進展せぬ一日
魔王の研究所の生活スペース。
そこで優作以外の全員は、剣を素振りしたり、腕立て伏せや、ストレッチをしている。
「なんだろう。異世界に来てトレーニングしかしてないよね。元の世界とやってること同じだよね。しかも一部、室内でやることじゃない人もいるし」
返して貰った眼鏡のブリッジをあげつつ、優作は呟く。
「そう言うけどな、優等生。日々の積み重ねは大事だろ。こういうのは勉強と一緒で、長い時間やってこそ意味があるんだって」
腕立て伏せをしながら尋賀は答える。
剣を素振りしているルシェールも、床に座ってストレッチしている美玲もうなずく。
「世の中努力せずに騎士にはなれぬぞ!」
「その……努力はいいんだけどさ。ルシェはズボンだからいいとして、美玲はそのマントみたいな服の下に着ているのワンピースだからさ。あんまり動き回らない方がいいと思うよ」
言いづらそうに彼は、見えるからとつけ加える。小さな声で呟いたその声は、美玲には聞こえていた。彼女はストレッチを中断して、その場で立ち上がる。
「むっ。そんなことはないぞ! この服はどんな環境でも適応できるように、私が作ったのだ! そんなことがないように工夫がされているのだ!」
そう言って、彼女の手がワンピースの裾に触れる。その瞬間。
「痛ッ!」
それを見ていた、尋賀が彼女の背を蹴った。
「自信満々に見せようとするんじゃねぇーよ」
「むむっ! 私は単純にこの服の構造を隅から隅まで見て欲しいだけだ!」
「……どうかしてんじゃねーの? 将来このことを思い出して頭、抱えることになっても知らねーぞ」
「なぜ頭を抱えるのだ?」
「大人になった証拠だからだ」
言っている意味を理解できず、美玲は首を傾げる。
それを見て、尋賀はため息しか出なかった。
「……世の中な、何年、何十年、努力してもできねえこと、覆せないことがあるんだよ。てめえは、才能をいくつも持っているってのに、その性格のせいでほとんどパーだな」
「いくつも持っている? 弓の技術のことだろうか。他に何があったか……」
尋賀は一瞬、天井を見上げつつ、どこか諦めたような口調で答える。
「顔は美人だってのはオレも認める。服なんて作れねえものはねえし、山に行けば狩りの腕は一流。狩りに必要だとかで料理もできるし、何をやらせても一人前。こんだけ揃っておいて馬鹿だからなぁ」
「貴様! どれだけ騎士を愚弄すれば気が済むのだ!」
「……どうしておめえは普通にしないんだろうな? 妄想騎士殿?」
「今日という今日は許さぬぞ! 決闘を申し込む!」
「すぐに決闘を申し込む癖も、男から見たらドン引きだぜ? ……のの女の服でも作ってろよ」
細剣を素振りしていたルシェールは、急に自分のあだ名を呼ばれ、その手を止める。もはや彼女の中で『のの女』で馴れてしまったのだろう。
「呼んだの?」
「ほら見てみろよ、騎士殿。異世界の騎士の服は没個性だろ?」
「悪口なの! 没個性言うななの! 騎士団は鎧さえつけておけばそれでいいの!」
尋賀の言うとおり、ルシェールの服は地味なものだった。
青い服に茶色いズボン。デザインが施されているわけでもなく、女性の着るものとしては如何せん地味である。
ちなみに鎧の方は、もう必要ないから、と地上で放置されている。
「……しかし、そうは言うがな、坂巻 尋賀。これはこれで動きやすいのではないか?」
美玲は、ルシェールの服装をじっくりと観察する。
決闘をしたくない尋賀は、すかさず彼女の耳元で何かをささやく。
「金髪、異世界、女騎士、細剣使い、女剣士……」
「うむ! 早速取り掛かろう!」
ルシェールの特徴をささやかれ、自身の発想力に刺激を受けたのか、美玲はマントのような服の懐から裁縫道具と鉛筆を取り出す。
「これから魔王ナゲリーナに生地がないかを聞いてくる!」
彼女はそう言って部屋から出て行く。
「サカマキ、何を言ったの!? すごく怖いの!」
ルシェールには尋賀のささやきが聞こえなかったようだ。
「別に? そんなことよりもいい服着たいだろ?」
「ヤナギって仕立て人なの? それとも騎士なの?」
「いーや、騎士じゃなくて学生な。騎士は設定。服作れるのは妄想の産物だな」
「騎士が設定っていうのは聞いたことがあるの。でも妄想の産物ってなんなの?」
「妄想の産物ってのは、あいつが自分の事をかっこいいって思えるために、かっこいいと思った服作ったり、かっこいいと思った道具とか作ったりしてるんだよ。自分の事をかっこいいと思いたいためにな。ってか設定って誰から聞いたんだ?」
「…………? 思い出せないの。誰だったかな、なの」
尋賀は優作を見るが、彼は首を横に振る。
「ま、誰が話したかはどうでもいいか。……誰だって背伸びしたい時があるだろ。あいつは一人前になりたいんだろうな。その時まで優しく見守ってやろうぜ」
「その時っていつまでなの? それまであの変な感じと付き合うの?」
「さあ? 妄想から卒業しそうな気配もないし、気長に待たねぇと」
そう言ったところで美玲は数枚の紙を手に颯爽と帰ってくる。その紙にはすでに服のデザインが描かれていた。
「坂巻 尋賀! ルシェール! 新しい衣装の提案だ! 見てくれ!」
そう言って、二枚の紙を二人にそれぞれ押し付ける。
