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変わること世界のこと

「尋賀、話って?」


突然の話に優作は、尋賀に尋ねる。


「決まってるだろ。こいつがオレ達の世界で生きていくための指導だよ」


ルシェールを指さしながら彼は答える。

彼女が自分たちの世界に来るなら、ちゃんと自分達の世界について知ってもらわないといけない。いずれは話さないといけないこといけない大事なことだからだ。


「向こうの世界に戻る前にコイツには覚えてもらわなくちゃーなんねぇ事があるからな」


真剣な表情の尋賀とは裏腹に、ルシェールはこの場から逃げ出そうとしている。すぐに彼女の首根っこを掴み、逃げられなくする。


「オレから逃げ出そうなんざぁー百年はぇーんだよ」

「離すの! 猫じゃないの!」


猫ではないと言うものの猫以上に彼女は暴れる。


「暴れるなってーの。あんまり暴れるようだったら晩飯抜きな」

「くっ……! 卑怯なの!」

「……話、黙って聞いてりゃーいいだけだろ」


自身の白髪頭を押さえつつ、尋賀はため息を吐く。嫌がる彼女を無視してすぐに本題を切り出す。


「お前、騎士団の仕事で何人殺したよ?」


尋賀は真っ直ぐ彼女の瞳を見つめながら言った。ルシェールはその視線を逸らすことなく答える。


「三人、任務で殺してるの」

「そうか」

「そ、それだけなの?」

「それだけな訳ねーだろ」

「うっ……長い話になりそうなの」


ルシェールは嫌そうな顔をしながら一歩下がりつつ言う。


「殺したことの説教なの? 言っとくけど言い訳しないし、謝らないの」

「別に説教じゃねーよ。殺した理由、お仕事だろ? こっちの世界の法がどんなのかは知らねえーし興味ねえけど、人を殺してのうのうと生きていくのはオレ達の世界では誰かが黙っちゃいねーよ」

「だったらどうすればいいって言うの?」

「どうすればいい、か。殺した奴は二度と生き返らねえからな」


尋賀は少し考えるそぶりを見せると答える。


「これからの人生、人を幸せにでもしろよ。怪我させた奴に怪我させた分の幸せ、殺した奴に堂々と向き合えるくらいの三人分の人生の幸せを誰かに与えればいいだろ。それでも全てが丸く収まるってわけじゃねーけど」

「……分かったの。そっちの世界の考え方にあわせるの」

「おっと、ちなみにこれはオレじゃなくて優等生が言ったってことで」

「なんでさ!」


突然、自分が言った扱いにされた優作はツッコム。


「オレが言っても説得力ないんだよ。だからオレじゃなくておめーが言ったことにしとけって」

「親、だね。尋賀はまだ……思ってるから?」

「ま、そんなとこ。って言ってもちょいと考えが変わったかもしれねえけど」

「どういうこと?」

「なんでもいいだろ。それよりも本題に戻らねえとな」


尋賀はそう言いながら、自身の白髪頭を掻く。ルシェールの方は覚悟を決めたようで、逃げ出すそぶりを見せない。


「それで、他に知っておくことはなんなの?」

「後は、これからは人を殺すな、だな。『死』にどんな理屈も言い訳も通用しねえ。ただ……」

「どうしたの?」


一間置いた後、尋賀は言う。


「オレはそのうち約束を破って、っちまうかもな」

「なんなの!? 説得力ないの! どんな理由でも死は駄目だったんじゃないの!?」

「説得力うんぬんの前に人を殺しちゃー駄目だろ」

「どうしてそんな奴の言葉を鵜呑みにしないといけないの!? 私にそんなこと言う前に、まずは自分が約束守れなの!」

「うるせーよ。騎士の仕事以外で人を殺すんじゃねーよ。そしたらオレが許さねえ。分かったな」

「なんなの!? 一方的すぎるの! 自分はよくて私はダメってなんなの!」


ヒートアップしてきた会話に優作は間に入って二人をなだめる。

二人は一旦落ち着くと尋賀は静かに、結論だけを言う。


「オレ達の世界で暮らしたきゃー、オレ達の世界の最低限のルールは守ってもらわないとなー」

「それが人殺しだって言うの?」

「そりゃそうだろ。この世界ではどうかは知らねーけどな、オレ達の世界では守ってもらわねーとな。でねえと、価値観の違いで人を殺されても困るし、人を殺しておいて殺した奴の顔も覚えてないってのも人としてどうかと思うしな」


