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大空の女剣士

『おおきくなったらおうじょさまになるの!』


ルシェール・ノノ、四歳の時、屋敷の庭にて木の棒を振り回しながら宣言する。


『おうじょになるなら、てーおうがくのべんきょうしないといけないの? べんきょうはきらいなの! べんきょうなんてしなくても、けんだけでおうじょになるの!』


母親は、その返答に苦笑いする。しかし、娘を溺愛しているのか、苦笑いしつつも騎士団から腕利きの剣士を雇い、彼女の剣の指導をする。


ルシェール、六歳。

一家の長女で、一人っ子である彼女は、このまま男子が生まれなければ、家の当主となるはずが、待望の第二子、長男が産まれる。

ルシェールが勉強もせずに剣ばかりを振り回しているため、彼女が次期当主となるのは絶望的だった。当の本人は特にその事を全く気にせず、剣の稽古を続けていたため、この時点で次期当主は弟に決定された。


ルシェール、十一歳。

ようやく勉強しないと王女になれないことに気づく。一応、王家に近い血縁で、頑張れば王女になれなくもなかったが。


『勉強は嫌いなの。じゃあ王女やめるの』


その一言で四歳の時からの夢であった、王女の夢を簡単に諦める。

剣の道一本で進むと言い始めるが、勉強しない、働かない、仕事に就くつもりはない、と彼女を溺愛する母親とまだ子供である弟以外の屋敷の人間達は、彼女のことで頭を抱えるようになってくる。

しかし、彼女は全く気にしない。


ルシェール、十二歳。


『え? 私が騎士になるの?』


剣の稽古の先生から突然持ち出された話。

先生は騎士団では、そこそこ偉い立場で、騎士団に口添えすると言う。

この時、ルシェールは細剣術と二刀流の剣技は、腕利きの剣士を一瞬で一本取ることができる程上達していた。

先生曰く、何十万、何百万人が所属する騎士団の中で、選りすぐりのエリートでしかなれない隊長達に匹敵するほど腕が上がっていた。


『まあ、いいの。これも剣の修行の一環なの』


この時、母親から、フォーゲロンという名匠が打った高価な細剣と、市販されている中では高価なマンゴーシュを母親からプレゼントされる。

しかし、たとえ名匠が打った高級品の細剣とはいえ、細剣には常に折れる可能性があると、先生に普段は市販の細剣を使い、高級品は帯刀するだけで留めておくように念を押される。


ルシェール、同じく十二歳。

ついに家から出て、騎士団の寮生活となる。

同時に、家との関係を断たれるが、本人はやはり気にせず。

騎士団にて、騎士の仕事について指導される。

勉強は嫌いだが、それなりに騎士に必要な知識を詰め込む。


ルシェール、十二歳、もうすぐ十三歳。


『一本なの!』


模擬戦にて、高速の剣技で、騎士の仲間に次々と一本を取って行く。

これが訓練用の剣でなく本物の剣なら、全員絶命していた。


『なかなかの剣技。これは将来有望ですよ!』


ルシェールの配属された隊の中で、そこそこ位が上であるレングダが、一人勝手に頷いている。

彼は真っ先にルシェールに瞬殺されている上に、鼻血を出しているため、なんとも締まりが無い。


(みんな私に敵わないの! ふふんなの)


騎士団にて、剣の腕こそ一流だが、金持ちの家で甘やかされて育った彼女は性格が非常に子供っぽく、とてもではないが騎士団で人の上に立てる器ではないため、出世は絶望的だった。

