研究所に向けて
「そんで、なんで馬車をもう少しゆっくりできなかったんだ?」
尋賀は優作に問いかける。
「だって、止めるわけにもいかないし、御者の人が言うには、速度を落とせないってさ。……あんまり馬を操るのが上手くないみたいだし」
優作は答える。
尋賀達は現在、村から離れた場所で、馬車を止めてもらっている。馬車の御者は煙草を吸いながら出発の時まで待っている。
「そんじゃま、落ち着いた場所で落ち着きながら話を整理すっか」
「まずは馬車でナゲリーナの研究所に行くんだよね」
優作がそう言うと、ナゲリーナは白衣のポケットの中を探る。ポケットの中には目的の物はなかったのか、今度は黒と紫のドレスを膝下まで捲り始める。
「おいおい、魔王様、何するか知らねえけど気ィつけろよ? 魔王様は一応、女だかんな」
「……あった」
ナゲリーナのドレスの下、膝下にはお手製と思われる容器入れが巻きついている。
おそらく、美玲がナゲリーナの禍々しい色のドレスを製作している時に、ナゲリーナが彼女に注文でもして作ったものだろう。
その容器入れから液体の入った注射器と棒状の、『何か』を取り出す。ナゲリーナはその内、棒状の何かの小さなピンを引き抜き、先端部分に幾何学模様が現れる。
「わたしの研究所は普段は隠されている。この魔法具を使うことで、もっとも近いわたしの研究所まで導いてくれる」
幾何学模様から光が飛び出す。光は一定の方向を指し、棒の向きを変えると、幾何学模様もまた、向きを変える。
「へえ、コンパスみたいだね」
優作が興味心身に見つめる。
「あなたにはこれを」
「うん? それは?」
「手の怪我を治す薬品。ちょうどいい実験台がいてくれて助かった」
「じゃあ、甘えちゃおうかな」
優作は手を差し出す。しかし、尋賀は優作の肩を掴んで首を横に振る。
「やめとけって。なんで薬品で治すんだよ。薬品ってだけでも怪しすぎるだろ」
「ここはナゲリーナの好意に甘えてもいいんじゃないかな?」
「オレ、魔王様の薬品ってロクな目に合ったことしかねえからな。とてもじゃねーけど信用できねえってーの」
「確か転成の薬品だとか、魔物化の薬品とか、身体の内側から爆発させる薬品とかだっけ」
優作はそう言って、今までナゲリーナが、尋賀と美玲に使おうとした薬を指を折りながら挙げる。
彼女が持っている物は他にも爆発する薬品や、液体植物の種を使用しているが。
「でも、ボクは薬品を注射してもらおうかな。手が凄く痛いんだよ」
優作はそう言って、ナゲリーナに手を差し出す。表情こそいつも通りに見えるが、堪えるのに精一杯だった。ナゲリーナは優作の腕に針を刺す。
「っ!」
「我慢」
優作は針の痛みに顔を少し歪める。注射器の中身はすぐに空になり、手の痛みはみるみるうちにひいていく……ことはなかった。
「……これって治っているようには思えないけど、包帯、外しても大丈夫なのかな、ナゲリーナ?」
「まだ傷口は治っていない。これから一日中、治癒の魔法を繰り返す」
「すぐに解決ってわけじゃないんだ。ボクはてっきりナゲリーナの魔法だとか薬品は万能だとおもちゃったよ」
「かすり傷一つでも治すのに長時間かかる。そもそも怪我は時間をかけて治すのが普通」
ナゲリーナは優作の手の上で陣を描く。幾何学模様からなにかが飛び出すこともなく消える。
「なんだか地味だね」
「こういうものに地味も派手もない」
「なんというか、光に包まれて癒す、みたいな感じがしたんだけど、漫画の読みすぎかな?」
「さっきから何を言っている? この魔法は、体内に打ち込んだ薬品に命令を与え、自己治癒を行う体の組織に働きかけ、極限まで向上させるもの。そのようなものはない」
ナゲリーナは包帯の上で、陣を描いては、陣が消えていく。陣が消えると、再び彼女は陣を描く。ひたすら彼女はその作業を繰り返す。
治療を受けている優作に尋賀は話題を変える。
「んじゃあ次は、のの女をどうするかだな」
「のの女って騎士の女の人のこと? その呼び方はひどいんじゃないかな」
