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本物の騎士

「がはっ!」


振り下ろされた剣はルシェールと呼ばれた女騎士ではなく、レングダと呼ばれた男を斬り裂いた。ルシェールは倒れるレングダに向かって叫ぶ。


「レングダ!! どうして……どうして私をかばったの!?」


彼女が倒れたレングダを揺する。

その間に尋賀は鉄パイプで騎士団長の後頭部を狙って振り下ろす。騎士団長は背を向けたまま剣で受け止めた。


「何者だ?」

「うるせえ! 黙って見てたらチョーシに乗りやがって! って言うかさっきまで黙って見ていたオレが憎くてたまらねえ!」


騎士団長は鉄パイプを剣で受け止めつつ、尋賀と真正面になるように向きを変える。


白髪はくはつの男……報告にあった魔王の協力者か」

「ああそうだよ! それがどうしたカの字!」

「長生きしたければ退くがいい」

「ああ、そうさせてもらうぜ! 優等生!」


尋賀は鍔迫り合いになる鉄パイプを押しつつ、優作に向かって叫ぶ。


「分かってる! ボクが何とかするから尋賀は時間稼いでね!」


優作は騎士団長と尋賀の隣を駆ける。

血を流す騎士の男の元に近寄り、膝を地面につけ、騎士の男の状態を確認する。


「ってわけだ。しばらくオレと遊んでくれよ! カの字!!」

「お前如き、私の相手が務まるものか」

「そいつはどうだろーな?」

「ならば試そう!」


騎士団長は鍔迫り合いなっている剣を引き、横薙ぎに振るう。

それを尋賀は一瞬で海老反りになって躱す。


「ハンッ! あっさり掛かったなぁ!」

「何?」


振られた剣は尋賀の上の虚空を斬り裂き、騎士団長の目には尋賀で隠れていた景色が広がる。

村の景色と、弓を構える美玲と、陣を描き終わったナゲリーナの姿を。


「貴様など、本物の騎士ではない! 私は許さぬぞ!!」

「わたし達の友情の証。返してもらう」


二人が放った、弓矢と火球は尋賀の顔スレスレを飛び、騎士団長の顔で火球が小さな爆発を起こす。


「おい、お前らやりすぎだっての。カの字を殺す気かよ」


煙がすぐに消え去る。

しかし騎士団長は無傷で立っており、弓矢は半分に折れて地面に落ちていく。

顔の側で剣を構え、ナゲリーナの魔法を使う時に描いている陣が騎士団長の顔の前に現れていた。

おそらくその陣が騎士団長を守ったのだろう。


「なっ!? 魔法、使えるのかよ!?」

「今のは不意を突かれたぞ。魔王、ブレアー・フォン・シュヴァルツレーヴェ。いや、今はナゲリーナ・フォン・シュヴァルツレーヴェか?」


尋賀の背にいるナゲリーナに向かって話す騎士団長。

ナゲリーナは、武術の心得があるわけでも、武器を持っているわけでもないものの、構えながら話す。


「わたし達の友情の証を勝手に使うのは許さない。返してもらう」

「そうはいかぬぞ。この剣は騎士団の宝剣、人々の手に渡った魔法具の中で最高の代物。貴様とて我ら騎士団を引っ掻き回した罪は重い」

「勝手な事を言う。千年前、友から友情の証を強引に奪ったのは、お前達、騎士団」

「……そのような議論する気など毛頭ない。今は以前の身体を捨て、脆弱な少女の姿をしている魔王を討伐すること。今なら討伐など、容易い」

「他に器に適した者が近くにいなかった。……いたけれども強すぎた。だけどその強い者が協力してくれる。今のわたしに負けはない」


そのナゲリーナの言葉を皮切りに、尋賀は片手で鉄パイプを鎧の横側を目掛けて振るう。

騎士団長は剣で鉄パイプを受け止める。


「ほう、私が話しているうちに攻撃してこないとは、随分と紳士的なのだな」

「そりゃあ、あんたがもたもたしてくれたら優等生がおっさんの様子をみれるからな。適度な時まで黙っててやるぜ」

「私は油断している間に攻撃してくる者には寛大に接してやる」

「そうかい。お前をぶっ倒してもいいんだけどな。オレ達の撤退成功でオレ達の勝ちだしな。たしか魔王様を逃したら罪なんだよな?」

「……法をもって私に勝とうとするか。ならば私から逃げ切れるかどうか、私も遊戯に参加させてもらうぞ」


騎士団長は剣を振り下ろす。

尋賀は半歩後ろに下がり、その一撃を躱し、剣の先は地面に突き刺さる。


(こいつ、わざと地面に目掛けて振り下ろしやがった! 逃げねえとなんかやべえ気がする!)


