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一騎打ち

馬車で揺れるに揺れて数刻。

日はどっぷりと暮れ、空には満月が浮かんでいる。

尋賀達は周囲に無数の草と数本の木以外、ほとんど何もない草原で馬車を降りる。

全員が馬車を降りると同時に、馬車は再び走り出す。

ナゲリーナは研究所に行く為に必要だった魔法具の棒を草原で投げ捨てる。


「ちょっとナゲリーナ、ポイ捨ては良くないよ」


ポイ捨てするナゲリーナに対し、尋賀に優等生と呼ばれることだけあって注意をする優作。

しかし、その注意の言葉を無視して、地面に陣を描き始める。


「あれはもう使えない。使えないものは捨てる」

「だからってそこらに捨てるのはよくないよ」

「使えないものをいつまで持っていても仕方ない」


陣を描きながら淡々と答えるナゲリーナ。

彼女は小さな陣を描き終えると、地鳴りと同時に地面が二つに分かれ、地下への階段が姿を表す。

その地鳴りの音で目が覚めたのか、尋賀に担がれたルシェールは目を覚ます。


「……なんの音なの? あれ? 私、浮いてるの?」


寝ぼけているのだろうか、彼女は担がれた状態でそう答える。

そして、自身がどういう状態になっているのか気づくと、彼女は暴れ出した。


「ちょっ! 降ろすの! 魔王の手先に捕まりたくないの!」

「暴れるなっての!」


尋賀に担がれている状態の彼女は暴れ、そしてすぐに落ちる。

彼女は地面に落ちると、すぐに立ち上がり、腰のベルトに通された鞘から細剣を抜き、尋賀に向ける。


「助けてやったのにそりゃーねーだろ?」

「うるさいの! 魔王に助けてって言った覚えはないの!」


優作はいつまでも頑なに自分達に助けられることを拒む彼女に、腸が煮えくり返る。いつまでも命を粗末にするような言葉を繰り返しているからだった。

怒りで叫び声を挙げそうになるも、叫ぶ前に尋賀に制止させられる。


「おい、優等生。気持ちは分かるけど、今はオレが話してんだよ。もう少しで怪我、治るんだろ? 大人しく魔王様の治療を受けておけって」


その言葉で優作は何も言わずに二人の元を離れる。

ナゲリーナは何も言わず、無表情に魔法を使った治療の続きを再開する。

一日中彼の手の怪我の治療を行っているにも関わらず、彼の手の傷は完全には塞がっていない。

それには、ナゲリーナの研究が『治癒魔法』というものをまだ確立しておらず、回復には大きな手間がかかっていた。

もう少しで終わる治療を再開し、地面に座って、二人を見守る。


「オレ、優等生から聞いたんだけど、お前と一緒にいた騎士のおっさん、最期の遺言がお前を助けてくれだっけか?」


馬車の中で聞いた優作の話を持ち出し、話を再開する尋賀。


「そんなもの関係ないの! とにかく魔王はダメなの! 騎士の仲間を裏切ることになるの!」

「じゃあ死んだ仲間の遺言を果たせないのも仲間を裏切る行為じゃねえのかよ?」

「…………」


強く拒んだ言い方をしていたルシェールから声が出なくなる。

魔王に助けられるのは死んだレングダの最期の遺言。

魔王側の人間に助けてもらうということは騎士団の仲間を裏切る。

彼女にとって、どちらかを守れば、どちらかを破ることになる。

しかし、


「おめえ、騎士の仲間を裏切るつっても、もう騎士じゃねえだろ」


ルシェールは魔王の討伐任務を失敗し、騎士団を除隊された上で、処刑者になった。

彼女の短くなった金色の髪は、騎士団を追い出された者の証だった。


「オレ達について来い。オレ達と一緒に行動して、今起きてるトラブルを解決すりゃあ、オレ達の住む異世界で生きていける。こっちの世界で暮らしていくのはちと難しいだろ?」


