二限 黒闇(ホール)とは? 封鎖者の歴史
二限「黒闇研究」
この授業、うさ耳生徒会長が先生担当なのだ。
先述の通り、天才科学者の彼女は、学園での処遇が学年が一緒の他の生徒と違う。
普段は授業に出席せず、特待生として科学研究室に籠り珍発明に専念することを許されている。また、本講「黒闇研究」他いくつかの講義で、生徒でありながらも先生として教壇に立つことを要請されている。
うさ耳生徒会長兼先生。
天才少女が生徒なのはあくまで籍上での話なのだ。
実質は先生。厨二でありながら学園サイドに近いスーパーこうもり的存在。
昨年学園創設に関わり、数々の新兵器開発をし続けてきた無理科学者。
封鎖者の歴史をすべて知る彼女だからこその特別待遇で。
「ここ奈毘亜市に黒闇が初めて現れたのは……」
……うん。そんなに古い話じゃない。
「二〇一〇年二月九日。最初にそれが現れた時、よりによって十字路交差点のど真ん中上空に現れた」
ちょうど今朝みたいな状況。魔物って場所を選ばない。傾向として、好んで人通りが多いとこ狙ってくる。
「最初、交差点の信号上空に黒い闇が現れた。固唾を飲んで見守る通行人や車両たちの上で、不気味に渦巻き出しそこから」
お伽話にでも耳を傾けるように、生徒たちがうさ耳先生の話に聞き入っていて。
封鎖者と言っても、多くの生徒たちが黒闇を巡る簡単な歴史すら知らない。武芸や魔法はできても、最近の若者らしく基本知識がない。
歴史と言ってもここ数年のことなのに。
だから、学園でも今学期からこんな授業が始まったわけで。
黒闇と封鎖者について学ぼうってことで。
「ぬわわん! と黒闇の中から何かが現れ、上空に赤い閃光が迸った。巨大な魔獣だった。赤、黄、緑、原色の派手な羽根を持ち蛇の胴をした、南米神話に登場する翼竜のごとき魔物だ。『くあああああ!』と叫び『ぼふおおお』と青白い炎まで吐いてきて」
この黒闇初出現って、テレビ特番で実況中継されて国中に衝撃与えたんだよな。視聴者が息飲んで官民一体で魔物討伐って展開で。
「なんとか被害者は一人も出さずに退治したものの、政府的に大衝撃だった。このグローバル化の昨今、敵は外でなく内にいたのだ。それも、黒闇という正体不明の場所から現れたのだから」
その後も現象は起こり続けた。それも回を負うごとに魔物の出現頻度を増しつつ。そのたび騒ぎになったものの、幸い一人も死傷者を出さず。
二〇一一年年末には、黒闇対策用部隊・封鎖者プロジェクトに着手し始め、その際大変都合が良かったことに。
「いかなる理由からかそれは今でも不明なのだが、初出現以来、黒闇はここ奈毘亜市にしか現れなかった。一か所に集中していた。だからこの市を特別警戒地区に指定し、この地域内でのみ封鎖者の活動及びメンバーの武器携帯を許可することにした」
奈毘亜市限定怪奇現象・黒闇。
それが起こるということは市に何かがあるってことだろうけど、それがミステリーだった。
奈毘亜市も他の地方同様資源がない。栄えてもない。自然が多く残されているわけでもない。平凡な一地方都市。
魔物が好みそうな特徴なんてない。
何か特殊な歴史的根拠があるんじゃないかって、古文書を調べた地元出身の学者までいたのだが、この地がかつて異類の住む地だったなんて珍妙な記録は見つからず。第一、ここが文献に表れたこと自体ほとんどない。
数百年前に忍者の隠里だったとか、お当地限定の奈毘亜能が今に伝わるなんて話があるけど、この手のことって他の地方にもある。特に珍しくない。
文書から得られる情報が少ないため、最近はなぜか市内で発掘作業まで行われているが、これもまた目覚ましい結果が出たって話を聞かない。そもそも、この土地の過去と黒闇に何か因果関係があるのか? 関係者からそんな声まで出る始末で。
