異世界の村
「ウェルカム、デラッセ村……。オレ、歓迎とかしてほしくないんだけど?」
尋賀は村の入り口の木製のアーチに書かれた文字を読む。
どこからどう見ても日本におけるカタカナだったが、尋賀は気にしない。
「やっぱ異世界なのか? いや、まだ日本の可能性も……ないか。だったら元いた世界に帰る方法、後で探さねえと」
一人、村の前でブツブツと呟く。
山から下りた尋賀は、道を歩いて行き、道に沿って歩いてきた結果たどり着いたのが、このデラッセ村だった。
「元いた世界に帰る方法も探さねえといけねえけど、その前にこいつをどっかで休ませないとな」
尋賀の腕の中で、眠る少女。
特徴のある燃えるような紅色の少女の髪が風でわずかに揺れる。彼女には、やや肌寒く、風邪を引いてしまわないようにと、尋賀のせめてもの気遣いということで、被せられた白衣と男性物の服が被せられている。
しかし、だからと言って早く、彼女をどこか屋内で横にさせないと、小さな少女の身体が心配である。
そう思う尋賀だが、その表情に変化は一切なく、本心を表に出そうとしない。彼のどこか達観していて、本心を見せようとしない尋賀の態度は捻くれ以外の何ものでもなかった
「さてと。そんじゃあ村の探索始めましょうか、と」
ゆっくりと、尋賀は村の中へと歩を進めていく。
ーーー
尋賀は村の建物や周囲の人間を見回す。
建てられた建築物はどれも元いた世界とは違い、木造建築物しかないように見える。どの家にも屋根や窓が見受けられ、人々の服装も独特な文化を持っているように見えない。
異世界と言うからには何か、自分たちの世界にはないものでも見れないか、尋賀は視線を様々な方向に向けて、その双眸に景色を焼き付けるが、これと言って特徴のあるものはなかった。尋賀の中で、本当に異世界なのか疑いが大きくなっていく。
だが、異世界にせよ何にせよ、少女をどこかで休ませなければならないことには変わりはなかった。
店が立ち並ぶ場所にまでやって来ると、彼は色鮮やかな果物が並べられた店の髭の生えた店員に話しかける。
「なあ、おっさん。この辺、宿とかない?」
「ん? 旅人か?」
「ま、そんなとこ。旅の途中で拾い物しちゃったから宿かどこかで横にしたいんだけど」
店員は尋賀の腕の中の少女を見つめる。
「どうしたんだ? この子?」
「知らねえよ。すぐそこの山でお寝んねしてたから連れてきちゃった」
尋賀は嘆息しながら、質問に答える。
彼のそのため息は、異世界に来たかどうかはともかく見知らぬ土地に来てしまったことと、見知らぬ少女を発見したことによるものだった。
そんな尋賀の身なりを見た店員は口を開く。
「そうか。それは災難だったな。ところで坊主、金、持ってるか?」
店員は突然、髭に触りながら金の話題を出す。とてもではないが、尋賀の同情をしている顔ではない。
「なんで急に金の話? 宿代の心配してくれてんの?」
「いやな。宿の場所をど忘れしてな? もし、うちの商品を買ってくれるって言うなら、思い出すかもしれないな?」
やや茶色くなった歯を尋賀に見せながら店員は笑う。要するに、何か買い物しないと教えないぞということである。
「オレ、一文も持ってないんだけど」
「帰りな、坊主。金なしに付き合ってる暇はこっちにはないんだ」
金が無いと言うとすぐに険しい顔つきになる店員。
しゃーね、と呟くと尋賀は何を考えたのか、商品の林檎の上に少女を下ろそうとする。
「おいこら坊主! てめえなにしてやがる!!」
「いやー、オレもど忘れしてた宿、思い出してね? だから横にしてやろーと思ってさ」
「どこが宿だ!! うちの商品の上にそんなガキのせるんじゃねえ!!」
「ああー、本当に宿の場所ってどこだったかなぁ? ここだった気がするしなぁ。ちゃんと教えてくれないから思い出せねえー」
「分かった! 分かったから教える! だから、うちの商品の上にガキを乗せないくれ!」
「はじめっからそうしときゃあいいのによ」
今度は尋賀の方が店員に向けて歯を見せる。