尋賀は淡々と言う。

その言葉にルシェールは考える。

尋賀の言うとおりにすれば、生きていけるかもしれない。

他の選択肢、一つの選択肢は、自害すること。

しかし、騎士団長が剣を向けた時、恐怖に支配された。

死の恐怖に怯えて自害はできないかもしれない。

自害ができないのなら、もう一つの選択肢を。

彼女は、一つの決断をし、細剣の切っ先を尋賀にもう一度向けた。


「……これより騎士団、ルシェール・ノノ。魔王討伐の任務を開始するの」

「……ヘッ。そういうことかよ」


尋賀は、彼女の意図に気づいたのだろう。鉄パイプを布から取り出し、構える。

その光景を見て、優作は黙って見ていられなかった。


「どうしてそんなに死のうとするんだ! ボクには理解できないよ!」


優作には、最期まで騎士として魔王と戦い、騎士として果てようとしているように見えた。

自害するのが怖いなら、せめて他人の手で。

そんな言葉にも優作には聞こえた。


「違う。これは死ぬ為の戦いではないのかもしれぬぞ、天城 優作」

「え? どういうこと?」


美玲は優作の隣に立ち武器を構える二人を傍観している。


「これは、きっと分かりあう為の戦いだ。私と坂巻 尋賀の決闘と同じなのだ!」

「戦いで分かりあえるの?」

「騎士とはそういうものだ」

「君の想像する騎士と異世界の騎士とは違うと思うけどね」


美玲の言葉の真偽はともかく、優作は二人の行く末を見守ることにする。

尋賀ならば、相手が怪我をしないように戦うことができるはずだ。

だったら最悪の展開にはならないはずだ。

優作が見守る中、武器を構え、睨み合っている両者の間に美玲は立つ。


「この試合、騎士、矢薙 美玲が立会人を務めるぞ! 両者共に準備はよろしいか!?」

「ちょっと待つの! まだ私の準備が出来ていないの!」


その一言と共に、ルシェールは着ていた鎧を脱ぎ捨て、服とズボンの簡素なスタイルになる。

そのまま腕や腰を数回動かし、その場で数回ジャンプすると、細剣を上向きに持ち、左手を腰に当て、足と足の間隔をなるべく狭くして構える。

彼女にとっての鎧は身を守る防具ではなく、ただの足枷でしかなかったのだ。


「では両者共によろしいか?」

「いいの! こっちの準備は出来たの!」

「オレもいつでも出来てるぜ。とっとと始めっか!」


美玲はその言葉を聞いて、右手を上げる。


「始め!」


その掛け声と同時に渾身の突きが尋賀を襲う。


「相変わらずはえーのなんの!」


鉄パイプで細剣を弾き、向きを逸らす。

以前の戦いでは同じ方法をとると、武器である棍棒は破損していたが、今は違う。

しかし、以前の戦いと武器が違うのはルシェールも同じだった。


「今回は折れねーのな! それなりに力入れたんだけどな!」


尋賀も力を加えて弾いたハズだった。


「そうなの! 今回は本気なの! 以前は安物の剣だったけど、今回は普段は使わない高級品なの!」


細剣を上手に構えなおす。

細剣の切っ先は満月の光でギラリと光る。

刀身には翼をモチーフにして作られたであろう金の装飾に、金で出来た天使の羽のナックルガード。そして、柄に施された名匠の紋章が細剣の高級感を漂わせていた。


「じゃあ、試してみっか」


攻撃に出られる前に、尋賀は鉄パイプを斜めに振り下ろす。


「遅いの!」


小さなステップでその攻撃を避けたルシェールは、再び尋賀に向かって突きの攻撃をする。


「うおっ!」


顔に向けられた一撃を瞬時に躱す尋賀。

しかし、僅かに掠ってしまった為に、一筋の赤い線が顔には浮かび上がっていた。


「まだまだなの!!」


ラッシュを仕掛けるかのごとく、怒涛の突きを繰り返すルシェール。

尋賀はバックステップを繰り返し、細剣の嵐を躱す。

あまりにも機動力や次の斬撃を行うまでのストロークが早すぎるため、一方的に攻め込まれる。


