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元騎士と妄想少女

尋賀、優作、ナゲリーナの三人は研究所の入り口の地下への螺旋階段を降りる。

数十段階段を降りると、外の月の光は届かなくなっていき、辺りが暗くなり、周りがほとんど見えなくなってくる。


「魔王様、明かりか何かねーの?」

「少し待つ」


ナゲリーナは数段ほど階段を降りると、螺旋階段の手すりから身を出し、壁をペタペタと触り始める。

しかし、身長が低いナゲリーナと壁には距離があり、側から見ていると落ちてしまいそうで非常に危なっかしい。

尋賀は仕方なく、彼女の身の丈にあっていない白衣を、下に着ている黒と紫のドレスごと掴む。


「何をしてる?」

「何をしてるってお前なあ。危ねえこと、してんじゃねーよ」

「明かりを点けるための装置を探してる」

「危ねえところにそんなもの取り付けるなっての」

「元々、この身長では想定されていない。以前までの身体なら危なくはなかった」

「意識と記憶を植え付けるってやつか。だったらガキの身長でも問題ないように作っておけよ」

「……子供は想定していなかった。子供に対して、転成をするつもりが微塵もなかったから」

「あっそ。その身長じゃあ落っこちるから、オレが明かりを探す。てめえは下がってろ」


尋賀はそう言うと、ナゲリーナは下がる。

そして、彼女と同じように壁を手探りで触っていくと、壁に小さな溝のようなものに気づく。彼女の探しているものを、尋賀が見つけたことを察して、そこを開けるように彼に向かって言う。

力を加えると、壁の一部分は開いた。


「ったく、わかりにくい蓋にすんなって」

「昼間だったら見つけやすい。これも夜に開けることを想定されていないから」

「そうかよ。んで、どうやって明かりを点けるんだ?」


開いた壁の中には、数本の試験管が蓋をされて立てかけられており、その隣には穴の空いた管が一本あるだけだった。


「薬品を一つだけ穴の中に注ぐ。それだけ」


言われたとおり蓋を開けて試験管の中身を穴の中に注いでいく。

そして、中身が無くなると、元の位置に戻した。


「……これはどういう薬品なんだ?」

「それは人工的に作った、魔力を含んだ薬品。この研究所にある、わたしの作った魔法具は魔力が無ければ動かない」

「魔力、ねえ」


話している間に、辺りがほんのりと明るくなってくる。


「仮眠室は降りてすぐのところ。ついて来る」


彼女は一人先に階段を降りていく。

そんな中、優作は立ち止まって、心配そうに上を見つめる。


「優等生、心配か?」

「うん。……ねえ尋賀、尋賀はなんで戦ったの?」

「さっきの、のの女との戦いか? あいつが騎士団と決別できるように、じゃね?」

「どうして疑問文なのさ……」


尋賀も上を見つめる。

彼も心配しているのか、そうでないのか、捻くれた彼はその本心を顔には出そうとしない。


「最後の抵抗を叩き潰すため、だな」

「最後の抵抗?」


オウム返しに尋ねる優作に、尋賀は淡々と答える。


「あいつがオレ達と一緒について来ねーのは、オレ達が魔王様と一緒にいる、つまり魔王の手先になるからだ。それだけで、あんだけオレ達と一緒に来ることを渋るくらいだ。よっぽど大事な組織なんだろーな。でもあいつが、騎士じゃなくなったら、騎士団と決別できたら、オレ達と一緒に来る理由になるだろ」

