騎士道、不良道
外に出た尋賀に、その後を着いてくる美玲。
尋賀は机を持ち上げると、研究所まで運ぶ。
「戦争を止めに行く方が先決だ!」
「もういいから。んなもん止めに行っても全滅するだけだろうが。ただでさえ五人しかいねえーのによぉ」
「新たな戦力を加えればよかろう!」
「ねーよ。そんな戦力、どこを探してもな」
「だが我らには魔王がいる!」
「魔王様はただの研究者でしかないって、てめえも知ってるだろうが。そんなラスボスするほどの力もねーよ」
「だがその研究成果は凄まじいものだ!」
「だーもう! オレは一番優先しなくちゃいけねえ問題を優先しろっつってんだよ!」
尋賀は机を運ぶのを止め、ついに声を荒げる。
だが美玲はそれに臆することなく言う。
「貴様は! 自分達の世界が、町が! 壊されていくのを黙って見ていると言うのか!」
「できねーよ! できねーけどそれで世界が滅んだらそれこそ意味ねーだろーが!」
「貴様とは……本気でやりあわないとダメらしいな! 坂巻 尋賀!」
「……この分からず屋が。もう好きにしやがれ」
尋賀は、いつまで経っても納得しない美玲に相手をしたくないと言わんばかりにそっぽを向く。
「なぜだ……!? 貴様なら納得などしないだろ!」
「確かにしてねーよ。オレも初めは救いに行こうって優等生に言ったさ。でもな、オレはおめえと違ってちゃんと計算ができてんだよ。世界とオレ達の町、天秤にかけたらどっちが重いのかってな!」
「うるさいぞっ! 坂巻 尋賀! 命は対等ではなかったのか!?」
「……確かにオレはそういう風に言ったな」
「貴様のその言葉を信じた私は! なんなのだ! 答えろ!」
「……すまねえな、美玲。世の中出来ることと出来ねえことがあるんだって」
尋賀は頭を下げることなく、呟く。
美玲は奥歯を噛み締め、拳に力を入れ、そして抜いた。
「私は……尋賀なら、私の時のように……」
「…………」
「……もういいよ。どうせ私一人じゃ、どうにもならないから」
美玲はそう言って、いつもの演技口調を止めた。
「……気ィ悪くしたか?」
「どうしてそんな事を?」
「てめえがそんな口調する時は何かある時だからな」
「悪くするに決まってるもん。尋賀がヘタレみたいなこと言うんだもん。ヘタレ尋賀!」
「オレがヘタレならてめえはニワトリか?」
「言ったな! ヘタレの癖に! ヘタレ! ヘタレ! ヘタレ! 坂巻 尋賀のヘタレ野郎!」
ヘタレを連呼する美玲に尋賀は溜息を吐いた。
いつまで経ってもこの面倒な性格が治ることはなく、むしろ悪化しており、二重人格にすら思っていた。
それでいて正義感が人一倍強く、時に無茶な行動をしでかす。
もっとも、彼女の無茶がきっかけである程度仲が良くなったわけだが。
「……ヘタレでもヘタレ野郎でもどっちでもいいから。話が終わったんならとっとと机を片付けよーぜ」
「ううん。一番大事な話が終わってないよ」
真剣な表情の彼女はなぜだか、纏う風がいつもと違うように感じた。
「ナゲリーナが死ぬってどう言うこと?」
尋賀は最初、美玲に全てを説明した時にナゲリーナが死ぬという話題に食いつかない彼女が少し気掛かりだった。
本人はどう考えているのかは分からない。だが大事な話をする時は演技ではなく、真剣に聞こうとしているのだろうと、尋賀は推測する。
何かある時、美玲は設定の口調をやめるのだから。