「くっ……! 前回と同じと思うなよッ!!」


鉄パイプで細剣を少し弾くと、尋賀はその場で一回転し、鉄パイプを回転切りの要領で、横薙に振るう。

ルシェールは突然の反撃に、一旦後転をして回避する。


「新技、やってみっか!」


尋賀は、鉄パイプを目の前で旋回させ続ける。

旋回する鉄パイプは、高速で回転し、その姿は大きな丸い盾を持っているようにも見える。

美玲は審判であるにも関わらず、新技という言葉に反応する。


「それが新技か?」

「新技って言うほど大層なものじゃねーけど、ジジィに戦闘に優雅さがねえって言われてな。あんま、直進的な戦い方ばっかできねえし」


高速で回り続ける鉄パイプ。

ルシェールは躊躇なく細剣で突きを繰り出す。

しかし、細剣は鉄パイプに阻まれ、弾かれる。


「……これじゃあ攻撃できないの!」


そう言うルシェールは悔しそうな顔をせず、その口角は上がっていた。

彼女はすぐに動きだす。


(ヤロー、左手で! 素手で受け止める気か!?)


今まで腰に当てていた左手から動き出す。

左手は戸惑いもなく、回転する鉄パイプに迫り、何故か金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。

同時に、回転する鉄パイプは止められ、尋賀は大きな隙を晒していた。


「隙ありなのッ!」


尋賀は、なんとか左腕でルシェールの細剣を持つ右腕を受け止め、頭を狙って繰り出された一太刀を受け止める。

これが突きだったら間違いなくアウトだと思いながら、牽制で尋賀は蹴りを入れる。

蹴りは当たることなく、バク宙で躱し、二人の間の距離が広くなる。

そしてルシェールが左手に持っていた武器に尋賀は気づく。


「短剣? てめえ、二刀流だったのか」

「なにせ私は以前の戦いで本気を出していなかったの! これが私の本気のスタイルなの!」


ルシェールは背中のベルトに隠している鞘から、剣の部分に唐草模様が施された短剣を抜き、それが尋賀の鉄パイプの回転を止めたのだった。


「試合じゃなくて戦いだから、別に二本使っても問題ないの。文句は言わないことなの!」

「別に文句は言わねえよ。オレの棍術なんて、手や足が出るからな。初めっから文句なんて言えるかって」


尋賀の棍術は、棍の攻撃と手や足を使った体術の複合である。

鉄パイプで攻撃し、流れるように左手や足でワンツー攻撃を行う。

それが尋賀のよくやる基本的な攻撃パターンだった。

しかし、そのパターンも、師匠に『芸がない』と言われてしまっているが。

対するルシェールは、細剣の高速攻撃と、マンゴーシュと呼ばれるナイフを盾の代わりに用いるのが、彼女の『本気』の闘い方だった。

以前は舐めてかかっていたのか、それとも他に理由があったのか。

いずれにせよ、今回は鎧も脱ぎ捨てて身軽になり、二刀流で戦っているところから、彼女の本気が伺える。


「今の私に負けはないの! さあ、かかって来るの!」


左手に短剣を逆手に持ち、順手で細剣を持つ。

その状態で、短剣を前に出し、細剣を上手に持って切っ先を尋賀に向けて構える。

そして、短剣を持った左手首を二回曲げ、来い来いといわんばかりに挑発する。


「挑発されても下手に手を出すと反撃、受けちまうから動けねーんだよ」

「あららなの。随分と臆病なの。キャハハなの!」

「しゃーね。一発殴りたくなったし、様子見も兼ねて挑発に乗りますかっと!」


鉄パイプでルシェールと同じように突きを繰り出す。

尋賀とルシェールには武器のリーチさの違いがあり、同じ突きの攻撃にも違うように見えた。

武器のリーチさで言えば、尋賀の身長とほぼ同じ長さの鉄パイプを扱う尋賀と、ルシェールの腕の長さよりも少し短い細剣を扱うルシェールと比べて、尋賀は圧倒的に有利である。

しかし、その有利も、懐に入られれば不利になる。


(やっぱ流して来やがった!)


