歪みの始まり
「やめて」
少女の抑揚のない言葉が夜中の草原で響く。
それと同時に尋賀を襲いかかっていた武器の数々は姿を消し、炎の壁も幻のように消え去った。
「百数十年ぶりだな『黒獅子』」
男は、声を出した少女、ナゲリーナに目を向ける。
「『神託』、これはどういうこと?」
彼女は急いで研究所から出て来たのだろうか、彼女は肩で息をしている。
「この男は『蒼炎』の弟子だ。ゆえにその力を試させてもらった」
「異世界の力を持つあなたがそんなことをすれば存在すら残らない」
「……加減を間違えたか」
間違えたどころか、あともう少しナゲリーナが来るのが遅ければ跡形も残っていなかったかもしれない。
尋賀は、その場で大の字になって倒れ、独り言を言い始める。
「へへ。ここまで完膚なきまでにやられると、ちとキツイな」
口では笑っているものの、目が笑っていない尋賀。彼は身体は無事でも精神的にはダメージがでかく、相当落ち込んでいる。
そんな彼を無視し、ナゲリーナと『神託』と呼ばれた男は昔を懐かしむように話し始める。
「……懐かしい。あの頃に戻ったようで」
「だが我ら三人の中で貴様だけは姿が違うがな」
「そんなことはない。この器に刻んである思い出の日々は嘘偽りなどない」
「……だといいがな」
二人は遠い日の思い出を語るかのように言葉を紡ぐ。
「千年前もこのような星空だった」
「相変わらず星空が好きな人間だ。たしかあの時は星空を見上げながら生涯のパートナーと星空を見ながら語る言葉を探していたのだったな」
「結局はそのような言葉を探したところで意味などなかった。でもあの時わたし達は出会った」
「我の気配に気づいた『蒼炎』が我を人間ではないことを見抜き、たまたま居合わせた貴様が興味を持って近づいて来たのが始まりだったな」
「そう。そのときはわたしも『蒼炎』もまだ人間だった」
「何を冗談を言っているのだ。そのときからすでに貴様は人間をそのときからやめていたではないか。既に、非道な実験の数々や、転成もどきの術を見出していたはずだぞ」
「その時に出来るようになっていたかな?」
「我の記憶は間違えてなどおらぬ。貴様は様々な世界を見て来た我を驚かせたのだからな」
「異世界を管理する神を驚かせることができて研究者として嬉しく思っている」
完全に蚊帳の外で置いてけぼりを食らっている尋賀に二人の会話は弾んでいく。
尋賀はさすがに無視され続けるのもどうかと思い、二人の間に横やりを入れる。
「そんで、お話中悪いけどそろそろ、そいつのこと教えてくんない?」
「たかが人間が知る必要はない。いや、知らないほうがいい」
「つれねえこと言ってくれるじゃねーか、魔王様」
答えるつもりのないナゲリーナに、男は首を横に振る。どうやら男の方が説明をするようだ。
「我は先ほどの戦いで言った通り、神と呼ばれる人間。コネクターズカオス現象が起きている世界に飛び回り、そのトラブルを未然に防ぐのが我が仕事」
「そいつは聞いた。それで、あんたはコネクターズカオス現象で消滅しかけてるこの二つの世界をどうにかしてくれるわけ?」
「それが、我や我と同じくコネクターズカオス現象を解決する者達の任務」
「そしたらあんたに任せておけば全て解決ってわけか」
「……ああ」
男のその発言にナゲリーナは目を伏せて呟く。
「違う。あなたは解決なんてしようと思っていない」
「…………」
言いづらそうに呟くナゲリーナに、完全に口を閉じてしまう『神託』。
「あなたはコネクターズカオス現象の被害を食い止めるために世界の片方を消滅させている。それを解決とは呼ばない」
違う? 彼女は男に確認した。男はただただ答えを返そうとしない。
「……つまりボケ神はこの世界とオレ達の世界がコネクターズカオス現象で繋がってるからどっちかを消滅させるつもり?」
「友にそのような呼び名は許さない」
「そんじゃ、ボケ神様って呼べば良いか?」
「何も変わっていない」
ナゲリーナは注射器と試験管を何本も持って構える。完全に臨戦態勢のナゲリーナの隣で男は彼女を止めに入る。
「『黒獅子』、止めろ。感情的になり過ぎだ」
尋賀は、彼女が感情的になっているとは思えなかった。いまもなお彼女の顔は無表情で、感情というものを感じさせないのだ。