しかし、レベルの高い剣の腕が彼女を優越感に浸らせた。


ルシェール・ノノ、十三歳。


『はっはっはっはっはっ! ルシェールの将来の夢、王女様だったのかよ!』

『ちょっ、笑うななの!』

『聞いてくださいよ、レングダ殿。こいつ、将来の夢、王女様とか言って、帝王学も勉強しないで剣振ってたらしいんです』

『ぷっ! 道理で剣の実力が高くて、頭の方が悪いわけですね』

『うるさいの! レングダ、笑うななの!』

『ちょっと待ちなさい! 私は上司ですよ! 上司にその口の聞き方は……』

『私よりも剣の腕は格下の癖になに言ってるの!』


その一言で周りの仲間達が大声で笑う。

いや、初めから、終始笑っていた。

仲間だけでなく、ルシェールも、レングダも。

騎士団の仕事で、時に人を斬ることもあった。

でも斬った人間にはマトモな人間はいない。

全員が全員、その共通の認識があった。

税金を払わない者は、金を隠し持っている悪者。

お金を騙し取る詐欺師は、人々の笑顔を奪う悪者。

騎士団に反抗する者は、大概は後ろ暗いところがある悪者。

だから、彼らは騎士の仕事に、一種の誇りを持っていた。

悪者を成敗し、人々を助ける仕事。

彼らの顔に笑顔が絶えることがない。

はずだった。


『あれ、みんなどこなの?』


騒がしかった辺りは急に薄暗くなり、彼女の周りに、人っ子一人いなくなる。

先ほどまではいつもの食堂の光景だった。

ある者は酒を飲み、ある者はパンをかじり、ある者は談笑に夢中になってスープが冷めている。

そんな光景が先ほどまではあったはずなのに。


『そっかなの。……もう、仲間達はいなくなったの』


先ほどまでの笑顔が嘘のように、彼女は寂しげにポツリと呟く。

この先に描かれるのは、同じように談笑し、仲間達と笑いあえる思い出。

しかし十六歳には、騎士団を除隊させられ、もう二度と笑いあえる日々が帰って来なくなる。

もう二度と、騎士団の思い出で彩られることはない。


『案外あっけなかったの。突然騎士の仲間も、まさか私が騎士に追われる立場になるだなんて思わなかったの……』


薄暗くなった食堂は、今度は光のない暗闇へと変貌する。

何もない空間に。

それは彼女の未来を示しているようにも感じられた。

真っ黒に塗りつぶされた明日。

もうこの先のページに何も描かれることはない。

何もかもを失ってしまった絶望の未来。


『だって仲間だから。仲間は仲間を斬ったりなんてしないから』


不意に誰かの声が聞こえる。

何もない世界だったはずなのに。


『誰なの? たしか誰かがこの言葉を言ってくれた気がするの……』


上手く思い出せない、だがどこか心に響くものがある。

その相手には怒りのあまり剣を向けた気がする。

その相手は剣を向けられていたのに笑っていた気がする。

その相手は剣を向けられているにも関わらず、斬らないと信じていた気がする。

もう戻れない過去、もう歩むことのできない未来に、手を差し伸べてくれた少女の声。


『この声は……ヤナギ ミレイなの?』


彼女は一人の女性の顔と名前を思い出す。

思い出した瞬間、目も開けられない程、眩しい光が彼女を包み込んだ。


ーーー


「……ん。朝……なの?」


あまりにも強い太陽の光で彼女は目を覚ます。

座りながら寝ていたようだった。

まだぼんやりする頭で、ゆっくりと昨日の夜の出来事を思い出す。


(ああ……昨日は一晩中泣いていたの……。絶対今、目が腫れているの)


などと思いながら、彼女は右肩に違和感を感じる。


「何……してるの?」

「ふえ?」


素っ頓狂な声で、彼女の右肩に もたれ掛かって寝ていた美玲は目を覚ます。


「あ、おはよう」


彼女は目を擦りながら、なんとも締まりの無い顔で朝の挨拶をする。

しかし、美玲は一向に右肩から離れる気配がない。


「ちょっとどくの! 私とあなたは恋人じゃないの!」

「後、五分だけ」

「うるさいの!」


ルシェールは乱暴に立ち上がると、美玲は草むらにこてっと倒れる。

彼女は、そのまま文句も言わずに、何かを自身の上に被せる。


「あれ? いつの間に毛布があるの?」


美玲が上に被せたのは毛布だった。

ルシェールは自身の背中にも、毛布が被せられている事に気づく。

一体誰が。

そう思ってルシェールは辺りを見回すと、草むらで寒そうに縮こまって寝ている少年の姿を見つける。


「……ん? あっ、起きたんだ」


少年……優作もまた、美玲と同じように目を擦る。

美玲とは違い、彼は二度寝をしようとはしなかったが、どうも顔色が悪い。


「こんな草むらで何やってるの?」

「二人が心配になってね。昨日、大きな泣き声も聞こえたし」


昨日の出来事を言われて、彼女は少し恥ずかしくなる。

優作は失言してしまったと慌てて話題を変える。


「それで君たちが何も無しに座って寝てたから後ろから毛布を掛けたんだ。まあ、そのあとも心配で、つい何も考えずにこんなところで寝たんだ。そのせいで、ちょっと風邪気味かも……」

「お前、私の剣に直に触ったり、こんなところに毛布も無しで寝たりして馬鹿なの」

「ナゲリーナの研究所に毛布はもう余りが無かったからね。こんなところで寝た事に関しては、何言われて仕方ないけど……馬鹿、かぁ……。言われたことなかったから、落ち込むなぁ……」