商品を買わせるつもりだった店員は、尋賀にやり込められ、奥歯を噛みしめる。尋賀が少女を持ち上げると同時に、店員は尋賀の後ろを指差した。
「宿はてめえの背中にあるよ! ほら、行った行った!」
「あっそ。親切にしてくれてあんがとさん」
嫌味を込めて尋賀は言う。
店員は疫病神でも払うかのようにシッシッと言いながら手を動かすと、尋賀はそれを無視して後ろを向いて歩く。
ーーー
宿の扉を開けると、受付のカウンターのような場所に男が一人立っている。
「い、いらっしゃいませ。ほ、本日はご宿泊でしょうか?」
やせ細った男の口から、震えた声が出る。
宿の主人だろうか、接客には随分と向いていない印象を受ける。宿の中も人の気配がなく、所謂閑古鳥が鳴いている状態だった。
「いーや。こいつの目が覚めるまで、ここで寝させてやりたいんだけど」
尋賀がそう言うと、男は腕の中の少女を覗き込み、その表情は一瞬にして変わる。
「こ、この子、フェ、フェルト家の娘のナゲリーナちゃんじゃないですか。
い、一体どうしたんですか!?」
男は目を見張り、心配そうに見つめている。
「知ってるのか? こいつ、山で落ちてたんだけど」
「や、山で!? あ、あそこには魔物が出没するのに!? そ、そ、それじゃあ、魔物に襲われて!?」
「魔物……ねえ。ま、怪我してねえし、どうせ頭とか打ったんだろ」
あの化け物の正体は魔物。確かに異世界と言えば魔物はつきものだ。
つい先日、尋賀の友人の一人が魔物を狩るのは騎士の勤めだ、と一人で騒いでいたが本当に出くわすとは夢にも思わなかった。
だが、今はそんな事を知るよりも、とにかくナゲリーナという少女を休ませる事が先決だった。
「それで、休ませてくれるの? オレ、金の持ち合わせないからこいつの両親から金、とってほしいんだけど」
「そ、そんな、困ってる人からお金を頂けません!」
「そいつぁ殊勝なこった」
男に案内され宿の一室に入る。
そこのベットの上で少女を横にすると尋賀はベットの毛布を上に被せる。
すやすやと寝息を立てる少女を見て、真っ先に出た彼の表情は、厄介事が一つ片付いたという笑みだった。
「それで、どーすっかなー」
少女に被せるために一緒に持ってきた誰のものか分からぬ白衣や服。誰が脱ぎ捨てたかは分からないが、とりあえず少女が風邪を引かぬようにと一緒に持ってきた。
しかし、暖かい室内な上、毛布があるため、もう必要ない。
「そ、そちらの服は、い、一体どうなさったのですか?」
「そこらに落ちてたのを拾ってきたんだよ。ま、後でどっか適当に捨てとくわ」
尋賀は持っていた服を少女の上に投げ捨てる。
服のポケットの中に入っていた試験管同士がぶつかりあったのか、ガラスの高い音が鳴り響く。
「そんで、こいつの両親、今どこにいるんだよ」
「フェ、フェルトさん夫婦はたしか、い、一年に一度、結婚記念日に旅行に行かれてたような気がします。た、たしか、今日も結婚記念日だったような……」
店員は僅かな記憶から、彼女の両親の事を思い出す。特に親しい間柄ではないため、知っている情報はほとんどなく記憶もあやふやだった。
「娘、置いて旅行か。いつ帰ってくるんだ?」
「た、たぶん旅行先はいつも同じなので、お、おそらく3日後くらいかと」
「たぶんだとか、恐らくだとか、随分はっきりしねえな」
「も、も、もうしわけございません。
こ、この宿が繁盛していた頃、2、3年前は旅行に行く度にこの宿に預けて行っていたんですが、今は……」
「娘を安心できるところ、娘の安全を確認できるところに預けてないのか。親ってのはどいつもこいつも、どこの世界でも最低なヤツばっかだな」
親の話題に敏感なのか彼は静かに怒る。どこか嫌悪や憎悪の混じった声になる尋賀に恐る恐る主人は声をかける。
「あ、あのう、ど、どうかなさいましたか?」
「うるせえよ。娘、置いて自分達だけで旅行を楽しんでましたってか。ふざけやがって。てめえもそう思うだろーが」
「そ、それは、まあ、も、もちろんでございますが」
「ちっ。気分悪りー」
舌打ちをすると、尋賀は部屋から出て行く。
