魔王の研究所
「そんじゃ、研究所の中、見せてもらうか。魔王様がなにやってるのか、見せてもらわねえとな」
尋賀のその言葉に、美玲は首を傾げる。
「む? 昨日は研究所に入ったのではなかったのか?」
「ああ。仮眠室までは入ったけどな。肝心の他の部屋には入ってねえーんだよ」
昨晩、尋賀達がナゲリーナの研究所に入ったのは、これといった特徴のない、仮眠室だった。
ナゲリーナ曰く、研究に疲れた時と、友人達が研究所に泊りに来た時のために用意しているらしい。
もっとも、誰一人として仮眠室を利用せず、全員外に出たのだが。
「魔王ナゲリーナの研究所にまだ足を踏み入れていないのか。ならばナゲリーナ以外は対等だな」
「何が対等なんだよ」
「決まっているであろう! 異世界の研究者で、魔法を使える魔王の研究所だぞ! きっと、想像を絶する光景が広がるのは想像に難くない!」
「想像できるのか想像できないのかはっきりしろっての。ま、妄想が好きな騎士殿の事だ。楽しみなんだろ?」
「うむ!」
大きく、やや大げさに頭を縦に振る。
そして、彼女は一足先に地下へと続く、研究所の階段を降りて行く。
ナゲリーナも優作も後に続いて階段を降りて行き、ルシェールも後に続こうとした時、尋賀は彼女の肩を掴む。
「突然なんなの?」
「ちょっと待てって。てめーには後で話があるから、覚悟しとけよ?」
「覚悟ってなんなの!? 何するつもりなの!?」
「うるせーって。話がすげー長くなるから覚悟しとけよって意味だ」
「ええー! だったらなおさら聞きたくないの!」
「面倒くせぇ……。とにかく、覚悟しとけよ」
「ご、強引なの! 私の意見、無視なの!」
彼女の言葉を無視して尋賀も階段を降りて行く。
ルシェールは膨れっ面になるも、周りに誰もいないことに気づき、慌てて彼女も後をついて行く。
ーーー
螺旋階段を降りた先には、人の身長の倍ほどの大きな扉と、人の身長と変わらない小さな扉の二つが見える。
そのうち、小さな扉の方は、仮眠室で、もう一つの大きな扉の方は、彼らがまだ見たことのない部屋だった。
「こっちの大きな扉の方はナゲリーナの研究所……だよね。一体、何を研究所してるのかな」
「ここでは、生物学、魔法学、コネクターズカオス現象の研究が主。他の研究所に比べて、保安は万全」
「へえー。ここ以外にも研究所があるんだ」
優作の疑問にナゲリーナはすかさず答える
「他にも研究所はある。でも一部の研究所は騎士達に研究内容を持って行かれてしまった。おかげで生物学と、コネクターズカオス現象の研究内容をこっちに持ってくる羽目になった」
そう言いながら彼女は、無表情ながらも、美玲とルシェールの二人に顔を向ける。
「む! 私は何もしていないぞ!」
「そうなの! 冤罪なの!」
「魔王様、まだ何も言ってねえーだろうが。この面子、馬鹿しかいねーのかよ」
「ねえ、尋賀。その馬鹿にはボクも含まれてる、なんて言わないよね」
「馬鹿って言うななの! 馬鹿って言った方が馬鹿なの! バァーカなの!」
「坂巻 尋賀! 騎士に対して何たる暴言! 許さぬぞ!」
「お前達、うるさい」
「だーもう! 誰が何言ってるか分からねえって! 人数多いんだから口々に喋るなっつーの!」
尋賀のその一言で全員口を噤む。
ナゲリーナは再び、元の話題に戻る。
「この研究所は昔から……わたしの初めの身体の頃から使っている研究所。今は、わたし、お前達とそれからわたしの友の二人しかこの場所を知らない。無論、他言無用。誰かにこの場所を伝えたら、爆発させる」
そう言って、白衣のポケットの中から、液体の入った試験管を全員に見せつけ、蓋を開ける。