彼女が母親の前で泣いていた時以外、全く、これっぽちも感じさせない。
だと言うのに『神託』は降参とでも言うかのように話し始めた。
「……我は世界を管理する者として数多の世界を見て来た。ここと同じくコネクターズカオス現象が原因で消滅した世界も存在する。コネクターズカオス現象が起きれば結末は同じだ。千年、万年掛けて両方の世界の干渉は強くなっていき、最後には滅びを迎える」
男はナゲリーナと同じく抑揚のない言葉で言う。だが男の言葉はどこか感情を押し殺して喋っているようにも聞こえる。
「少し待つ。ならばコネクターズカオス現象が起きれば必ず世界が滅びると?」
男の言葉に驚いたのはナゲリーナだった。一度彼女は、コネクターズカオス現象の理論は全て理解していると言っていたが、どうやらそこまでのことは知らなかったようだ。
「うむ。ゆえに我はコネクターズカオス現象の滅びの日が近づいた時、どちらかの世界を消滅させてきた」
「わたしはそのような話を聞いていない」
「……たとえ貴様といえども、所詮はかごの中の鳥。かごの中の鳥は外の世界を知らぬか。規模が世界ともなると貴様でも分からないことがあるのだな」
「まだ異世界の移動も、ついこの間成功したばかり。判明していない部分もある」
「そうか。そこまでできるようになったら十分ではないか」
「……一体何が十分?」
『神託』は尋賀はおろか、ナゲリーナの知らないことも知っているようだった。
「……コネクターズカオス現象を止めようとしているのだったな」
「そう。わたしの研究では止められると思っている。……もっとも成功率は低いけど」
『神託』は首を横に振り、何もかもを悟っているかのような表情で答える。
「無理だ。何をどうしても滅びる運命から逃れられぬ」
「……でも」
「我の予定ではこっちの世界を消滅させる予定だ。すぐに貴様だけでも逃げるがいい。コネクターズカオス現象が進んだ今、現象が起きるポイントに行けば貴様はもう一つの世界で生きることができる。もう一つの世界で存分にいままでの研究成果を発揮すればよかろう」
ナゲリーナはその『神託』の言葉に悲しそうに目を伏せる。
「いや。わたしが生きることができてもお母さんとお父さんが……死んでしまうから逃げたくない」
「……馬鹿な。その器の親のためにだと?」
「…………」
彼女は答えようとはしない。代わりに尋賀が答える。
「魔王様は親が大事なんだよ。ガキのおねだりはたまには聞いてやらねえとな? ボケ神?」
「『黒獅子』は探究心以外の感情に身を捧げて愚かな考えを言う人間ではない」
「ガキが親を大事に思うどこが愚かな考えなのかねぇ? それを否定するやつの方が愚かなんじゃねーの?」
言っておいてオレもその愚かな考えの持ち主なんだけどな。尋賀は自嘲でもしているような気分になった。
「我の知る『黒獅子』は歪んだ考えを持つ研究者だ。……そうか、そういうことなのか」
「あん? 一人で何勝手に納得してやがる」
「貴様が今知る必要はない。もっとも、すぐに貴様も気づくことになるが」
「……あんた、気に入らねえぜ」
尋賀はそう言って唾を吐き捨てる。彼は男の考えが気に入らないようだ。一番の理由は『喧嘩』で負けたことだが。
「そんで、てめえはこっちの世界を消滅させるつもりなんだよな?」
「我はそのつもりだ」
「でも、魔王様は両方の世界を救うつもりだからな。オレ達はもうちょい抗わせてもらうわ」
「……分かった。子供のわがままに付き合うのも悪くなかろう。何日で解決させる予定だ」
「んじゃ、一年で」
冗談を言う尋賀。その冗談に表情を変えずに受け止める『神託』。
「ならば本日中に終わらせよう」
「へへ。さすがボケ神。冗談が通じねえのな」
もし今すぐにでも世界を消滅すれば、もちろん尋賀も巻き添えになる。だと言うのに尋賀はヘラヘラと笑うだけだ。
「一週間だ。オレ達は一週間でコネクターズカオス現象を解決してやる」
「貴様に何が出来る。実際にやるのは『黒獅子』だ」
「いや、オレ達は魔王軍だから。魔王様がやることはオレ達がやったことだから」
「そうか」
男は尋賀の言葉に何を思ったのか、背を向けて表情でも悟られぬように話し始める。
「我の気が変わらない内に解決すれば我は口出しはせぬ」