尋賀は後ろに向かって、大きくバックステップする。

尋賀の予感通り、剣を引っこ抜くと同時に陣が一瞬で浮かび上がり、地面から氷が隆起する。


「なんで一瞬で魔法使えるんだよ! 魔王様は遅いってのに!」

「これが魔王の作った魔法具の力だ。使い手に呼応して自動で陣を一瞬で描き、剣として使えば刃こぼれせず、時と共に劣化していくこともない最強の剣だ」

「……悠長に解説してる暇、あるのか?」


尋賀のその一言で美玲達の方を見る。

美玲は弓を再び構え、矢を放つ。


「弓矢は効かぬぞ」


騎士団長は剣を虚空で振るう。

剣の動きにあわせて陣が空中に現れ、風圧で弓矢を空中でへし折る。


「隙だらけだ、偽団長!!」


美玲は弓矢を放つと同時に騎士団長に詰め寄り、弓の端の部分で顎に向かって殴りかかる。


「良い一撃だ」

「手で受け止めただと!?」


しかし騎士団長は素手で弓を掴む。


「くっ! 離せ!!」

「死にたくなければお前が武器を手離すがいい」


美玲は弓を両手で引っ張り、武器を取り戻そうとする。

その美玲に援護する形で尋賀は鉄パイプを、騎士団長に向かって突く。

騎士団長は咄嗟に剣の平たい部分で受け止める。


「へっ。やっぱ受け止めやがったか」

「私が剣で受け止めると分かっていた言い方だな。私も複数人を相手にする余裕はないぞ」

「平気で嘘つくなっての。お互い、お遊び。まだまだ本気を出してねえだろーが」

「いいや、今出せる力を出し切っているつもりだが?」

「どうせそんな余裕が有り余ってそうな顔してる奴って、事が上手く進んでるぞって考えてるみたいな感じがして気に食わねえなぁ。……ぼちぼち騎士殿の弓、離せよ」


尋賀は騎士団長が弓を掴んでいる手を蹴る。

蹴られた手は弓を離し、美玲が弓を取り戻すと、尋賀と美玲はそれぞれ右へ、左へと逃げる。


「やってくれよ、魔王様!」

「頼むぞ! 魔王、ナゲリーナ!」


尋賀と美玲に応えるように、ナゲリーナは後ろで陣を描いていた。

今回描いた幾何学模様は、複数の陣で構成されていた。


「位置情報と移動の命令式で手間取った。……今度は全方位から攻撃する」


陣のうち、一つから黒い球のような何かが複数個出てくる。

黒い球は騎士団長の周りを囲んだ。


「全方位からの攻撃か。なるほど」

「これで終わり」


騎士団長に向かって黒い球から棘が飛び出す。


「だが遅すぎる」


騎士団長が剣を地面に突き刺すと、足下に陣が広がる。

その陣は一瞬にして騎士団長の周りを囲み、鱗のようなデザインのガラスが出来上がる。

ガラスは棘を阻み、騎士団長を貫く事はなかった。


「時間をかけて魔法を発動させても、私の魔法の前には無力のようだな。

残念だ、魔王」

「借り物の魔法で何を言っている。元はと言えばわたしの剣。わたしの力も同然」

「なんとでも言うがいい。この剣は私の物。私が騎士団長に任命された際、陛下から授かった物だ。断じてお前の力ではない」


ガラスの壁と、黒い球は時間と共に消えていった。


(ぼちぼち撤退しねーとな……)


尋賀は、相手と自分たちの力の差を考えて、その判断をした。相手が本気を出されると、こちらの方が分が悪いと感じ始めていた。

尋賀はともかく、美玲もナゲリーナも本気を出して戦っているように見える。尋賀は優作の様子を見つつ、隙あらば逃げようと考えていた。


ーーー


尋賀達が、騎士団長との戦いが始まった頃、優作は倒れたレングダの元に寄る。

刃は鎧をも斬り裂いており、出血は止まる気配など微塵に感じさせない。


「ちょっと待ってて! 今止血するから!」


優作は、膝をついて、ポケットから包帯を取り出す。量は多くなく、とてもではないが止血するには量が足りない。

しかし優作はそれでもなんとかしようとする。


「……無駄です。もう……助かりません……よ」


虫の息ではあるものの、レングダは優作の腕を掴み、首を横に振る。


「そんな事ないよ! すぐに止血して、ここから離れれば!」

「だから……無駄なのです……。自分の事は……自分が一番分かっていますから……」


レングダの声は小さく、掠れており、ナゲリーナの火球が爆発した音でかき消されそうになる。


「そんなことないから、喋らないで! 助かるものも助からないよ!」

「……いいえ、助かりません。だからせめて……私の最期の願いを……聞いて……くれません……か」

「……最期なんて聞きたくないよ!」

「見知らぬ……誰かさん……。そこの……ルシェール……は……私の部下……なのです。彼女の…………死刑は…………決定しましたが…………逃げて生きのびて……ほしいのです……」


口から吐血し、声がいよいよ聞き取れなくなってくる。

ルシェールは大きな声を挙げる。


「何を言ってるの!? こいつら魔王の手先なの! すぐそこで騎士団長閣下と魔王と魔王の手先が交戦してるの! こんな奴らに助けてもらうなんて真っ平御免なの! それならここで死んだ方がいいの!」

