誇り
「おいおい、魔王様。村に観光名所作ってんじゃねーよ」
「あの種を蒔かなかったら、今頃わたしたちは焼死していたというのに?」
「褒めてんだよ、オレは」
尋賀はルシェールを担ぎながら走る。
他の全員も同じ方向に走っていた。
「液体植物の種ねえ。魔王様はホント、色んなモノ持ってるよな」
「アレは成長速度を上昇させるために種を液状にしたもの。炎などの魔法に耐性を持っており、騎士団の団長から逃亡する時に、魔法を使われた場合の対策で常に携帯している」
「ふーん、あっそ」
尋賀とナゲリーナは話しながら走る。
優作もまた、何かをしながら走っていた。
「何をしているのだ? 天城 優作」
「ああ、美玲。いや、ちょっとね」
優作は口でははぐらかすが、手の血は隠しきれなかった。
「ちょっとって血が! ちょっとどころじゃないよ!」
優作の血に驚いた美玲は演技を忘れて素の口調になる。
「美玲、心配しなくてもいいから。包帯があるし、大丈夫だよ。いいからいつものようにしててよ」
「えっ……うん、じゃなくて、うむ」
優作は包帯を巻きながら走っており、美玲は心配そうに見つめるものの、優作はもう一度大丈夫だと言って笑顔で返す。
しかし、走っているとはいえ、汗の量が尋常ではなかった。
美玲には、彼が必死に痛みを堪えているということは分かるが、彼になんと言えばいいのか、言葉が見つけられない。
彼女は一人、なんと声をかければいいのか考えていると、不意に優作の方から口を開く。
「美玲。ボクの心配なんていらないよ。この中で一番辛い人の心配してあげようよ」
「と言うと、あの騎士か?」
「そうだね。ボクのこんな傷なんかよりもきっと彼女の心の傷の方が遥かに大きいからね。……色んな事が重なったから」
「だがそれは……! いや、なんでもない……」
優作が無理をしているのは一目瞭然だった。
しかし、美玲にはどれだけかける言葉を探し続けても、見つからない。
優作の手の傷だけでなく、何もできず目の前で人の死を看取ったということにも。
彼女の中で、怒りは大きくなって行く。
(騎士とは弱者を助ける者達じゃないの? どうしてあんなことを……)
美玲は自分の信じていた、夢に見ていた騎士と実際に見た異世界の騎士との違いを見せつけられ、現実を見せつけられ、深く悲しんだ。
なぜ平気で仲間を殺せるのか、なぜあのような非道な行いをする者が騎士団長なのか。
その騎士団長のせいで、騎士団の仲間であるはずの騎士は死に至り、結果的にではあるが優作は手と心に傷を負い、生き残った女の騎士も今後、追われる身になってしまう。
彼女の考えている間に村の出入り口と辻馬車の駅に到着する。
そこにはナゲリーナの母親の話の通り、見張りの騎士が十人ほどいた。
「おい、美玲! この面子で、こいつらをまともに相手にできるのは、てめえしかいねえ!」
尋賀は美玲に対して声を挙げる。
騎士達はそれぞれの武器を構えている。
しかし、尋賀は武器である鉄パイプを布から取り出す事ができない。その上、女騎士を抱えているために彼はまともに戦えない。発動までに時間がかかるナゲリーナもそもそも戦う術を持たない優作もまともに戦えない。
「うむ、任せろ!」
美玲は弓をお手製の袋から取り出し、前に歩み出る。
「お前達は騎士団であろう! どうして騎士に誇りがない!? どうして私達に武器を向ける!?」
彼女には信じられなかった。騎士と言うものは誇りがあって、人を助ける正義の味方で。例え、それが彼女の妄想でしかなくても。
「お前達のような下賤な輩、騎士とは言わぬ! 私が、この矢薙 美玲が、本物の騎士とはどういったものかを教えてくれる!」