「ならオレ達が好き勝手やってもいいってことだよな」
「……そうだ。もう一つの世界に劣らぬ力を持つ者に二つの世界の未来を託そう」
「未来を託すって、てめえは世界が消滅しても巻き込まれないんじゃねーのか」
「そうだったな」
「……やっぱボケ神だな」
男はしばらく背を向けたままだったが、何かを思い出したかのように急に振り返る。
「まだだ。我は『蒼炎』の弟子に伝える用件が数多ある」
「……その『蒼炎』だとか、『黒獅子』だとか、『神託』ってのはなんなんだ」
尋賀は、いい加減に聞きたかったのだろう。
男の話の無視して質問すると、ナゲリーナが答える。
「わたしはシュヴァルツレーヴェ」
「だから?」
「シュヴァルツレーヴェは黒獅子の意味がある。『蒼炎』も『神託』も本名から付けた仲良しの呼び名」
「へへ。魔王様も珍しく子供らしい部分があるじゃねーか」
尋賀はナゲリーナの髪をくしゃくしゃと撫でると、その手を叩き、嫌そうな目で尋賀を睨みつける。
「それで、我の用件だが」
「おっとわりーわりー。ボケ神様を無視してたら祟られちまうな」
「貴様の世界で戦争の準備が進んでいる。そのことを貴様に伝えよと『蒼炎』が言っていた」
「戦争? ジジィが? んなもんどこに行ってもどこかで紛争やら戦争なんて起きてるだろうが。どことどこで戦争しようとしてるんだ?」
「……この世界の騎士と貴様の世界の者達が戦争をするようだが」
「何ッ!? どういうことだ!?」
尋賀はあまり見せることのない、心底驚いた表情になる。
本来行き来することできない、知る機会すらない二つの世界が戦争を起こそうというのだ。
流石の尋賀と言えども平静を保つことができないのだろう。
「昨日、コネクターズカオス現象が起きる山を調査している時に偶然知ったことだ。そのことを『蒼炎』に伝えると、貴様にそう言うように言伝を頼まれたのだ」
「……嘘だろ? なんでこの世界の騎士がコネクターズカオス現象を知ってるんだ?」
「それはわたしの研究資料が盗まれたせい」
「……魔王様?」
無表情ながらも彼女は手に力を込めている。
すぐに尋賀は騎士団の話だと察した。
「わたしのコネクターズカオス現象を研究していた研究所の資料が昔、持ち出された。その資料で騎士団は異世界の事を知っているはず。本来ならば、向こうの世界に渡るための魔法の陣を知られてはないため、『友情の証』を使っても無理。だけど……」
「……今は山に入るだけでも向こうの世界に渡れるんだったな。急に笑えねえ冗談かよ」
『神託』は話を続ける。
「向こうの世界は我の力によって街には誰もおらぬ。ただ一人を除いてな」
「……ジジィ一人ってか」
「そうだ。『蒼炎』ならばこの世界の騎士と言えども撃退できよう」
「……撃退出来るならオレに知らせる必要ねーだろ」
「『蒼炎』は千年生きているのだ。そう簡単には死なぬ」
「無敵みてえに言ってっけどな。ジジィの額の傷はオレが付けたんだぜ? 寿命がなくても怪我で死ぬこともあり得るんじゃねーの?」
尋賀は忌まわしい過去の記憶を掘り下げながら喋る。初めて師匠とあった時に、彼の額に目掛けて鉄パイプを振り下ろし、怪我をさせた。その時の傷が額に痕として残っているのである。
「それでも死なぬ」
「……てめえのお友達自慢はもういい。用件が済んだらとっとと家帰って、風呂でも入ってテレビ見ながら寝てろ」
話が僅かに通じぬ『神託』に尋賀は少しイライラ気味に話す。
「用件はまだ済んではいない。……『黒獅子』、少し席を外してくれ」
「分かった」
言われるがままナゲリーナは離れた位置まで歩いていく。『神託』は彼女に聞こえぬように話し始める。
「貴様、我の気配に気づいておきながら、なぜ一人で我に挑んだ」
「それが魔王様に聞かれたくない話か?」
「答えろ」
「……いいだろ? 獲物ってのはな、独り占めしねえと気が済まねえんだよ」
「孤高の一匹狼とでも言うつもりか? 我に対して無謀な挑戦だ」
「へへ。わりーかよ?」
「『蒼炎』が言っていた。貴様は仲間のための行動が出来るようになっても、仲間を頼ることは出来ないと」
「言ってくれるじゃねーか。獲物の独占のどこがわりーんだよ」
「そして、こうも言っていた。我を前に必ず貴様は仲間をその場から離れさせるだろうと」