「分からねえ。神って奴がそー言ってたんだよ。もっとも、オレと優等生が考えても、どういうことかは分からねえけどな」
「ここに来て、急に神の登場……。そうか! 分かった!」
手を叩く美玲。
白けた目で美玲の答えを聞く尋賀。
「きっと、魔王の覚醒が近いんだよ! やっぱり魔王は研究者じゃない! きっと、闇の王……全てを闇に沈める闇の王なんだよ! って痛い!」
「妄想はもういいっての」
尋賀は妄想する美玲の頭をチョップする。
設定の口調をやめても妄想はするのだ。
「ナゲリーナは、フェルデファン・デールテル世界の闇の王……だと思ったのに〜!」
「今適当に考えたろ、フェルデファン」
全くもって関係のない言葉をすぐに思いつく美玲の才能は本物かもしれない。
その才能を今活かすべきではないが。
「と、とにかく……私達の町は無理なんだよね? けど目の前にいる人なら……絶対に救えるよね?」
「絶対とまで言えねーよ」
「そんな事はないよ。だって尋賀だから」
「……どういう理屈だよ」
「私は無理でも尋賀ならなんでもできるよ」
「オレ、出来ることよりも出来ねえ事の方が多いと思うけどな」
「でも私が出来なくて、尋賀なら出来る事があるから」
「そりゃー得意不得意とか人間あるしな」
「ううん、そうじゃない。だって尋賀なら……」
美玲はもう一度真剣な表情をすると、美玲は彼女の思いを口にする。
「いつ、どういう方法で死ぬかは分からない。私達の町はどうすることもできない。だけど私達の町を救えなくともナゲリーナだけは……私の時と同じように救って。いや――」
美玲は首を横に振って言い直す。
「救ってください、かな?」
微笑みながら呟く彼女は、月と重なり、尋賀にはその姿は堂々とした演技をするいつもの彼女とは違って見えた。
矢薙 美玲の本当の姿とでも言うべきか。
尋賀はその瞳を真っ直ぐに見つめ、答える。
「当たり前だっての。救えるもんがあるなら救ってやる。それがオレがジジィから教わった、今のオレが、オレである理由だからな」
尋賀がそう言うと、美玲は、ふふと笑う。
「やっぱり、越えられないなぁ」
「何をだよ」
「なんでもないよ。ただ一言言うなら尋賀と同じ。今の私が、私である理由だから」
「オレはいつまで経ってもお前の事、分からねえけどな」
尋賀がそう言うと、美玲は表情を変えずにいる。
「昔の事、覚えてる? 尋賀が私を助けるために飛び降りて来たこと」
「さあ、どうだろうな?」
昔、美玲の中の尋賀が、怖い存在から憧れに変わった日。
美玲を助けるために三階の窓から飛び降りて来た時の事を言っているのだろう。
「……あの時、尋賀は私のピンチを助けてくれた。だから私はナゲリーナを救えるって信じてるよ」
「死ぬような出来事、起きねえかもしんねーぜ?」
「起きるにせよ起きないにせよ私は信じてるよ。私はまだ尋賀になれないから、今は全てを託すことしかできないけど」
「へへ。オレみたいってか? オレは不良だぜ? オレみたいになっちまったらおしまいだぜ?」
尋賀は美玲が何を考えているのかはは分からなかった。
いつもと同じ、美玲の妄想を理解できないように。
「違う。尋賀の道は、私の騎士の道……だよ」
「また妄想かよ……」
尋賀は露骨にがっかりした。
言った一言がいつもと変わらぬ妄想なら聞くだけ損だろう。
(妄想じゃない。尋賀はピンチの時に助けてくれるヒーローだから。だから私の、人を助ける騎士の道と同じなんだよ?)