「この封鎖者創設に関わったのが、これまで政府派遣により魔物討伐をいくどか陣頭指揮していた○○省の有坂真弓(二十五歳)……現・封鎖者総帥であり奈毘亜学園校長である彼女と彼女直属の科学班で働くあたし、麻元由佳だった」
封鎖者と学園の創設は同時、前述の通り両者はほぼ同一だったから。
「これまでの経緯を活かし、全国から異能少女をスカウトし、即席部隊を編制することはできた。でも、多発する黒闇に対応するには、今後的なメンバーの育成が急務だった」
そして、そもそも分からなかったのが。
「黒闇って何? これは最も重要なことだけど、何一つ解明されていないことでもあった。その現象は、奈毘亜にいる者なら誰でも観察できる。でも、原因は分からない。それがどこから来てなぜ魔物たちが襲ってくるのか? 我々が何も悪いことしてないのに、どうして被害を受けるのか? 動機は読めぬが彼らが此界を侵略したがっている。その事実ははっきりしていて」
火事が起こるから火を消す。
少し考えただけでも、封鎖者と魔物の間には、憎しみとか因縁じみた感情はないって分かる。ただ、身に降りかかる火の粉は振り払わなければならない、だから封鎖するだけ。
生徒会長が魔物を殺傷するわけでなく量子分解するって妙な武器を創り出したのも、こうした事情があったからで。
「あたしには一つの仮説があって……あくまでも仮説なんだけど……」
前置きし続けてくる。
「量子論に多世界解釈というものがある」
そこで「はいっ」と手を挙げたのは、例のジャヌタレ大好き、黒髪こけし顔の花里恵だ。
「先生。それってファンタジー小説なんかでよくある……」
見た感じオタなこけしは、こういうことにちょっと詳しいようだ。
「そうそう。それのことだよ。知らない者に説明する前に、話を分かりやすくするため、みなに一つ聞きたいことがある。みんな、今地球を支配している生物ってなんだと思う?」
がたり。その基本的すぎる問いに、椅子の音を立てて立ち上がった生徒がいて。
「それってユカちゃん。人類デショ?」
微妙なイントネーション……碧眼に金髪ロング。
周囲の生徒がかすんでしまうほどの色白肌をした美少女。
この学園には異国の血を引く生徒も少なからずいるのだが、彼女はフランス人とのハーフ、観月ロサだ。ヨーロッパ遺伝子を引き継いでるのに背は高くないが、胸はよく成長していてD。十代前半まで異国暮らしだったせいで、日本語の発音がやや変。
武器の使用には長けていないが時空変換魔法なる一子相伝魔法の使い手で。
そのスキルゆえに、校長のじきじきの招きで留学中の某私立名門校からスカウトされたという本格魔法使いだ。
そんな彼女が席を立ち、顔を斜め上に向け右手で金髪をかき上げて。
「そうね。その通り。今は人類が支配者だよ。でも、ずっと昔にはそうでない時代もあった。恐竜や大型哺乳類が地上を闊歩していたような時代が。もっと遡れば、アメーバみたいなのが支配者だった時代も。みんなが、今はこの地球の支配者が人類であることを当然のように考えてるけど、本当にそうかしら? あたしはそこが疑問」
「それってユカちゃん。モンスターが人類に代わって、地球を支配しようとしてるとデモ?」
碧眼に光を湛え、机に両手をつき斜めってその豊満な胸を寄せ、小首を傾げながらそう言うロサ。
「ううん。単純にそういうことじゃないの」
青髪をはらって、生徒会長が続ける。
「もしもの話だけど、白亜紀に地球に隕石が落下しなかったとする。そうなったら恐竜は滅びず、地球の支配者はいまだに恐竜だったかもしれない。そういう考えってできないかしら?」
「あるカモー」
金髪を撫でつつ、興味なさげに言うロサ。
……そんなの、仮定てか妄想だよな。
「実際、隕石が落ちて、そのせいで氷河期が来て恐竜が滅びたっていうのが定説なんだけど、本当に落ちたのだろうか?」