「ジジィ……そこまでお見通しってか」
「仲間に頼ることを覚えろと言っていた。それがまず一つ」
「あん? まだなんかあんの?」
『神託』は急に苦虫を噛み潰したような顔になり、低い声になる。
「『黒獅子』はもうじき……死ぬことになるだろう」
「は? 魔王様が……死ぬ?」
「そうだ。ゆえに『黒獅子』から目を離すな。そして『黒獅子』の感情を揺さぶるな。……元親友を救って欲しい」
「元親友……? それはどうでもいいけど、どうして魔王様が死ぬんだ?」
「少し考えればすぐに分かるはずだ。あの者は転成と称して、自身の記憶と意思を植え付けている、ということを知っていればな」
「分からねーよ。オレぁ考えるの嫌いだからよ」
「ふん。ならば今こそ仲間に頼るのだな。……それとこれは貴様にくれてやる」
『神託』は指をこすり合わせると、尋賀の目の前に石のような物が表れ、宙に浮いている。
「これは強大な魔力が込められた石だ」
「へえ、そりゃーいいもんだな」
尋賀は取り敢えず適当に答えてみる。魔力が込められているから、と言われても彼は何も知らないはずである。
「この石を持って念じれば、木の板が出てくる。有効に使うのだな」
「はぁ!? んなもんどこで使えばいいんだよ! 強力とかもったいつけておいて、しょうもねーもん渡してんじゃねーよ」
尋賀が珍しくツッコミを入れると、男は尋賀の目の前からその姿を消す。
「待てって! どういうことだよ! いらねえ物よこすんじゃねー! ジジィのことと魔王様の事を教えろよ!」
叫んでみるが、後に残されたのは宙に浮いた小さな石のみ。
何かの役に立つかは分からなかったが、尋賀はその石をポケットの中に入れる。
「話は終わった?」
離れた位置で見ていたナゲリーナが、尋賀の元に近づいて来る。
「まあな。 ……なんと言うか相手してると疲れるやつだったけどよ」
「『神託』は神と言っても、コネクターズカオス現象を解決を生業としている人間。神とはわたしの魔王と同じ俗称。……もっとも本人の自称でしか知らないけど」
そこまで言うと、ナゲリーナは困ったような表情になる。
「『神託』は多くの世界の知識を持っているが、同時にどこか抜けている所がある」
「天然ってやつか。めんどくせえ……」
ナゲリーナは一人、先に研究所に戻ろうとするが、尋賀は彼女の腕を掴む。
「……まだ何か?」
「ああ、ひとつだけ」
尋賀は彼女が死ぬという『神託』の言葉が気になり、彼女に聞いてみたくなった。
しかし、『神託』 は考えればすぐに答えが出ると言った。ならば今彼女に直接話さなくとも、優作にでも頼ればすぐにでも答えが出てくるだろう。それに聞くと言っても、どう聞けばいいかも分からなかった。
そう考えた彼は、当たり障りのなさそうな話題を出す。
「ボケ神様って結局なんなんだ? あんな化け物が唐突に出て来られたら敵わねーよ」
「その話は長くなる。知りたければコネクターズカオス現象と深く関わってくるから、それと併せて説明する」
「別に構わねえよ」
先ほどは『神託』のことを知らない方がいいと言ったナゲリーナも、大体の事を分かってしまった尋賀に、もう隠す必要のないと判断した彼女は滔々と話し始める。
「……あなたは世界というのは一つではないのは知っている」
「そりゃあ、こことオレ達の世界を知ってるからなあ」
「世界はそれだけじゃない。世界は山ほど存在する。並行世界のように、様々な発展をした世界が、無数に」
「並行世界ってあれか。オレが右の道を選んだ場合の世界と、左の道を選んだ場合の世界ってやつか? んじゃ、コネクターズカオス現象ってのは並行世界の一種で、ここは別の発展の仕方をした世界ってわけか?」
「……並行世界は例で出しただけ。もしその理論で言えば、こうしている間にも無数に似たような世界が生まれ、わたし達が無数に存在することになる」
「そりゃあそっか。んじゃあ答えを言ってくれよ」
「運命の辿り方……。そう、生物が増殖するように、新たに世界が生まれ、そこで異なる発展を遂げる」
「ん? じゃあ、並行世界を例に出した理由は、原理が似ているからか?」
「そう。初めにあなたの世界があった。世界が分裂し、新たな次元に別の発展の仕方をしたのがこの世界」
「もう一つの、オレ達の世界の可能性……ってか」