美玲のその思いは尋賀に伝わることはない。
「とっとと戻ろうぜ、騎士殿。さっさと寝て、明日に備えよーぜ」
「待って……待つのだ! 坂巻 尋賀!」
いつもの演技の口調に戻り、尋賀は頭を抱えながら、なんだと聞く。
「全てが終わってからでいい! また私と決闘するのだ!」
「ったく。こっちの迷惑も考えろっての」
「私は貴様を越えたいのだ! そのためならば何度でも挑んでやるぞ!」
「……へいへい。全部終わったら好きなだけ喧嘩してやる。その代わりてめえもちゃんと魔王様が死にそうになったら手ぇ貸せよ」
「うむ! 魔王、ナゲリーナだけとは言わずに貴様の背中も守ってみせるぞ!」
「へへ。オレの背中と命、任せても大丈夫なのかよ」
「任せたまえ! この騎士道に負けはない!」
「んじゃ、オレもこの不良道で良いってんなら負けはしねえぜ」
尋賀は美玲の真似でもするかのように、軽く言う。
だが美玲はその言葉を重く受け止めたようで、その手で自身の胸をどんと叩く。
心得た、とでも言わんばかりだ。
信頼、尊敬、競争。
この二人の繋がりであり、崩れることも形を変えることなく二人を結んでいる。
ーーー
「んじゃ、片付けも終わったし、優等生達と魔王様どこにいるか探すか」
研究所内。
机を元の場所に戻した尋賀が言う。
「ま、探すつってもどうせあの魔導砲がある部屋だと思うけどな」
「ならば天城 優作を呼ばなくても良いのではないか?」
「じゃあ部屋にいなかったら別の部屋探さないといけねえだろ。ここ、だだっ広いみてえだし、探すのが一手間だろ?」
「ふむ。ならば私は二人を呼んでくる。貴様は先に行くと良かろう」
「……んじゃ、探して見つからなかったら仮眠室集合でいいな?」
「うむ。了解したぞ!」
心良く返事する彼女に思い出したかのように尋賀は言う。
「そういやー優等生、ちと風邪引いてるみたいだからな。無茶させるなよ?」
「む? そうなのだろうか? ならば無理をさせぬよう、先に仮眠室で寝させるとしよう」
そう言って、美玲は優作達がいる部屋の方に歩いていく。
残された尋賀は、魔導砲がある部屋に彼女がいることを祈りつつ、部屋へと向かう。
しかし、
「いない、か……」
尋賀はナゲリーナに研究所を案内された当初を思い出す。
廊下一つに幾つもの扉があり、言うならば一種のダンジョンのようになっていた。
さらにそこから部屋からまた違う部屋へと繋がっているらしく、ラストダンジョンや、巨大迷路としてもってこいの場所かもしれない。
「ったく。増築ばっかりしてるから部屋が増えるんだって」
当たっているのか分からない尋賀の部屋と増築の関係性の推測はともかく、彼はしらみつぶしに部屋を探して行く。
一室、二室、三室。
ちょうど八室目の部屋の扉を開けたところで声が聞こえてくる。
『ちょっと! 美玲! 薬品、零してるよ!』
『しまった! すぐに床を拭くから雑巾を持って来てくれ!』
『なんか煙が出てきたの! 口塞いで逃げた方がいいんじゃないの!?』
三人は一体何をやらかしたのだろうか。
尋賀はため息を吐きつつ扉を開け、いないと判断するとまた次の部屋を開ける。
「無茶しやがって……。病人は黙って寝てろっての」
聞こえてくる声に優作が混じっていた。
結局優作は美玲の言うことを聞かずに、ナゲリーナ探しを手伝っているのだ。それだけ彼女が死ぬと言われれば何も優作が何もしないわけがない。
こうなってはもはや仕方が無い。
また一つ部屋を開ける度に、悲鳴やら、叫び声などが聞こえており、その都度尋賀はまた何かやらかしたと溜息を吐く。
そして開けた部屋が二十に達した時、聞いた美玲達の悲鳴が二桁に達しようとしていた時、尋賀は座り込んで頭を抱え込んでいるナゲリーナを発見した。
「おい、どうした魔王様!」
尋賀はナゲリーナに近づく。
ナゲリーナが死ぬ。
その言葉が尋賀の心配を焦りと不安に変える。
彼女は尋賀に気づいたのか、首を一度横に振ってから答える。
「……なんでもない。少し昔を思い出しただけ」
「……そうか。もしかしたら優等生の風邪がうつったのかもしんねーな」