受付に置いてある椅子にどかっと座ると、バットケースを床に置く。
彼は突然聞かされた、不快な話に心の奥底から込み上げてくる感情で一杯になっていた。自らを落ち着かせるためにも、彼は肩の力を抜きながら目を瞑る。
「……とりあえずガキが目ぇ覚めるまでここで待たせてもらうわ」
「そ、そうでございますか。な、なら、私はフェルトさんの、りょ、旅行先に手紙を出してきます」
「旅行先、分かるのか?」
「え、ええ。む、昔一度だけ聞いたことがあります。あ、あやふやですが」
そう言うと主人は宿から出て行く。
しばらく沈黙が支配する宿の受付に尋賀は一人残される。
何かに……何か大事なことに気づいていない、そんな気がする。
そう、例えるならばこの状況。
初めの状況と今の状況で違うもの。
初めは宿の主人がいて、自分たちがいて、そして今は宿の主人がいなくて自分たちがいる。
「って、おい! 客来たらどうするんだよ! オレ、一人じゃあどうにもできねーぞ!」
一人叫ぶが誰も聞いていない、聞ける人物が今は存在しない。
もう少し気づくのが早ければ店の主人を止める事ができたのだが。
「しゃーね。どうせ客なんて来ねえ、か」
慌てたところで仕方ないと、尋賀は椅子に座る。
椅子に座った彼は、すぐには寝ずに少女が眠る部屋を見つめる。
「……一体、あのガキに何があったんだ」
山の中での疑問。
山の中に少女がいた理由。
謎の白衣と男性服。
天井を見つつ貧乏揺すりをしながら考えるが、すぐにやめてしまう。
「考えるの得意じゃねえんだよ、オレは。後で起きてきたら詳しく聞いてやるか」
考えることを放棄して、彼は椅子に座りながら再び寝る為に目を瞑る。
しかし再び寝ようとしている尋賀を邪魔をするかのように、ドアが壊れ、倒れる音がする。
二人組の男女、そのうちの男の方がドアを蹴って壊したようだ。
男女両方とも鎧を着ており、室内に入る時ガチャガチャ音を立てながら入ってくる。
「主人はいますかー!? 隠れても無駄ですよー!?」
「われわれ騎士団、税金の徴収に来たの! 今月も払ってないから直接徴収してやるの!」
男女共に大きな声を出す。
尋賀が、るせえな、と耳を塞ぎながら呟くと騎士団だと言う二人組の内、男の方が鎧の音を立てながら尋賀に近づく。
「あなたは客ですか!? 宿の主人はどこですか!? 隠さない方が身のためですよ!?」
男は、特徴的な曲がり方をした髭を生やした顔を近づけ、大きな声で尋賀に問う。
尋賀は両耳を抑えながら言う。
「そんな大きな声で喋んなくたって聞こえてるっつうの。手紙出しに行ってるから、すぐにでも帰ってくると思うぜ?」
それは好都合。
騎士の男がそう呟くと、男は仲間である女騎士の顔を見つめる。
それだけで意思疎通ができたのか女の騎士が頷くと二人の騎士は宿の中にある物を物色し始めた。
「おいおい。何やってんだよ」
「そんなの決まってるの! 税金を徴収してるところなの!」
ロングの金髪が特徴的な女の騎士が答える。
男の騎士よりも十歳近く若く見える女騎士は続けて言う。
「ここの主人、3ヶ月も税金、払えてないの だから主人がいない間に徴収しちゃうの!」
「ほとんど泥棒じゃねーか。マジで税金泥棒やってんのな」
「うるさいの! 税金を支払わない愚民が悪いの!」
二人は次々と宿にあるものを押収していく。
理由が例えあれど税金を支払わない主人は確かに悪い。
しかし、本人のいないところで勝手に事を進める騎士を見ると気持ちのいいものではない。
(異世界の騎士ってのはこんな連中なのか。こんな姿見たら、あいつ、怒り狂うだろうな)
騎士は人々を守るための盾だ。
何かの受け売りで、そんな事ばかりを言う尋賀の友人。
尋賀の元いた世界に騎士は存在しないが常に騎士であろうとする女性。
尋賀にとって、異世界の出来事に首を突っ込むのは、気に乗らないが、宿をタダで利用させてもらった主人への少しばかりの礼と、この場にいない騎士の妄想好きの女性の代わりに尋賀は立ち上がる。
(へへ。何やってんだか。オレは)