「ぜ、絶対に言わぬ!」
「うん、ボクも言わないから!」
「だからそれを早くしまうの!」
「おめーら息、ぴったりだな」
三人は慌てて、『あ』と言われれば、『うん』と答えるように息のあった連携を見せる。
そんな三人をよそに尋賀は、ヘラヘラと笑っているのは余裕なのか、それとも誰よりもナゲリーナに慣れているからなのだろうか。
「んじゃ、魔王様、とっとと中に入ろうぜ」
「……分かった」
頷くと、彼女の指先は光り、扉に陣を描いていく。
陣を描き終えると、扉には幾何学模様が浮かんでおり、扉はゆっくりとスライドしていく。
扉の奥には廊下があり、その奥にはドアノブがついた扉が見える。
「ついてくる。ここから先、わたしの研究所内ではわたしの許可のないものは触ろうとしない。壊したり、ダメにしたら……」
「へいへい、その手の警告は分かってっから、とっとと案内してくれ」
どうせ爆発させるか、薬品を投与すると言われるのは目に見えていた。
ナゲリーナを先頭に、廊下を歩いていく。
これと言った特徴は無い廊下だが、美玲はソワソワしている。
「これは、魔王との決戦の前、という感じがするな」
「確かにテレビゲームとか、魔王との決戦の一歩前の部屋って何もない廊下って事が多いよね」
「む、ならばこの先に何が待ち構えているのだろうか」
その一言で、優作と美玲は途端に緊張してくる。
この先に何があるのか。すぐ目の前のはずの扉が妙に遠く感じる。
扉にたどり着くのに妙に時間が経っているような。
思考の海に漂わせると、ただの扉のはずなのに、どこか威圧感が感じられる。そもそもナゲリーナは様々な薬品を使用しており、彼女が普通ではない……常にどこか危険性を持った少女である。しかも、その中身は千年の知識を持った魔王である。魔王と呼ばれているものの、それはただの俗称である。
しかし、非道な実験を行ったから、魔王と呼ばれるようになったという話もナゲリーナの母親から聞いている。つまり、この先に待ち構えているのは、危険な実験場か、世間で魔王と呼ばれるにふさわしい部屋じゃないだろうか。
やがて、彼らは扉の目の前に辿り着く。
「開ける。さっき言った事を忘れないように」
ナゲリーナはガチャリと扉を開ける。
「いよいよ、か」
「ま、まあね」
美玲と優作は緊張からか、手に汗がでる。
そして内開きの扉を押したその先には、棚に本や紙が並べられた部屋だった。
机に、天井には幾何学模様が浮かんでおり、それが明かりとなっている。
それ以外には特にこれと言ったものは見当たらない。
「……ははは。そうだったな。ここはあくまで魔王城ではなく研究所だったな」
「……ちょっと緊張して損したよ」
美玲と優作は苦笑いしつつ、ぐったりとしている。
「おいおい、優等生、騎士殿、なにやってんだ。他の部屋も見ようぜ」
「そ、そうだね」
「う、うむ」
二人は慌てて立ち上がる。
そんな二人をよそに、ルシェールは呼んだの? と尋賀に聞く。
尋賀はその問いかけに、騎士殿ってのは美玲のことな。てめえは、一生のの女、と返す。
その言葉を聞いた途端、ルシェールは憤慨するが、暴れそうになる彼女をナゲリーナは無視し、部屋の目立たないところにある扉を開けた。
「こっち」
彼女は一足先に扉の奥へと入っていく。
「うわッ!」
彼女に次いで部屋に入った優作は、腰を抜かす。
扉の先には、数個のガラスの中で、液体に浸かって浮いている様々な魔物がギロリとこちらを睨んでいた。
結局、彼が警戒していた、魔王っぽい部屋だった。
「流石、魔王様。趣味、悪いよな」
「これは実験。魔物に弱点を減らすための」