そう言いながら、彼は風邪ではなくもっと別の何かではないかと、注意深く見守る。
だが、立ち上がった彼女はいつもと何一つ変わらない虚ろな目をしているのみだった。
「わたしは大丈夫。まだまだ体力は残っている」
「無茶言うんじゃねーよ魔王様。ガキの体力の限界なんてすぐに見えてくるんだよ。今日はもう寝ろ」
「わたしの体調よりも世界は大事」
「……あんな、魔王様。てめえがぶっ倒れて動かなくなったらなんにせよ手遅れなんだって。ここは大人しく休んどけ」
「……分かった」
二人は仮眠室に向かって歩く。
途中、優作と美玲とルシェールの三人に合流するが……。
「優等生……どうしたんだ?」
「うん……。ちょっとね」
優作は身体中の所々にかすり傷が出来ていた。
「少々揉め事があってだな」
「中々鈍臭かったの」
そう言う美玲とルシェールは無傷だ。
「おいてめえら。優等生風邪引いてんだぞ。ちゃんと守ってやれよ」
「私達の中で一番ヒロインしてるからなの?」
「ま、そんなところだな」
「ひどいよ尋賀……。君までそんなこと言うなんてさ」
優作は予測はしていたが、やはり精神的にはどうしても嫌らしい。
「おい、騎士殿。優等生を仮眠室まで運んでくんね?」
「うむ! 了解したぞ!」
「別に自分で歩けるよ。……って、うわ!」
美玲は優作を担ぐと、そのまま仮眠室に向かって無駄に走る。
その肩で優作は暴れて降ろすように言うが、美玲は聞く耳を持たない。
「ぷははははなの! やっぱヒロインなの!」
「へへ。何が面白いんだ? のの女」
「さっきアマギはヒロインって話をしていたの! そしたら男のくせにまたヒロインみたいな事してるの!」
「んじゃ、てめえもオレにあーゆー風に担がれてたからてめえもヒロインな」
「黙れなの! 私が気を失っている間に担いだの、無効なの! むしろ誘拐犯なの!」
彼女は顔を赤くして怒る。
それだけ恥ずかしい記憶なのだろう。
「だったら人に言われて嫌な事を他人に言うもんじゃねーよ。ただ……」
「ただ?」
「人に言われても嫌じゃなければ……」
「そうかなの! 言いたい放題なの!」
腕を組んで笑う尋賀に、くすくすと意地の悪そうな笑い方をするルシェール。奇妙な一体感に、隣にいるナゲリーナは虚無的な目が、軽蔑の眼差しにも見える。
つまるところ、尋賀の悪い部分が伝染しているという優作の言葉は本当かもしれない。出会って間もないはずだが、波長でも合うのだろうか。
「仮眠室に行くなら早くする」
「っと、そうだったな」
ナゲリーナに言われて尋賀とルシェールとナゲリーナの三人は仮眠室へと向かう。
ーーー
深夜の仮眠室。
「うぅ〜」
そこで呻き声にも似た声を出しながら寝苦しそうにしてるのは優作だ。
尋賀に毛布を被せられ、美玲に毛布をさらに被せられ、今も寝ている彼にさらにナゲリーナが寝ている彼に毛布を被せたところだ。
優しさも重なり過ぎた結果ありがた迷惑になってしまっているが。
「…………」
ナゲリーナは自身の毛布を優作に被せた後、全員が寝ている中、誰も気づかないように部屋から出て行こうとする。
「ガキが夜中に遊びに行くんじゃねーよ」
壁にもたれながら床で寝ていたはずの尋賀だが、彼女の動きを察知して目を覚ましたようだ。
「すぐに寝るのはわたしじゃない」
「じゃ、オレも寝るからてめえもさっさと毛布被って寝てろ」
「…………」
彼女は尋賀の言葉を無視して仮眠室から出て行ってしまう。
「……ったく、魔王様が死ぬって言われなきゃ、ここまで注意深く見ねえのによ」
尋賀は、立ち上がり、優作に被せられた三枚の毛布の内、二枚を取ると、ベットを二人で共有していた美玲とルシェールに一枚ずつ被せる。
しかし、毛布を被せるまえにルシェールに押されて床で寝てしまっている美玲をどうにかするべきだが、彼はそこまでの優しさは見せない。
「魔王様の身に何も起きなきゃいいんだけどな」
尋賀は寝ている全員を起こさないように小さな声で呟いた後、ナゲリーナが使っていたベットを使うことはなく、床で壁にもたれつつ寝息をたてる。