ぎりぎりぎりという音と火花を散らしながら、短剣で受け流される。

ルシェールは体の向きを右足前の状態に持って来ると、これで何度目か分からない突きを顔に向けて繰り出す。


「ちっ!」


首だけを逸らして、一撃を躱す。しかし、彼女の攻撃は止まらない。

二回目、三回目と突いてくる。その度に首を動かして躱すが、三回目の突きの時に、白髪の髪の毛がハラハラと落ちる。


(くそっ! 危ねえって!)


攻撃するために右足を踏み込んだ状態であるにもかかわらず、気合で細剣の攻撃を躱す。

四回目の突きを繰り出される前に、彼は右足を踏み込んだ状態の不安定な姿勢のまま、強引にバックステップする。地面に着地した際、草が湿っていたのか、滑って転びそうになるも、なんとか堪える。


「お前、強えのな。オレの方がすげー劣勢になってら」

「ふんふふーんなの! これでも実力だけは騎士団隊長クラスなの! 四歳の頃から剣を振っていたの! お前なんかとは違うの!」

「へっ! 隊長クラスってのがどれだけ強いのかは知らねえ。でもな、オレも昔は命がけでカツアゲやってたんだ。温室育ち共に負ける気がしねえ」

「毎日毎日、本気で訓練してきたの!」

「オレも本気で毎日を生きてきたんだ。でもまあ結局は……」

「強い方が勝つの!」


一撃が勝敗を分ける緊張の線がピンと張り詰められる中、両者の耳には何も聞こえなくなる。

夜の風の音、草腹の揺れる音、虫の鳴き声、自身の息遣いでさえ。

それらが一切耳に入らない境地の中、二人は様子を伺う。


(のの女の突きのスピードは速え。余裕を持って躱さねえと直撃しちまう。だからと言って、こっちから攻撃するなりしねえと勝機がねえ。……結局は一番気に入ってる戦法を取るのが無難か)


両者共に構えたまま動きを見せない。

時が止まったかのようにその状態を維持したまま一分。


「行くぜッ!」


先に動いたのは尋賀だった。

右足を前に出し、リーチさを活かしての突き攻撃。


「だからその手は通じないの!」


短剣で流し、そのまま距離を詰めて、自分の得意範囲に持ち込む。

右手を真っ直ぐ伸ばし、尋賀の顔を狙って細剣を繰り出す。


(もらったの!)


その一撃は当たることなく、尋賀の姿が視界から消える。


(消え……?)