「わざわざ強くしてんじゃねーよ。なんでそんな事やってんだよ」
「興味」
「あー、今ので納得だわ」
ルシェールは、部屋の中の光景を見て、後悔の混じった声で呟く。
「この魔物討伐だけで騎士団がどれだけ苦労したと思っているの? 結局、魔王なんかの仲間にならないほうが良かったの」
その言葉に、ナゲリーナは淡々と答える。
「何を言っている? 今、外で暴れている魔物の全てはわたしの研究所から、騎士団が逃がしたもの」
「そ、それじゃあ、今、魔物が生態系を潰しているのは魔王が原因じゃなくて、騎士のせいなの!?」
その言葉には、どこか怒りのようなものが混じっていた。
ルシェールは何も言い返さずにいると、尋賀が横から割り込む。
「今の話が本当で、魔物が全部、魔王様印ってことはだ。そもそも、この世界には魔物なんて存在しなかったって事だよな。つまり、魔物を生み出したのは、おめえだよな?」
「…………」
「それに騎士殿に魔物化の薬品を使おうとしたろ。オレの記憶がただしけりゃー、あん時魔物、外で暴れてたよな? 研究所の中の魔物は騎士団が逃がしたんだろうけどな。研究所の外で魔物を生み出したこと、あるんじゃね?」
「…………」
「しかも、今でも魔物を強化してんだよな」
「…………」
「って訳だ、のの女。結局、諸悪の根源はこいつだ」
ナゲリーナに確信を持って問い詰めると、彼女からの答えは一向に帰ってこない。だが、ルシェールは首を横に振る。
「なんにせよ、今の私は騎士団じゃないの。どーせ魔王をどうにかしたら魔物がいなくなるわけじゃないし、もうどーでもいいの。関係ない話だったの。それに、私はもう仲間になるって決めてしまったの。今更、離れる気はないの」
もはや騎士ではなくなった彼女には無縁の話だった。
彼女はゆっくりと部屋の中の魔物に歩み寄る。
液体に浸かっている魔物達は暴れるどころか、ピクリとも動こうともしないが、強化されていると言うだけの事はあって、迫力は満点だった。
異世界人で、魔物を何回か見たことがあるルシェールでも、その姿を近くで興味津々に見ていた。
「それで、魔王様。言い訳なら幾らでも聞いてやるぜ。したところで意味はないけどな」
どうせ信用なんてハナっからしてねーしな、と尋賀は頭の中で付け加える。
「魔物は、永遠の命を得る実験の副産物……いや、失敗作。わたしが千年前、永遠の命の実験をしていて、その研究過程で生まれたのが魔物」
「つまり、魔物は意図的に生んだんじゃねーってか?」
「一応は。しかし、その魔物を強化する実験を開始したのもまた、事実。騎士団のせいで、野に放たれたが」
「ふーん、それで?」
「後、騎士に魔物化の薬をかけようとした理由は、わたしの復讐」
「は? 復讐だと?」
「そう、復讐」
無表情に答える。
しかし、無表情な顔とは裏腹に、復讐という言葉を言う時に、彼女は拳を強く握っていた。
「わたしは千年前、王に仕える研究者だった。永遠の命が欲しいという王の無茶な要求にも答えようとした。だけど、あの王は、わたし達の友情の証を奪った。だから永遠の命をくれてやった。その姿を異形の者に変えて」
突然始まった彼女の千年前の話。彼女は昨日のことのように話続ける。
「……すぐに騎士の連中は、わたしに攻撃してきた。剣でわたしの腕を切り落とし、矢を放ち、その矢が体を貫いた。包囲された城の中でわたしは命からがら逃げ出した。幸い、その時には他者に意識と記憶を植え付ける術は完成していたため、わたしはなんとか生き延びた。だけど、騎士どもは……わたしへの報復とも言わんばかりに研究内容を持って行き、研究所を焼き払った」