彼女が語尾に『の』を付けるからだろうか。
「じゃあ何て呼びゃーいいんだよ。騎士殿は被ってるから嫌だぜ」
「そもそも人には名前があるんだからさ」
「人を本名で呼ぶのめんどくせーよ」
「君の性格の方が面倒だとボクは思うよ……」
優作は呆れつつも、とにかく、と言うと話を元に戻す。
「説得して、彼女は連れて行った方がいいと思うよ」
「だったらその根拠は?」
「騎士団の情報を持っているからね。今後騎士団の人と戦う時に傾向と対策を練ることができるよ」
今度は尋賀が呆れた顔で口を開く。
「咄嗟に考えた割には頑張ってる方じゃねーか」
「じゃあ尋賀は騎士の人と一緒に行動するのが嫌なの?」
「オレはどっちでも。オレに危害さえ加えなきゃあ、どうでもいいんだよ」
「それじゃあボク達と一緒に行動だね」
優作はそう言って、怪我をしていない手で眼鏡のブリッジを上げる。その顔はどこか嬉しそうにも見えた。尋賀は、彼の考えを見透かしたかのような口調で言う。
「流石優等生、随分とお優しい事で。最終的にはオレ達の世界まで招待ってか」
「……だって、この世界ではもう生きていけないでしょ?」
「そりゃあ指名手配とかされるだろうからな」
しかし、尋賀は腕を組んで難しそうな顔で続ける。
「だけど忘れんな、カの字が、『人を殺めたことがある』って言ってたんだぞ。それが騎士団の任務だとか関係ねえ。人を殺したことのある奴がのうのうと生きていていいって言えるのかよ」
カの字……騎士団長、グレゴワースの話によると、ルシェールは騎士団の任務で人を殺めたことがあるらしい。尋賀は真剣な表情で優作の答えを待つ。優作は一、二分の時間、言葉を詰まらせるが、答えを返す。
「だったら罪の意識を持って、一生を掛けて人を幸せにするように生きればいい。それは、どんなに悪いことをした人間だって反省すれば解決ってわけじゃないし許されるものじゃない。でも彼女がそうできるようになったらいいでしょ?」
尋賀は違いねえや、と彼の考えに肯定するかのように呟く。
「んじゃあ、のの女がそうなるようにお前がちゃんと指導してくれよ。オレはオレの分だけで手ぇ一杯だからよぉー」
優作は静かに頷く。尋賀は先に馬車で休んでる、と言うと馬車に乗る。馬車の中では、美玲が気絶しているルシェールのあっちこっちを触っていた。
「……なにやってんだよ騎士殿。おめえが男だったら捕まってると思うぜ?」
「む、私はただ異世界の騎士の装備を見せてもらっているだけだ」
そう言いながら、美玲は鎧を触って構造を調べたり、鎧の下に着ている服のデザインを調べたり、腰に携えている細剣を勝手に引き抜いたりしている。触る度に、材質や騎士団のエンブレムのデザインなどにふむふむと頷く。
「いやいや、服とか所持品、触るだけで犯罪らしいからな」
「そうだったか?」
「嘘吐いても騎士殿の反応薄いし、面白くねーな。深く考えもしねえで嘘吐くもんじゃねーな」
美玲は一切悪びれた様子を見せない。
「何にせよ、物色はもうやめるぞ。ちょっとだけ見せてもらいたかっただけだ」
美玲は鞘に剣を戻し、物色を終了する。物色を終了した後は、ルシェールの金色の髪の毛を触る。
「……あの者のせいで短くなってしまったな」
「男のオレから言わせてもらえば、なげー方じゃねーの?」
「伸ばすのには時間がかかるのだ。私の髪も、伸ばすのにかなりの時間を要したのだぞ」
美玲は、自身のダークブラウンに染められたロングヘアーの先を少し触りながら、悲しげな表情でもう一度ルシェールを見つめる。もう少し早く助けようとすれば男の騎士の命だけではなく彼女の髪も守れたかもしれない。元々は彼女の髪は美玲にも負けず劣らずの長さだった。だが、後悔しても、もう何も変わらない。
美玲がいまだに眠るルシェールをじーっと見つめ続けると、彼女は突然目を覚まし、慌てて頭を上げる。
「「痛ッ(なの)!」」
急に頭を上げたせいで、美玲の顎とルシェールの頭はぶつかり合う。ルシェールは起きてすぐに再び気絶し、美玲はその場でのたうちまわっている。