厳密には彼は消えていなかった。

尋賀はルシェールの一撃を読んで、頭を下げて躱していたのだ。

彼は、鉄パイプの一撃を躱して繰り出したルシェールの細剣を躱して、自分の左手が届く位置に入ったのだった。


「くらいなァ!!」


尋賀の掌底がルシェールの腹部に直撃する。

気合の入った言葉とは裏腹に、力は込められておらず、直撃や掌底というよりも腹部を押されただけと言った方が正しい。

それでも今の彼女には効果があった。


「きゃっ!」


攻撃直後で足のバランスを取れていない時に押されたことで、身体のバランスが崩れ、尻餅をつく。

その隙を見逃さず、すぐに尋賀は鉄パイプで細剣を叩き、細剣を弾き飛ばす。

ルシェールは細剣をすぐに拾おうとするが、細剣の前に鉄パイプを突き立て、彼女の手を阻む。


「どけるの! まだ私は戦えるの!」

「無茶言うなよ。拾わせるわけねーだろ」


尋賀はそう言って、鉄パイプをルシェールに向ける。

ルシェールの左手には、敵の攻撃を防御する目的で使用する短剣のみ。

尋賀の鉄パイプと比べて、差が大きすぎる。

もはや勝負は決まったも同然だった。

審判気取りの美玲も勝負ありと見たのだろう、「勝者、坂巻 尋賀!」と判定を下した。

その判定をルシェールは無視する。


「戦えるの! 誰がなんと言おうとも戦えるの!」

「あん? なに言ってやがる。てめえは『戦死』したんだぜ? この世に存在しない奴が戦うなってーの」

「まだ戦死してないの! 死んでないったら死んでないの!」


彼女はそのまま地面に大の字になって寝転がると、ジタバタと暴れ始めた。


「死んでなーいの! 死んでないもんなの!」

「駄々こね始めやがった。騎士だって言ってる奴はどこの世界でもこんなんばっかか?」


草原で横になり、喚くルシェールに、心底呆れる。

尋賀は横になって子供のように喚く騎士と、妄想の激しい騎士の二人を冷めた視線を向けるが、美玲は彼の発言に頭の上に『?』と浮かべているだけだった。


「ったく。うぜえって、いい歳した奴が子供の真似事すんなよ」

「いい歳違うの! 私はまだ十六なの!」

「もういい歳だろーが。ってか同年代かよ、こんなガキみたいな性格のやつが」

「ガキって言うななの! 私は十二の歳で騎士団に入団した天才なの!」

「あーはいはい、すげー大人だよな。あんよが上手だもんな」

「バカにされたの! うわーんなの! 一日中ここで泣いてやるの!」


――うぜえ……美玲と一緒かよ。

尋賀は耳を塞ぐ。彼が耳を塞いでいると、ナゲリーナは優作の治療を中断して、横になって大の字で駄々をこねる彼女の側で座る。


「うるさい」


静かに、無表情にナゲリーナは言う。

ルシェールはナゲリーナを見て、怯えてるとも、驚いたとも見て取れる表情になる。


「ま、魔王、何とか・フォン・シュヴァルツレーヴェ!?」

「おいおい、ちゃんと名前、覚えてやれよ」


尋賀はツッコムが、君が言うの? とでも言いたげな目で優作から睨まれる。

そんな彼のツッコミは無視し、ルシェールは再び大きな叫び声を挙げながら立ち上がる。


「そうかなの! 魔王は私を捕獲して、私を堕落させるつもりなの! きっと様々な薬品を使って、私を洗脳して永遠の忠誠を誓わされるの! それで私を誘拐したの! 絶対そうなの! 助ける気なんて初めから微塵もなかったの!」

「うるさい」

「はい……なの」


再びナゲリーナにうるさいと言われてやっと彼女は静かになる。

とりあえず尋賀は彼女から短剣だけ預かると、彼女を正座させる。


「それで、てめえの負けで決着はついた。これからどうするんだ」

「……どうするって言われても、分からないの」

「だったらオレ達について来い。そしたらここよりも少しは生きやすい世界で暮らしていける」


尋賀は彼女に、自分たちが異世界から来たこと、そして自分達がどんな危機に直面しているかを話した。

そのどれもが彼女にとって到底信じられるようなものではなく、終始、驚いた表情を見せていた。


「……と、まあなり行きで世界のピンチって事で、世界の危機を回避するまで、オレ達と一緒に行動して欲しいんだわ。ま、オレとしてはおめえが一人増えたところでなにも変わらねえけど、旅は道連れって言うしな?」