そう言って優作は下を向いて自身の右手を覗き込み、手を握ったり開いたりしている。

誤ってではなく、怒りのあまり故意にルシェールの剣を握ってしまった。

その時の怪我は魔法で、一日かけて治療を行い、昨日の夜の決闘後が終わった後、やっとナゲリーナに治してもらった。

しかし、怪我が治っても、その時の行動が消えた訳ではない。

馬鹿と言われたことが、かなり傷ついたらしい。


「目ぇー覚めたか?」


どこからか尋賀の声がする。

優作は声のする方向に顔を向けると、少し離れた場所にある岩に頭を預けている尋賀が、こちらを見ていた。


「尋賀?」

「星が綺麗だったからつい外で寝たくなっちまった」

「外で寝てる理由じゃなくて上見て、上」


優作は上に指をさしながら言う。

何のことかさっぱり分からないまま尋賀が上を向くと、視界の端にナゲリーナが見える。


「うおっ! 魔王様、こんな岩の上で何してやがる!」


尋賀は驚いて大きくのけぞる。すぐにいつもの調子に戻るが。


「夜は星が綺麗」

「それはオレが言ったから。てめえは別の言い訳考えろっての」

「千年前もこうして夜空を見ていたら友と出会った」

「……聞いてねえから」


ナゲリーナは岩の上から飛び降り、膝と手をついて着地する。

身の丈にあっていない白衣は一瞬だけ翻る。


「ヘッ。結局、全員が全員、星空観賞会ってか。随分と星が大好きなこった」


尋賀は頭をかきながら、皮肉りつつも笑っているようにも見える。


「あれ? みんな、どうしてここに?」


毛布に身を包みながら、美玲はようやく起き上がる。

彼女の目はまだ覚めないのか、ボケーとしながら、周囲を見回す。

そしてこの場に全員がいることに気づくと、彼女は口を開く。


「ああ、皆心配して外で寝てたんだね。流石仲間思い」


全員がルシェールや美玲を心配し、わざわざ外で一夜を過ごした。

心の傷ついたルシェールを心配する美玲に、外にいる二人を心配して毛布なしで一晩を過ごした優作。

本心を見せようとしないが、多分心配してたのであろう尋賀に、同じく本心の見えないナゲリーナ。


「仲間……思いなの? それだけ仲間を大事にしているの?」


それは、すでにルシェールも仲間の一員としての行動かもしれない。

ルシェールは昨日の出来事も今日のこの出来事も、何もかもをひっくるめて答えを出す。

昨日の時点では選ばなかった、いや殆どそれ一択しかなかった。

だが、どうしようもないのに、今更仲間を裏切るからと拒み続けた選択。

騎士団のトップに剣を向けられた、上司は他界した、もう縁を切ってもいいはずなのに、執拗にこだわり続けた。

今までの仲間たちを売るような真似ができなかった。

彼女の中では裏切りとはそういうものだった。

在りし日の思い出を、笑顔だった日々を傷つけたくなかった。

この先の未来が描けなくなったとしても。


「仕方ないから……お前達とついて行ってやるの」


だけど、今ならば、この先の未来を新たな仲間たちと共に描ける。

嫌々そうな言葉の裏腹に、どこか信頼が言葉に混じっていた。


「へいへい、んじゃあよろしくな」


尋賀は拳をルシェールに向ける。

彼なりの信頼の仕方なのだろうと気づくと、彼女も拳を向け、拳をぶつけ合う。


「オレは坂巻 尋賀ってんだ。ま、よろしくな、のの女」

「えっ!? その、のの女ってなんなの!?」


彼女の発言を無視し、今度は優作が握手を求める。

彼女に対する変な二人称に、ルシェールは問いただしたくなるが、今はとにかく目の前の眼鏡の少年と握手する。


「ボクは天城 優作ね。よろしく。名前、ルシェール……であってるよね。ルシェールじゃあ長いから、ルシェって呼んでいい?」

「こっちは普通の呼び方なの。さっきのあれなんなの?」

「まあ、尋賀の『あれ』は困った病気だからほっといてもいいよ」


普通に握手が終わり、今度は美玲が弓を向ける。


「と、突然なんなの!?」

「ふっ、騎士の挨拶と言えばこれであろう!」


いつもの演技口調の美玲は、さも当然のように言う。


「変な奴なの! どうして口調が変わるの!?」

「気にするでない! さあさあ、これをするぞ!」

「『これ』じゃあ伝わらないの!」

「むう……。武器と武器を重ね合わせるぞ!」

「はいはい、ようやく何がしたいか分かったの。こんな騎士の挨拶なんてしたことないの」


ルシェールは剣を抜き、弓と細剣を交差させる。

そうすると、美玲はまんざらでもなさそうな顔になる。

どうやら自身の作った設定で、元とは言え、騎士とできることが嬉しかったようだ。


「はい、これ」

「シュヴァルツレーヴェ、一体これは何なの?」


ナゲリーナに突如注射器を手渡される。

彼女は無表情に質問に答える。


「注射することで生物をドロドロに溶かす薬品」

「ちょっ! 人になんてものを渡すの!」

「いらない?」

「いらないの!」

「なら返す」

「この薬品、嫌味なの!?」

「……好意」


ナゲリーナはぼそりと呟くと、注射器を白衣のポケットの中に入れる。


「あれ? なんだか急に仲間になることを猛烈に後悔してきたの」

「気のせいだろ。気にすんな」


尋賀は淡々と言った。



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