「うぇええん、痛い、痛いよぉ〜!」
「うるせえっての。おめえのせいで、のの女がまたお寝んねしちまったじゃねーか。どうすんだよ」
あまりの痛みに、彼女はいつもの演技口調をやめ、地の口調でのたうちまわる。大袈裟に痛そうにしているものの、特に腫れていたりしておらず、再び気絶したルシェールの方がよっぽど重症だった。
「うぇええええ! 尋賀が私の心配してくれないぃ〜!」
「だれがてめえの心配すんだよ」
泣き喚く美玲に尋賀は嫌そうな表情で白髪頭を掻く。
「ったく。顎、痛えなら優等生に観てもらえ。どうせなんともないって言われるのがオチだろうけどな」
「うぅ〜、そうする……」
未だに涙目の美玲が、顎を抑えながら馬車から出て行く。尋賀にとって、彼女ほど対処に困る人間はいなかった。例え、尋賀が喧嘩好きとは言え、彼女を傷つけるのは気が引ける。悪党だと判断した時は、容赦なく戦えるが、美玲は妄想好きなだけで、悪党ではない。そのため、彼女を傷つけることができないのに、向こうは事あるごとに尋賀に喧嘩を売り、鏃のついた弓矢を平気で放つ。しかも、騎士の堂々した性格を常に、『演技』しているが、地はただのお調子者である。その演技と性格も含めて、彼女は尋賀にとって対処し難い人間だった。
尋賀はやっと静かになったと呟きつつ、馬車の隅に座ると気絶しているルシェールを見つめる。
「人生何があるかマジで分かんねえな。思い返せば魔物だとか、異世界だとか、魔王だとか、世界が滅びるとか。んなモン、オレが解決するトラブルじゃなくて勇者が解決するトラブルだっつうの。……って考えたら、のの女を仲間として迎え入れることなんてちっぽけなことなのかもな。本人がそれを望むとは思わねえけど」
尋賀は苦笑いしつつ、今までに起きたことを思い返す。
(思い返せば、昨日今日でスゲー色々あったな)
尋賀は今まで起きたことを思い返していると、優作とナゲリーナが馬車に乗ってくる。
「よっ、優等生に魔王様。騎士殿はどうした?」
「美玲なら、御者の人の隣だよ」
小窓の外からこちらを見ながら美玲は胸を張っている。馬車の先頭に座れることでも嬉しいのだろう。
「あんなところに座らせてたら邪魔になるんじゃね?」
「でもさ、誰かがナゲリーナの研究所まで案内する人がいるからね。御者の人はナゲリーナの魔法具を持ちながら運転できないしね。ボクとナゲリーナは治療を続けるから、残るのは君と美玲だけなんだけど」
「んじゃあ、オレはのの女を警戒しとくわ。案内なんざぁ面倒だしな」
「言うと思っていたよ」
ナゲリーナは、白衣のポケットから金貨を数枚取り出すと、小窓の外にいる御者の男に渡す。男は金貨を受け取ると、黙って馬車を走らせた。
「ナゲリーナがお金を持っていてくれて助かったよ。騎士達から逃げる時に、この世界のお金が無くて困ってたんだよ」
その発言に尋賀は食いつく。
「あん? だったらなんで馬車、走らせたんだよ」
「騎士が嫌いなんだって。とりあえず騎士に追われてるからって言ったら、何も聞かずに発進してくれてさ。逃げる間だけならお金はいらないって」
「ふーん。ま、処刑、処刑ってずっと言ってる連中だからな。んな奴ら、嫌って当然なんじゃね?」
「そうだね」
優作が頷くと、小窓から美玲が顔を覗かせる。騎士を悪く言っていたのが聞こえていたのかもしれない。優作は警戒するも、美玲は怒った表情にはならなかった。
「皆の衆、袋の中に入っている果物を勝手に食べていいんだそうだ。今日はそれを昼食にしようではないか」
優作は、ホッと胸を撫で下ろす。彼は、袋から適当な果物を三つほど取り出すと、小窓から美玲に差し出す。「ありがとう」と美玲は返すと、「どういたしまして」と優作も返す。
「このまま、一日掛けて魔王の研究所か……」
尋賀は袋からリンゴを取り出すと、皮ごとかぶりつく。
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