「魔……王…………だっ……としても……助……けて……もらい…………。

生きてこそ………………」

「だから嫌って言ってるの!! だったらここで魔王を倒して手柄を挙げるの!」

「……上…………の…………命令…………い。いつも………………」


レングダは眼を瞑る。

もはや、息をしていなかった。


「そんな……助けられなかった。ボク達がもっと早くに助けに入れば……助けられたかもしれないのに……。ごめんなさい……」


優作は地面に手を付くと、ルシェールがゆらりと立ち上がる。

そしてルシェールは細剣を優作に向ける。


「魔王の……手先を討伐するの。魔王の手に堕落するくらいなら魔王と最期まで戦うの!」


尋賀達の戦いが加熱し、ナゲリーナの魔法の黒い球が棘となって襲いかかっており、騎士団長はそれを魔法で作ったガラスで自身の身を守る。

そんな中で、ルシェールは優作に細剣を持って、ナゲリーナ達と戦うと言う。


「君は……この人の話の一体何を聞いていたのさ! 君が生きる事がこの人の遺言だったんだよ! それに君だって死にたくないって言ってたじゃないか!」

「それでも、魔王に助けられるのだけは絶対に嫌なの!! 魔王の仲間になるってことは、私の仲間達を裏切る事になるの! だったら、ここで死ぬことを受け入れるの!!」

「死者を冒涜するなんて……あまりにも非道だよ!!」


優作は立ち上がり、細剣の刃を掴む。手から剣を伝って血が流れて行く。

我を忘れている優作には、痛みを感じなかった。


「私の剣を素手で掴んだの!?」

「君は、どうしてそんなことが言えるんだ!! この人を助けなかったボク達は悪い、この人を殺した騎士団長の人も悪い。だけども一番最ッ低なのは君だ!」

「ッ! っるさいの! 私の剣を握ったくらいで何をいい気になって言ってるの!! そんな指、切り落としてやるの!」


ただでさえ大量に血を流しており、傷口は浅くないのに、このまま細剣を引っ張れば手は間違いなく無事ではすまないだろう。それでも優作は離さずに細剣を掴み続ける。

彼女が細剣を強引に引っ張ろうとしたとき、ぐっ、という声と同時に彼女は地面に倒れこんだ。


「随分とかっこいいことしてるじゃねえか。優等生」

「尋賀!」


尋賀がルシェールの首筋を叩き、ルシェールを気絶させたのだ。


「……おっさんは間に合わなかったってか。くそ! 黙って見てないで助けりゃあよかった! マジでさっきまでのオレが憎い……」

「尋賀、きっと無理だよ。この女騎士の人、ボクに剣を向けてきたから、きっと助けるどころか、戦うことになってたかも……」


優作がそういったところで手に激痛が走る。先ほどまで感情に身を任せて行動していたため、痛みすら気がつかなかった。

手から大量の血が滴り続ける。

しかし、優作は痛みを我慢して、尋賀に告げる。


「逃げるよ! 今ならこの人だけでも連れて行けるよね、尋賀!?」

「任せろって。優等生らしくねえ暑苦しい頑張り方をしたんだ。オレも頑張らねえとな!」


尋賀は布に鉄パイプをしまうと、気絶しているルシェールを担ぎこむ。


「騎士殿! 魔王様! 撤退しよーぜ!」

「うむ! 承知したぞ! 坂巻 尋賀!」

「……戦略的撤退。いつか絶対に、友情の証を取り戻す」


騎士団長の横を通り過ぎる二人。

騎士団長はしばらく間を置くと、逃げる尋賀達に剣を向ける。


「逃げ切れるかな?」


その一言と同時に、剣の切っ先から陣が現れる。

植物の魔物を倒した時と同じ幾何学模様から、炎の竜が逃げる尋賀達に襲いかかる。


「逃げ切れる。なぜなら、魔王であるわたしは千年逃げ続けているから」


ナゲリーナは一度立ち止まると、地面に注射器を刺し、中の液体を地面に注ぐ。

中の液体が空になると同時に、ゴゴゴゴという音をたてながら地面から木が成長していき、すぐに巨大な大木となる。


「液体植物の種を蒔いた。この木は燃える事はない」


炎の竜は大木を飲み込もうと、口を開ける。

しかし、大木にぶつかると、炎の竜は顔から消えていく。

大木はどこも燃えたり焦げたりすることはなく、どっしりと騎士団長の行く手を阻む。


「……逃げられたか」


騎士団長は大木を見上げながら呟く。

そして、すぐに笑みを浮かべる。


「任務完了だ。これで新たな領土のための戦争に魔王が関わる事はなくなる。私の手の上で踊り続けるとは、愚か以外の何者でもないな」


騎士団長グレゴワースは大声で笑い始めた。


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