「それじゃあ最後の抵抗って、騎士でないのに、騎士としての仕事をしようとする彼女のボク達への抵抗?」

「せーかい。で、オレが勝ったことで、もうオレ達と戦ったところで無駄だって、気づいてるだろうぜ。何をしてももう二度と元には戻らないってな」

「そんなことを言ってもまだ騎士団への執着がまだ強いように見えるよ」

「……だから、騎士殿が。美玲が、のの女の側にいるんだろうが」


ーーー


冷たい風が夜の草原を通り抜ける。

風によって草は揺れ、草の音が辺りを包む。

空には満月が強く光り輝き、周囲の星の輝きを掻き消す。


「……ちょっと寒いの」


一人でポツリと呟く、ルシェール。草の上に座り、空を見上げる。

そんな彼女の隣に美玲が座る。


「寒いのならば中に入ればどうだ?」


いつもの演技がかった口調で、美玲は言う。


「そうだ、私の名前を言っていなかったな。私の名前は矢薙 美玲という」

「……聞いてないの」


ルシェールはそっけなく言うが、美玲は勝手に話を続ける。


「私も騎士でな。武器は弓で、接近戦でも戦えるように弓を調整してある」

「……騎士団にヤナギ ミレイなんていないの。今の団員の名前は全員覚えてるから、きっと過去に裏切った人間なの」

「む、私達は異世界出身だと言ったであろう。私はその世界の騎士なのだ!」

「あっそなの。そんなこと興味ないの」


両者の間をいつまでも冷たい風が吹きぬける。

沈黙が場の空気を一時、支配する。


「……やっぱり、そんなこと言われても気に入らないよね。迷惑……だったよね」


不意に美玲は、演技の口調をやめ、素の口調になる。

そして、彼女も満月を見つめながら語りだす。


「実を言うとあなたが少し羨ましいんだ。だって私の世界に本当は騎士なんて職業は存在しない、私の設定の中だけでしかない。でもあなたは本物の騎士団に所属して、本物の騎士の仲間がいたんでしょ? 人々の為に働いて、襲い来る魔物達を倒していたんでしょ? カッコイイし、羨ましいなぁ」


美玲のその言葉を皮切りにルシェールが立ち上がり、彼女を見下ろしながら怒りの言葉を口にする。


「何が羨ましいの!! 私は騎士じゃないの!! 仲間ももういない、居場所がもうどこにもないの! 仲間がいるお前とは違うの!」

「ふふ」

「何が可笑しいの!?」

「私は昔、友達なんていなかったし、居場所なんてなかったんだよ。あなたの方がよっぽど羨ましいよ」

「私を煽っているの!? 何もかもを失った私の気持ちが、分からないって言うの!?」


ルシェールは怒りのあまり、剣を抜き、細剣を美玲の眉間へと向ける。

だが彼女は身動き一つ動かさず、じーっと座っている。


「私を斬ってもいいよ。でも、あなたが不幸なるよ」

「どういう事なの! 答えるの!」

「新しく出来た仲間も、居場所も無くなってしまうから」

「ッ! 私を勝手に仲間にするななの!」


細剣を向けられているのにもかかわらず、ルシェールに向かって微笑む。


「どうして、そんな顔ができるの!? どうして、そんな事が言えるの!? 私は……グレゴワース騎士団長閣下に剣を向けられた時、怖くて怖くて恐怖で一杯だったの! なのにどうしてなの!」


同じように、剣を向けられたルシェールは命の危機から、恐怖に支配された。その時の悪夢のような光景が再び蘇る。

強引に髪を切られ、頭の痛みがまだまだ残っている。全身から汗が止まらず、目の前の騎士団長の瞳には、『容赦』というものが一切見当たらない。騎士団長の剣がゆっくりと首筋まで近づいて来る。そして、剣は振り下ろされ、上司のレングダが身代わりとなって死んだ。


自分は恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃな状態だったというのに、目の前の少女には、恐怖という感情はないのだろうか、彼女は笑みを見せ続ける。

ルシェールにはそれが理解できなかった。


「どうしてなの! どうしてそんな……!」

「だって仲間だから。仲間は仲間を斬ったりなんてしないから」

「そ、そんな理由で……なの?」


ルシェールはその言葉で手から細剣を落とす。

彼女にとって、その言葉はショックが大きかった。

その言葉だけで、信頼も、絆も、大切に思われていることも伝わってきた。

それはかつて、騎士団に所属していた時にはあって、今日失ってしまったもの達だった。

そして仲間は決して仲間を斬ることはない。

今日、騎士団長に剣を向けられるまでは、当然のように思っていたものだった。

仲間達と一緒に朝から晩まで仕事をして、一緒に笑いあって、談笑して。

それらが当たり前だった時は、仲間が仲間に剣を向ける訳がない。

そう信じて止まなかった。

だけど、現実はそうではなく、法を遵守じゅんしゅする騎士団長は、魔王を討伐に成果を出せなかった、それだけで仲間を斬った。

だけど、仲間になれば、斬られることもない、信じてもらえる、絆がある、かつての仲間達と同じ居場所がある。

彼女の心が強く震えた。


「あなたは私達の仲間だよ。今までの仲間は失ってしまったのかもしれない。でも私達があなたの新しい仲間だから。だから、あなたにはまだ居場所があるよ。尋賀も、優作も、ナゲリーナは多分だけど、いい人だから」


その言葉がとどめだった。

目からボロボロと涙を零し、膝をつく。


「なんなの!? なんだって言うの! どうしてなの!」

「ち、ちょっと! ええー!?」


大粒の涙が滴り落ちていく。

大きな声で泣き始めたルシェールに、美玲はパニックになる。


「大切な仲間達を失ってしまったの! 私の居場所が消えてしまったの! でもせめてもの、騎士団の敵の魔王の仲間だけにはならないって、騎士団を裏切るような真似をしないって誓ったハズなの! なのに……なのに、どうしてここに私の居場所が、仲間があるって言うの!?」

「分かったから! だから、落ち着いて? ね?」


嗚咽混じりに言葉を並べる。

その度に美玲はどうすればいいのか分からず、右往左往する。

彼女の滝のような涙は、留まる所を知らない。



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