ルシェールはとりあえず大人しく聞いている。


「そんで仕事で殺したのは理由があったってことで、そいつらの分だけ周りを幸せにでもしろよ。それなら少しは殺した罪を償えるかもしれないぜ?」

「……分かったの。従うの。でもお前はどうなの?」


彼女はやや納得のいかない顔をしつつ、尋ねる。


「オレも変われるなら変わるさ。でねえとこの世界に来た意味が喧嘩だけになっちまうかもな」


視線を逸らしつつ、吐かれたその言葉は、後半部分はひどく小さく、ほとんど聞き取れないほど声が小さかった。

そしてすぐに尋賀は別の話題を切り出す。


「ところで殺した奴ってのはどんな奴だ?」


話題を変えられたルシェールは天井を見上げつつ、指を折りながら今までの人間を一人一人思い出していく。


「まず始めが自分の領の人間達に倒れるまで働かせる領主、それから国や騎士団に反逆する過激な組織の人間に、武器を振り回す危険な男なの」

「そいつら三人に加えて、オレと魔王様を殺す気だったろ」


そう言いつつ、彼はルシェールとの出会いを思い出す。

その時は尋賀が税金の徴収と称して、宿屋の主人のいない間に金品を持っていこうとしていた。尋賀が見兼ねて二人を挑発したところ、処刑だと言われていきなり剣を向けられた。