感情のこもっていない、抑揚のないその言葉で彼女は滔々(とうとう)と語る。
しかし、語られる一言一言に、彼女の怒りがこもっている。
「だからわたしは、騎士団を、王と同じ運命を辿らせる。これがわたしの……復讐」
「……そうかよ。復讐、したいって気持ちは分からなくもねー」
その気持ちを抱く彼女に、怒りもせず、止めるでもなく、復讐という感情に共感する尋賀。
しかし、すぐに彼は、真剣な眼差しで彼女を見つめる。
「でもな、騎士殿と、のの女に対しても手を出そうって考えてたら、流石に黙っちゃいねーって事くれえ分かっとけよ」
「しない。二人はわたしの優秀な下僕」
「ちょっと待つのだ!」
「少し待つの!」
下僕という言葉に、美玲とルシェールは彼女に詰め寄る。
「下僕は嫌なの! どうして私が下僕にされなくちゃならないの!?」
「私も同じく! なぜだ、我らは対等な仲間ではなかったのか!?」
「じゃあ、友達。友達だから傷つけない。それでいい?」
ナゲリーナのその一言で、急に辺りが静かになる。
何が聞こえたのか、全員、判断できないらしい。
やがて、彼女の言った一言を頭の中で理解し始めると、全員の視線がナゲリーナに集中する。
「魔王様、今、『友達』つったよな? 熱とかねーか?」
「ボクは、ちょっと熱があるみたいだけど。ああ、だから聞き間違えたのか」
ナゲリーナの額に手で触る尋賀に、聞き間違いだという優作。
美玲とルシェールもまた、その言葉を信じられないでいる。
「はっはっはっは。魔王であるナゲリーナが友達という言葉を使うとは。……魔王の台詞ではないぞ!」
「なんなの!? ちょっと気持ち悪いの!」
「……今、わたしは大層機嫌が悪くなった」
好き勝手言われたい放題のナゲリーナ。
そんな彼女を尋賀は、頭をくしゃくしゃ撫でる。
「こいつが友達って言うのは違和感がすげえけどさ。でも考えてみろよ。わざわざ剣を友情の証とか言ってるんだぜ。もとから友達は大事にする性格なんだよ。な、そのほうが子供っぽくていいだろ?」
「わたしを子供扱いすると痛い目を見る」
「へっ。オレはてめえの友情ごっこに入ってねーってか?」
「入れて欲しい?」
「ま、一緒に行動してんだ。 少しでも信頼できる間柄じゃねーとな」
「じゃあわたしはあなたの保護者」
「……ガキに保護者って言われるなんて、人生何があるのか分かんねぇのな」
一体何を考え、どう思っているのか。
真意を測りかねるナゲリーナは、何も言わずに、魔物が浸かっているガラスの脇にある、黒い扉を開ける。
話はここまでなのだろう。
尋賀達、四人も彼女の後をついていく。
部屋に入ると、黒い金属の床、壁、天井。
そして目を引くのは、巨大な何かだった。
「これが例の魔導砲ってやつか? ……デカさだけは一人前だけどよー」
「うむぅ……。坂巻 尋賀、もしかして貴様も? これは……酷いと?」
「ああ。ま、いいんじゃねーの? ちゃんと最低限の仕事してくれたら」
「だが、坂巻 尋賀! あれはどう考えても大きな箱が三つ重なっただけではないか! 私は大砲のような物を考えていたのに!」
その巨大な装置は、下から、大きな立方体、中ぐらいの立方体、大きな立方体という、どこが前でどこが後ろか分からない無骨なデザインの装置だった。
「まだ、これが魔導砲って決まった訳じゃないだろ?」
尋賀がそう言うが、無情にもすぐにナゲリーナが答えを出す。
「これが魔導砲。わたしが言っていたもの」
「ま、現実は期待したところで、馬鹿を見るよな。妄想好きの騎士殿には辛いかもしれねーけど」
放心状態の美玲の肩を、尋賀は静かに叩いた。




