿の主人の肩を叩く。


「おい、ガリガリおっさん。聞きてえ事、あるんじゃねえの?」

「は、はい、た、た、確かにそうですが……」

「はっきりしやがれ。そんなんだから宿、繁盛しないんだろうが。聞きにくくてもちゃんと聞けよ」

「そ、そうですね。では……」


尋賀に促され、宿の主人は今度はナゲリーナの目を見ながら聞いた。


「ま、魔王になったんだって?」

「そう」

「りょ、両親にこの事を、し、知らせてもいいね?」

「好きにすればいい」


ナゲリーナの答えを聞くと同時に、宿の主人は背を向ける。

尋賀は宿の主人の肩をもう一度叩く。


「あんた、結構、損な役回りばっかじゃねえの?」

「そ、そうですね。で、でも昔からそうでしたから」

「ちょっと手紙、出しに行ってる間に、税金泥棒が押し入り、宿に穴が空いて、しかも今度はガキが魔王になった事を両親に説明しなくちゃならねえ。オレ、金ねえし、謝る事くらいしかできねえぜ」

「べ、別にこれくらい構いません。も、もはや税金も払えなくなった宿ですし、み、店を畳んで実家の方に帰ろうかと考えていたので、ちょ、ちょうどいい機会です。わ、私なんかよりもナ、ナゲリーナちゃんの両親の方がショックなハズです。な、なにせ自分のお子さんが魔王になったのですから……」


尋賀は空を見上げながら口を切る。


「ホント、あんたには頭、下がるなぁ。

あんたみたいな殊勝な人間がどうして上手くいかないのかねえ」

「し、殊勝とおっしゃいましたが、わ、私には、せ、性格などに問題があるのです。ほ、褒められたものじゃあありません」

「……すまねえ。オレがあんたのところに来たばかりに……あんたに迷惑かけちまった」


尋賀は宿の主人の顔をそっぽを向きながら呟く。

その呟きを聞いた宿の主人は気に病む必要はありませんよといいながら、少しだけ笑顔を見せると人集りの中に消えて行った。


「そんじゃあ魔王様。早速だけど、オレを元の世界に帰してくんない?」

「それじゃあこの近くにある山にまで。間違いなくあなたはそこから来た」


尋賀は当たりと言うと、ナゲリーナは村の出入り口に向かって歩き始める。


「出発する」

「ちょっと待ってくれ。オレの棍棒、拾ってくわ」


尋賀は切れてしまった棍棒の片割れを拾いに行く。

二つに分かれてしまった棍棒をバッドケースにしまいながら、ナゲリーナの事を考える。


(あいつ、本当に魔王なのか?)


尋賀の知る魔王のイメージと、ナゲリーナは随分と違うように見えた。

村の人間達は、魔王を怖れて逃げることなく、何故か野次馬として戦いを見ていた。

他にも騎士が言っていたシュヴァルツレーヴェを継いだら処刑だという話や、宿の主人の魔王になったとかどういう意味かも分からない。

彼女には多くの謎がありそうだと、そこまで考えるが、もうオレには関係ないか、と考えることをやめてしまう。


「早くする。わたしは気が短い」

「へいへい、わかりやーしたよ魔王様」


気絶する二人の騎士を無視して尋賀とナゲリーナは村の外へと歩き出す。

人集りも、それに合わせてしだいに消えていった。

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