「何言ってるの!? 騎士の仕事の邪魔をするのは立派な犯罪なの!」

「だからって処刑はやり過ぎなんじゃねーの?」

「そんなことはないの。国に反乱するかもしれない危険分子はすぐに取り除くの。でないと反乱された時に人数が多かったら国が滅んでしまうの!」

「おいおい、もしかしてお前が殺した奴って反乱しそうだからって理由で、国が抹殺しようと罪をでっち上げたんじゃねーのか?」


国の都合の悪い人間を、存在しない罪で抹殺する。なんだかありそうな話だ。


「それはないの。証拠もあるし、この目でしかと焼き付けたの」


そう言って尋賀の顔に自身の顔を近づかせ、人差し指で自身の目を指差す。かなり近い距離であるものの、尋賀は一切動じない。


「……そーかい。公務も大変だな。騎士団のトップもあんなんだし」

「大変ではなかったの」


彼女は首を横に振る。彼女には仲間達と笑いあって仕事をしていた日々は辛いものや大変なものではなかった。しかし、一つだけ彼女の中でも納得のいかない人間がいた。


「だけどブルエンス・グレゴワースだけは嫌いなの。騎士として優秀な男でありながら、頭が固すぎて命令を絶対に破ろうとしない男なの」


尋賀には命令を絶対破らない……仕事を最後までやり遂げる姿を想像し疑問に思う。彼女の上司を斬ったことは置いておいて、それだけならば真面目な仕事人間に聞こえる。


「それのどこが嫌いなんだ?」

「当然なの! 法を絶対と言い張って、仲間であっても違反者は平気で斬り捨てるの! あいつは人間じゃないの! 糸で操られた通りにしか動かない人形なの!」


子供のように、大きな声で言われた言葉は、尋賀には怒っているようにも見える。


「復讐とか考えてるか?」

「さあ、そこまでは考えていなかったの。レングダも私も国によって殺されたようなものなの。グレゴワースは嫌いだけど、法にただただ従ってるだけなの」


そう言って、ルシェールは悲しそうに俯く。彼女とその直属の上司であるレングダは、魔王討伐に失敗して騎士団を除隊された挙句、騎士団長のグレゴワースに処刑されている。

レングダはルシェールを庇って息を引きとったが、その原因であるグレゴワースに復讐心を抱いていると尋賀は考えていた。だが、その考えは的外れだったようだ。


「……はは。オレとは違うってか」

「何が違うって言うの?」

「お前、ガキかと思ってたら案外オレよりも大人なのな」


今の尋賀があるのは彼の師匠のおかげだ。それでも彼には捨てきれない復讐心がある。


「ふふんなの! そうなの、私は大人なの!」

「んで褒めたらすぐに調子に乗るのな」

「ムキャーなの!!」


ルシェールは尋賀に突っかかるが、尋賀は彼女の額を押さえて手が届かないようにしている。


「さてと、とりあえず元の世界に戻るまでにのの女が人を殺さねえ約束は終わったから、話はこれくらいでいいだろ」

「殺しの話しかしてないの!」

「つっても大事なことだろうが。てめーは命なんて安いものって考えてるのかよ」

「そこまで言うのなら誰も殺さないって誓ってやるの! どうせ私は騎士じゃないからそんな権限もないの!」

「その言葉、忘れるなよ? 本格的に向こうの世界で暮らすようになったらもっと覚えなくちゃいけねーこと増えっけどな」

「嫌なの! 勉強嫌いなの!」


彼女はすぐに大の字になって暴れ始める。またかよ、と尋賀は呟き、彼女を無視して優作と話し始める。


「なあ、優等生。今の話どう思う?」

「……ルシェの話の中に、この世界の情勢がどうなっているのか、少し分かることを言ってたね」


優作は顎に手を当てながら喋る。


「反乱と圧政、魔王、騎士団、それらを一つに繋げると、今はどういう状況なのか見えてくるよ」


彼のその目にはどこか自信を持った瞳で言う。しかし、尋賀には本当に必要とは思えなかった。


「って言っても今のこの世界の状況とか知ってどうなるんだろうな?」

「そうは言うけど尋賀。今後、外に出るかも知れないし、君の喧嘩だってやりやすくなるんじゃないのかな?」

「ま、そうだな」


疑問に思う尋賀を、上手く誘導する優作。

優作はしばらく思考する。思考と言っても本の五秒程度で彼は口を開く。

彼はまず、ナゲリーナの言っていたことから口にする。


「千年前、ナゲリーナが王様を魔物に変えたことから始まった」

「あん? それ、関係あるのか?」

「ボクはあると思うよ。永遠の命とか言う王様が国の政治がマトモだなんてボクは思わないし、それにナゲリーナが国を、騎士団を嫌うことになったキッカケだからね」

「さすが優等生。オレみたいな不良が気づかないところに気づくねぇ」


感心しているのか、それともその反対で煽っているのか。捻くれた彼ならその両方の可能性があるから困る。が、付き合いの長い優作はもはや気にしていない。


「……続けるよ? 千年経って、国は成長ではなく腐敗し続けていた。君が始めて異世界に行った時、君はナゲリーナの処刑判決がまだ残ってたんだよね? それも千年分」

「ああ。レングダのおっさんがそんなこと言ってたな」


次に話題に出したのは尋賀が初めて異世界に行った時の話だった。


「それらの記録が残っていたなら、もしかしたらこの国は法の改正や、政治の見直しがあまりされていないのかも知れない。つまりこの圧政は千年続いているとボクは思うんだ」

「はぁ? 法が千年も形を変えないで続くものかよ。ってか千年分の処刑判決だけで政治が変わってないって、どうしてそう思うんだよ」


尋賀はあり得ないと思っているのだろう。


「……千年分の記録が公式で残ってるからそう思ったんだよ。つまりそれは、国が記録を失うほどの事件が起きたことはない、国が全く変わっていないって思ったんだけど、どうだろう?」

「……おい、のの女」


尋賀はルシェールの方へと振り向く。しかし彼女は手を枕代わりに、床で寝息を立てている。優作はこの短い時間でよく眠れたなと思いつつ、こんな硬い床でよく眠れるなと感心していた。地べたで寝られる尋賀は特になんとも思わなかったが。


「しゃーね。聞いても頼りになりそうにないからな」

「話、戻すよ? 国は良い方向に進もうとしない。ならば国民はどうするか」

「反乱か? でもその反乱が千年間、一度も成功しないからいつまで経っても国は良くならねーのか」

「かもね。騎士団の存在も大きいのかも知れない。馬車の御者の人も騎士を嫌ってたし。逆らう者は皆、殺されてるのかも」

「そんで、結局のところ反乱の成功しない国家ってのがこの世界か?」

「そうだね。だけどただ反乱が起きてる国じゃない。ボク達の世界で反乱が起きるのと、この世界で反乱が起きるのとでは違う大きな要素がある」

「……へっ。だいたい分かったぜ。どうして騎士団に重罪が混じっているのか。しかも騎士が死刑になる理由」

「そう、それは……」


優作は一間置いて、答える。


「ナゲリーナがこの世界にとって、この国にとって反乱軍を勝利に貢献し、国を根本から変えてしまう脅威だからね。だから騎士団でナゲリーナに関する成果を挙げられなければ、一番重たい罰で喝を入れるんじゃないかな?」

「魔王様には底知れねえー知識があり、その魔王様はこの国を嫌ってるってか。そりゃー反乱軍に知識を分け与えたら、どうしようもねえ圧政から抜け出せるわな」


彼は一瞬、竹槍を持った騎士団と、魔法の杖や巨大兵器を引き連れた一般市民達の姿を思い浮かべた。ナゲリーナなら実際にこれぐらいのことでもできそうな気もするが。


「うん。だからナゲリーナを倒すか、ナゲリーナの研究所を見つけ出そうとしてるんだとボクは思う。そうすれば反乱軍との間に力の差が広がらないからね」


今度は騎士団が同じように魔法の杖や巨大兵器で一般市民達を迎撃している光景を思い浮かべる。が、戦いの経験がある、戦いの訓練をしている騎士団の方が圧倒している。


「……さすが世界の脅威ってか。ただの科学者でも、ただの俗称でも魔王という言葉に偽りはないってか」


尋賀は呆れた口調で言う。

結局、ナゲリーナは力が無くとも行動が、その考えが、その存在が魔王なのだろう。


「危険人物と行動、か……」

「信頼、してないんだね」

「まーな。世界に関しても半信半疑。唐突に世界が滅びるなんて言われても実感湧かねえしな。別に嘘でしたなんて言われてもオレは一向に構わねえー。どうせ、異世界なんて行く当てなんてねーからな」


そう言いながら尋賀は自身の拳と拳をぶつける。やる気に満ち溢れた表情の尋賀とは裏腹に、優作は僅かな疑いや不安、そして自身の人の信じようとする感情が複雑に入り混じった、なんとも言えない表情をしている。


「ボクは……」

「お前は信じとけ。人を疑う事を知らねえ奴が疑うと周りまで疑心暗鬼になるんだって」

「……うん。それで話の結論だけど、どうかな?」

「さあ? オレ達はこの世界の断片の情報しか知らねえ。結論を出すにはちょっと早過ぎるだろ」




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