生徒会長が続けると
「本当って? 地質の年代研究トカで分かってるし、ユカタン半島に隕石が落ちたアトだってあるんじゃ?」
腰に両手を当て豊かな胸を突き出し、不服そうにロサが言い。
「そういうことじゃなくて。確かに今あたし達がいる地球には、過去隕石が落ちた。でも、この地球以外に別の世界があって、そこは地球とまったく同じ環境で恐竜がいて落ちなかった。そういうことがあったとしたら」
「ウーン。仰ることがよく分かんないんだケド」
「多世界解釈ってそういうものなの。あたしたちが現にいる世界以外にも、あらゆる可能的な世界が存在することを前提とする。今みたいに人類が支配する地球がある一方で、恐竜が支配し続ける地球もどこかにあり、それは別世界でありつつ同時に存在し続けている」
「……」
ついに生徒会長の話に呆れたのか、そこで黙ってしまったロサに代わり、次に席を立ってこんなこと言い出すのは。
「それって例えば、イエスノーの選択肢どちらを選んでも、最初っから両方の結果がすべて書き込まれている恋愛シミュレーションゲームのプログラムみたいなもの?」
ひらひら改造セーラー服の袖を両手で掴んだ、スレンダーポニーテールの幼なじみ、葉室綾香だ。
「くくく。それは違うぞ」
腕を組み下を向いて苦笑するうさ耳生徒会長。
僕も違うと思う。例にすらなってないよな。
「というより、『デートに誘う/誘わない』の選択肢以外に、コマンドで『これから二人、体育マットの上で組み立て体操しない?』ってオプションがある感じ?」
生徒会長がぱっと顔を上げ、閃いたようにそう言って。
両のオッドアイを細めながらお澄まし顔で何言い出すんだうさ耳生徒会長? それもっと違うぞ。ありえないぞ、そんな選択肢。
生徒会長のベタすぎトークに、綾香も固まっていて。
「ってのはジョークで」
……ってどこの親父だよ。
「つまり、多世界解釈ではどんなこともありえ、別々の世界が平行して存在するってことが言いたかったわけで」
何がつまり? クラスのみなもそう思っているだろうに、説明もなく続けて。
「多世界解釈においては、普段は世界が別箇に存在してリンクすることがないから、問題が起こらない。互いに対立し合う世界ーー例えば隕石が落ちた世界と落ちてない世界ーーもリンクしない限り、両立しちゃうから。でも、もしも、この世界同士の境界が破られてしまったら? 相容れない世界同士が干渉するようになってしまったら? どうなると思う?」
……むむぅ? なんかそれ想像すらできないんだが。
「黒闇って多世界から開かれたゲートじゃないかって思うの。この地球上には存在しない魔物が生息する別世界からの。そして、その世界は一つだけじゃない。一つの世界から来るにしては魔物の種が多すぎるから。だから、異世界が多層的にある、多階層異界が黒闇の向こう側にある、そんなイメージ」
……多階層異界。あの闇の向こうに、そんな複雑なものがあるのか。この 厨二天才少女の見解によれば。
否定する根拠も特にないが、丸呑みするのもどこか難しい話。
なぜそこから魔物たちが襲ってくるのか? なんで奈毘亜市だけが狙われるのか? といったことの説明になってないし。
当座の説明としてはアリ? 一応黒闇自体の説明にはなってるから。
その多世界解釈とやらが現実に成立するものかは知らないけど。
「あたしの結論。黒闇の向こうには多階層異界がある。多くの異世界が入り組んでいて、それらのうちの一つがリンクすると、此界に黒闇が現れる。同時に複数の世界とリンクすると、此界に複数の黒闇ができてしまうようなケースもありうる」
そう結論付けた生徒会長がぴょこーん。
青髪上のうさ耳を伸ばし「来たようね」と言うと、教室内にさっと緊張が走った。