彼女がそう言っている間に尋賀は鉄パイプを布に入れたまま、騎士三人を押し込み、村の入り口の看板にまで追いやる。
「一つ! 私の知る本物の騎士は、人のピンチに助けに来る、ヒーローだ!」
優作は、隙をついて馬車に乗り込み、辻馬車の御者の人に説得を試みている。
「二つ! 私の知る本物の騎士は、力はないが、頭脳で力になってくれる!」
ナゲリーナは、美玲の背中に隠れながら陣を描く。
描かれた幾何学模様は、騎士の頭上へと移動していき、大量の水が滝のように騎士に流れ落ちる。
「三つ! 私の知る本物の騎士は、魔王などではなく、私達に力を貸してくれる!」
そう叫ぶと、相手の騎士の頭を弓で殴り、倒れたところを弓矢で追撃する。
「四つ! 私は本物の騎士でありたい!」
放たれた弓矢は、鎧と身体のどちらも貫かず、服だけを貫通した。
彼女は尋賀達を自身の憧れとする騎士の姿に重ねる。例え異世界の騎士が自分の思い描く騎士と違っていても、彼女にとって本物の騎士は尋賀達の方なのだろう。
「なに恥ずかしい事言ってんだ。とっとと馬車に乗り込むぞ!」
尋賀は馬車の方に走る。馬車はすでにゆっくりと走り出しており、いつの間にかナゲリーナが乗り込んでいた。
「ったく、魔王様は行動が速いねえ、まったく」
尋賀は走りながら女騎士を馬車に乗せた後、尋賀は馬車に乗り込む。
「おい、騎士殿、もたもたしてねえで早く乗り込め」
「分かっている!」
美玲も急いで馬車に乗り込もうとするが、馬車はどんどん加速して行く。
「おいおい、速度落とせって。騎士殿が乗れねえだろーが。聞こえてるだろ、優等生。どうにかしろって」
先に乗り込んだハズの優作に向かって言う尋賀は言うが、彼の言葉とは裏腹に、速度は落ちる気配を全くみせない。
美玲の丈の長い服と、ダークブラウンに染められたロングヘアーは限界まではためき、首のゴーグルは走るたびに上下に跳ねる。
「くっ! 間に合わない!」
後ろから騎士が数人追っかけて来ており、半ば諦め混じりに言葉を呟くが、尋賀はそうではなかった。
「掴まれ!美玲!」
尋賀が馬車の上から鉄パイプを美玲に向ける。
「何を言っている坂巻 尋賀! もう間に合わない! それに、そんな物に掴まったところで何ができるというのだ!」
「うるせえって、黙って掴まれ!」
美玲は言われるがままに鉄パイプを掴もうとする。
指の先が二、三回触れたところで、鉄パイプを掴む事ができた。
「これでどうするつもりだ!?」
「んなもん決まってるっての! ぜってえ掴んだ手を離すんじゃねーぞ!」
言われた通り、彼女は力一杯に握る。
尋賀は両手で鉄パイプを両手で持ち、鉄パイプを持ち上げる。
「い、一体な……」
一体何をしているのか。美玲がそう言い終える前に、彼女は空を飛ぶ。
「うおぉりゃあ!!」
「きゃあぁあああああああああ!! 痛ッ!」
美玲は悲鳴を挙げながら、馬車に落ちる。美玲は顔から床に落ちると、彼女の着ているマントのような服が、顔にかぶさり、美玲の顔のそばで持っていた弓が落ちる。
「い、一体何がどうなって……」
「騎士殿釣り上げ成功ってな」
尋賀はそう言いながら鉄パイプを布にしまう。
「尋賀が君を魚釣りの要領で思いっきり上にあげたんだよ」
頭の周りに星が回っているように見える美玲に、馬車の小窓から優作は顔を覗かせて言う。その言葉を美玲は聞いているように見えないが。
「とりあえず、ある程度走ったら馬車を止めてもらうからね。いいよね、尋賀?」
「へいへい、好きになさってくだせえ」
優作は隣にいる馬車の御者にその旨を改めて伝える。
御者は頷くと、馬を軽快に走らせる。