尋賀は気づいた瞬間、様々な言葉が脳裏を高速で駆け抜ける。
『ウェルカムデラッセ村って、どうして日本語なのさ!』
『異世界で磁石なんてちゃんと使えるのかよ』
『使えないなら、『北』なんて言葉ないさ』
その他にもしっかりと異世界の人間達と問題なく話せる……こちらの世界の言葉と自分達の世界の使う言葉が同じだったり、果物も普通に自分達の世界でも食べられる物だったり。
「分裂した世界は全く同じ要素を持ち、良く似た発展をする。最終的には時間の経過と共に全く異なる世界になる」
彼女の言うことが本当なら、千年よりも以前にこの世界が生まれたことになり、この世界と尋賀の世界は似たような発展を遂げた。
そして、この世界ではナゲリーナの魔法科学、尋賀達の世界は科学が発展し、形はよく似て、中身が違う二つの世界が出来上がった……というのが簡単な概要かと尋賀は考えた。
「そして、ここで分裂した二つの世界が上手く距離が離れない……二つの世界の次元が近すぎる場合、無秩序接触現象に繋がる」
「……世界とコネクターズカオス現象については少しは分かった。結局ボケ神様はどういうやつなんだ?」
「『神託』は、コネクターズカオス現象による異世界移動と、コネクターズカオス現象による両方の世界の消滅を阻止するための機関のようなものに所属する元人間。世界を管理するから、神として例えられることも」
そう言われて、尋賀は町中を掃除する人達を連想した。
つまりは神という言葉が大き過ぎただけで、実際には色々な力を持って、世界を綺麗にしていこうというのが『神託』なのだろう。彼のような存在がいなければ、町中は汚くなってしまう……世界が予告もなく滅んでしまうから、異世界から彼のような存在が来るのだろう。もっとも、異世界の魔法を使いこなす辺り、普通の人間である尋賀から見れば、力は神にも等しいが。
「まあ、いいや。大体分かった気が……しねえな。あと一つ、疑問があるんだけどさ」
「何か?」
「なんですぐに世界を滅ぼそうとしねーんだ? 猶予なんざ与えてさ」
「わたしがいるから。だからわたしに任せてくれたんだと思う。未来を託すとも言っていたから」
「へへ。お友達のためってか。じゃあ、その気持ちをちゃんと汲んでやらねーとな、魔王様?」
「……うん」
尋賀は彼女の頭を撫でると、今度は子供らしく少しだけ嬉しそうな顔をする。今度は手を叩かれず、ちょっとだけ子供っぽい仕草を見せる彼女に、やっと、本の少しだけ彼女に気を許していた。
彼女が極悪人だったとしても、彼女が母親の前で流した涙は本物で、二つの世界を救うことは彼女にしかできない。
優作の手の怪我を治したのも彼女で、時折どこか子供っぽさを見せる彼女を少しだけ、本の少しだけ尋賀は心を許してやろうかと考えての行動だった。
尋賀は彼女の頭から手を離す。
すると、その尋賀の手がぐにゃりと歪み始めた。
「……ッ!」
「ん? どうした、魔王様?」
驚いた声を挙げたのは尋賀ではなく、ナゲリーナの方だった。
尋賀の顔色は一切変わっていないのに、彼の手はドロリと溶けている。
「やっぱ子供扱いされるのは嫌か」
彼の表情は苦痛で歪んだ顔ではなく、フフッと笑うだけだ。
尋賀は彼女の肩をとんとんと叩くと、歪み、溶けていた筈の尋賀の手が元に戻っていた。
(今のは幻……?)
ナゲリーナにはそうとしか思えなかった。
現に尋賀の顔色は何一つ変わっていない。
元から変わりにくいことを差し引いても、もしあのようなことが起きれば少しは反応を起こす筈だ。
(あの症状は……わたしの薬品の?)
彼女は薬品をポケットから取り出しても、彼に投与した覚えはない。
記憶の中から検索をし、この症状は身体をドロドロに溶かす薬品に該当するが、やはりただの幻か見間違いなのか。
「夜空でも見てるのか、魔王様?」
尋賀は涼しい顔で問いかける。
「いや、研究所に戻る」
「そうかよ。んじゃ、オレも優等生に話したいことがあるし、とっとと研究所に戻ろうぜ、魔王様」
尋賀は、ナゲリーナが死ぬということと、この世界の騎士と師匠一人で戦争しようとしているという『神託』の言葉が気がかりだった。だから彼にすぐにでも相談しようと考えていた。
彼女の異変は既に始まっている事に気がつかず。