関わらない方がいいに決まっている。
だけども、異世界の騎士と戦えるかもしれないという嬉しさもあり、結局尋賀には厄介事に巻き込まれる、もしくは厄介事に自ら首を突っ込んでしまう自分に自嘲することしかできなかった。
今だに物色をやめない騎士の二人。
彼はバットケースの中から棍棒を取り出すと、二人の騎士の頭を軽く叩く。
「なんですか!?」
「なにするの!?」
物色していた二人は尋賀の方へと一斉に振り向く。
「いやー、オレ、そうやって人ん家の金、黙って持ってく奴、見てると腹ァ立つんだよな。だから殴っていーい?」
「黙りなさい! 税金を払わない方が悪いのです!」
実際は口で言うほど尋賀は怒ってはいない。
だが騎士の男を煽ることには成功した。
「くっ……! あなたのような人間を野放しにすることはできませんね!」
「待つの! こんなのに構ってる暇ないの!」
「うるせーよ。構ってる暇がねえってんなら、こっちが構ってやろうか?」
尋賀は棍棒で女騎士の頭をぺしぺしと叩くと、すぐに女騎士は怒り狂う。
「やめるの! もう怒ったの! 極刑にしてやるの!」
「騎士様がそんな権限でも持ってるのかよ? 人をそう簡単に殺めてもいいと?」
さらに尋賀は挑発する。
だが男の方が大きな笑い声を挙げると腰の鞘に納刀された剣のグリップを握りしめる。
「何を言っているんですか!? 我々騎士団にはその権限があるんですよ!? 反逆する者は切り捨てろとね!」
「マジかよ。 最悪だな、この世界の騎士」
尋賀がそう言うと二人の騎士は大きな声で笑い始める。
その大きな声は宿全体に響き渡る。
尋賀は頭を抱える。喧嘩をするためにこうなる結果は予測していたものの、極刑までは予想外だった。
「泣いたってもう許さないの! この時をもって、あなたはこの国の反逆者なの!」
「さあ、我らの剣の錆になるのです!」
二人の騎士は大きな声を出しながら剣を抜く。
男の片手剣と女の細剣の、計二本の剣をそれぞれが構える。
尋賀も棍棒を構えると同時に突如、宿の一室の扉が開く。
開いた扉から出てきたのは、紅の色の髪の少女だった。彼女は目を覚まし起きてきたのだ。
「うるさい」
三人が少女を一斉に見つめる中、少女は一言呟く。
何故か少女は尋賀が拾った白衣を着ており、身の丈ににあっていないために床に引きずりながら歩いてくる。
「わたしの睡眠を邪魔した。いつもお前達、騎士団はわたしの邪魔をする。わたしはお前たち、騎士が大っ嫌い」
子供にしか見えないはずなのに、無表情で、抑揚のない言葉は本当に子供かどうか疑いたくなるほど冷たい。
少女が白衣の袖から手を出すと、その人差し指と中指がなぜか光っていた。
そして少女が指を動かすと、光は空中で尾を引き、留まる。それは何かを描いているように見えた。
(なんだ?)
尋賀は何が起きているのか皆目、検討もつかなかった。
少女が描く空中に浮かんだ、『それ』は幾何学模様になる。
なんとも言い難い幾何学模様だったが、それで完成なのか、少女の手はピタリと止まる。
そして、女騎士はそこで何かに気づいたのか、驚いた表情を見せる。
「ちょっと待つの! これ、確か魔法なの! 逃げるの! 危ないの!」
「まさか! そんなことが!」
二人の騎士は慌てて宿から出て行く。
やがて描かれた幾何学模様から火球が飛び出し、尋賀を襲う。
「うおっ!? 危ねっ!」
寸前のところで尋賀は回避する。
火球は宿の壁にぶつかると、爆発し大きな轟音が鳴り響くと同時に、大きな穴をあけた。
外に飛び出した女騎士は風穴、ひいては宿の中の少女を指さし、大きな声で叫んだ。
「間違いないの! この世に魔法を使えるのは魔王と魔王の作った魔法具を持つ人間だけなの! あれは新しい魔王の器なの!」
大きな物音と突然起きた異常事態に、髭の店員や村の人間たちがゾロゾロと集まってくる。
「お前。魔王って、本当なのか?」
尋賀が驚きで目を見開きながら言うと少女は小さく頷く。
「わたしは魔王。魔王、ナゲリーナ・フォン・シュヴァルツレーヴェ」