「……その世界なら私は生きていけるって言うの?」

「ま、こっちの世界よりもだいぶマシなんじゃねーの」


静かに彼女は立ち上がる。


「魔王の仲間になるのは仲間を裏切ることになるの。たとえどんな理由があってもなの」

「そもそもおめえや騎士の連中が魔王様をそんなに嫌うのはなんでだよ」

「さあ、なの」

「分からねえのに頑なになるなっての」

「でもそういう法なの。法は絶対正義なの」

「そういうもんかねえ?」

「そういうものなの」


ルシェールは背を向け、俯きながら喋る。


「……明日には答えを出すの。たぶん、あなた達の仲間には加わらないけどなの」

「ま、そう簡単に説得なんてできねえよな」

「……殺してくれれば、考えなくて済んだの」

「死にたくねえんじゃなかったのか?」

「もう私には死ぬか仲間を裏切るかの未来しか残されていないの! どっちも考えるのが嫌だから殺して、楽にして欲しかったの!」


自分の本音を吐露し、その場で三角座りをして満月を見つめる。

自害は駄目、恐ろしいから。

逃亡生活は駄目、毎日を怯えて逃げながら暮らすことなんてできない。

仲間になるのも駄目、騎士の仲間を裏切ってしまう。

殺してもらうのも駄目、相手が殺そうとしないから。

結局のところ、答えは選べずじまいの袋小路。


「おい、のの女。てめえが何考えるのも自由だけど、お前の仲間の遺言は忘れるなよ。なんのために仲間が身代わりになったと思ってんだ」


背を向けて座る彼女に向かって尋賀は言う。

彼女は背を向けたままポツリと呟く。


「……レングダ。私の上司だったの」

「……そうだったのか」

「そんなに強くないの。いつも私、舐めてたの。反抗ばかりしていたの」

「ま、オレもあいつがそんなえらい立場だなんて思ってなかったからな」

「よく任務を共にしていたの。……それが死ぬだなんて」

「…………」

「レングダ……どうして身代わりになったの? どうしてあんな事を最期に言うの? 私を迷わせるだけなの……」

「……迷っていても仕方ねえだろ。この世界の法は知らねえけど、指名手配されたりするだろ。それだったら、オレ達の世界で暮らせば生きていけるだろ」

「一晩考えるの。それから答えを出すの。……さっきも言ったけど、仲間にはならないと思うけどなの」


尋賀は面倒だと思いつつも、彼女にとって騎士団はそれほど大事な組織なのだろう、と静かに彼女の背中を見つめる。

彼女の判断を渋らせる元仲間の存在、それが彼女が一緒に来ない理由だろうと分析しつつも、尋賀は何も言わずにいる。


「ねえ、尋賀。風が強くなって来たし、ナゲリーナの研究所に入ろうよ。

さっきナゲリーナに聞いたんだけど、研究所に仮眠室があるんだって」


優作が黙っている尋賀に呟く。


「そうすっか。もう夜も深いしな」

「……彼女はどうするのかな?」

「多分、ずっと考えてるんじゃねえか? 今後の身の振り方を、な」

「ついて来てくれるかな?」

「裏切るかもしれないぜ?」

「そんな言い方しなくても……」


尋賀の歯に衣着せぬ言い方に優作は怒らず、ただ悲しむ。


「ま、連れて行こうって言い出したのは優等生だ。てめえが責任を取ってくれりゃあ何も問題ねーよ」


尋賀はナゲリーナに仮眠室まで案内してくれ、と言うと、ナゲリーナは黙って頷き、彼女を先頭に地下への階段を降りて行く。

尋賀と優作に二人も彼女の後ろについて行くが、あることに気づく。


「あれ? 美玲はついて来ないの?」


優作は階段を降りる足を止める。


「騎士殿の事は放っておけって。今日はあいつに任せよーぜ」

「任せるって、美玲に?」

「ああ。目には目を歯には歯を騎士には騎士を、てな」

「尋賀、それじゃあ美玲が彼女に何か悪い事しようとしてるように聞こえるんだけど」

「なんでもいーんだよ。とにかく今は騎士殿はほっとこうぜ」



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