「……これうちの家のメイドの制服とほとんど一緒なの」
「オレのは番長服かよ。しかも背中にはオレの名前入りの刺繍ってか。誰がこんな服着るんだよ」
「だがそのような格好よりもこちらの方がよいと思うぞ」
美玲はそう言うがルシェールはともかく、尋賀は不服そうだ。
「オレはこのままでいいから。ってかオレの服なんて作らなくていいって」
「そんなボロボロの制服、着替えた方が良かろうに」
「うるせえよ。オレがどんな格好するかはオレの自由だって」
そう言うと容赦なく細部まで細かく描かれた番長服の紙を二回、三回と破る。
「むぅ……。そんなに不満か。ならばルシェール、その服はどうだろうか」
「メイドの服なんて嫌なの。そんなものよりも煌びやかな服がいいの!」
「その金髪にはメイド服が似合うと思っていたのだが、仕方ない」
「じゃあこれは却下なの。動きにくいし、第一こんな格好で外を出歩きたくないの」
そう言いながら、彼女もまた、フリルがたくさんあしらわれたメイド服が描かれた紙をビリビリと破り捨てる。
「ならば今すぐ気に入る服を考えようではないか! ナゲリーナから、この研究所には十分な生地があると聞いているからな! なんでも作れるはずだ!」
美玲は床に寝転び、床で紙にイラストを描き始める。シャーシャーと軽快そうに、鉛筆を紙の上で走らせる。
「中々、上手く絵を描くの」
「でなければ私の秘伝書を誰にも伝えることはできないからな」
「秘伝書ってなんなの? そんなものがあるの?」
「ああ、よくぞ聞いてくれた! 秘伝書とはな……」
「ああ、はいはい。邪魔になるからあっちに行ってような?」
尋賀は会話を中断させるために、ルシェールの背中を押しながら部屋の隅に連れて行く。
気分良く語ろうとしていた美玲は、ふくれっ面になる。それはルシェールも同じだった。
「なんなの!? ちょっと気になっただけなのにどうして邪魔するの!」
「別に聞きたきゃー好きにすればいいさ。だけどなげえーからな。永遠と語ってくるぞ?」
「ああ、秘伝書も設定だったの」
「よくわかってきたじゃねーか」
尋賀とルシェールは美玲に聞かれないようにこそこそと話しあう。
その当の本人はもう描き終わったのか、細部まで細かく描かれた服のイラストを嬉しそうに高々と頭上に上げる。
「出来たぞ! 見たまえ! ルシェール!」
美玲は紙を両手で持ってルシェールに見せつける。
「今回はズボンはそのままで、上に着る服をデザインしてみたぞ!」
紙に描かれたイラストは、燕尾服のように背中から足下まで服が伸びている。服のとなりにはカラーは青、と書かれている。さらに首元には何か紐のような何かが巻きつけられており、背中まで一本の紐が伸びている。その他には、腰のベルトに鞘が通してあり、ベルトの反対側には短剣の鞘が取り付いている。
「この服は私のこの上着と同じように足下までヒラヒラさせるぞ!」
「……んなことしたらこのメンツの女性陣は全員、足下まで届く服を着てることになるわな」
尋賀は、全員の着ている服装を頭に浮かべながら言った。
背丈にあわず、足下を引きずるほど長い白衣を着ているナゲリーナに、騎士団の服と言って長いマントのようなお手製の服を着ている美玲。そこにルシェールまで加われば男性陣以外は全員足下まで届く長い服を着ていることになる。
「貴様の服も作ってやろうではないか」
「別に作って欲しいなんて言ってるわけじゃねーよ」
「……ふむ、そうか。私としてはボタンを留めていないそのカッターシャツでもヒラヒラするから別によいのだが」
「……やけに丈のなげえ服ばっか作ると思ったらヒラヒラさせるためかよ」
二人が話しあっている間に、ルシェールはイラストの描かれた服を食い入るように見つめる。
そして、顔を上げてイラストの紐の部分を指差しながら美玲に質問する。
「なんなの? なんでこの紐ついてるの?」
ルシェールはこれもまた彼女のヒラヒラ願望だと気づかずに質問する。しかし、この紐はどうやらヒラヒラさせる目的ではないらしい。
「それはだな……短くなってしまった髪の代わりなればと思ったのだが」
そう言われて、ルシェールは自分の短くなってしまった金色の髪を触る。元々は美玲の茶色に染められた髪と同じくらい長く、背中まで届いていたが、今は肩にまでしか届いていない。
「ああ! すまない! 余計だったか!?」
慌てて美玲は謝罪する。しかし、ルシェールは少しだけ笑みを見せる。
「これでいいの。私の服にしてやってもいいの」
「それなら全力で製作するぞ! 楽しみにしてくれ!」
一瞬、慌てた彼女だったが、ルシェールが特に気にしていない様子だったために、すぐにいつもの芝居がかった調子に戻る。
彼女は再び部屋から出て行くと、尋賀は、ちょうどいいと呟く。
「うるさいのが出て行ったし、ぼちぼち話、始めっか。のの女」
「話ってなんなのー。そんなの知らないのー。そんな約束したことないのー」
あからさまにとぼけてみせる彼女に、尋賀は少しイラッと来た。
「ガキかよ。研究所に入る前に後でなげえ話すっから覚悟しろよって言ったよな?」
「覚えてないの。ということで話はなかったことでなの!」
「へいへい。んじゃ、お待ちかねのトークタイム」
「言い方変えただけなの!」




