修羅場 マジで消される五秒前!?
「がららら~♪」
ホームルームを終えて、沙樹先生が教室の前扉を開けて出ていく。
ちょうど先生と入れ替わるように、「がららら~♪」と後ろ扉を開け現れる者がいた。
「ヘナチョコォォォォォォ!」
その声を耳にした刹那、僕は机に顔を伏せ息を詰めていた。
……あのポン刀娘、僕をつけてきたのか? あんなのとは、正直金輪際関わりたくなかったんだが。
「この学園でたった一人の男の子、ヘナチョコくんがA組にいるって、クラスメイトから聞いて隣のB組からわざわざ来てやったんだぞぉ!」
……わざわざ来てくれなくてぜんぜんいいのに。
その時、声がした方を向いたのは僕だけじゃなくて。
いったい誰ぇ? クラス中の女生徒たちもみな注目していて。
「百地さん」
クラスメイトの誰かが呟く。
……あいつ百地っていうのか。そういや名前も聞いてなかったよ。特に興味なかったから。
クラス中の注目を集める中、シカトを決め込むわけにも行かないので後ろを向くと、じろじろと視線を走らせる彼女と目が合って。
……げ。あの狐目さらに吊り上げて口角緩めてるよ。
その時こそ僕は自分の席順を呪ったことはなかった。なぜなら、今僕がいる席(廊下側端の列、後ろから三番目)と後ろの扉は間近。すぐ、やつの視界に入るとこだったから。
こっちの所在を確認した彼女が、ずか、ずかずか。改造ミニの下生足を晒しながら、大股で歩いてきて。
こっちの席まで来て「どすんっ」
……なんだこいつ!?
鞘に入ったポン刀を机の上に突き立ててきた。
「……」
沈黙する僕の前で、鞘の上に両腕と顎を載せ、その美形な顔をにやけさせて。
「ヘナチョコぉ。ここであたしに会ったが運の尽きだぞ♪」
……わ、可愛い!?
挑発的な表情だったが、余計に美形だった。それを間近にしうかつにも感動すら覚えてしまった自分が明らかに間違っていたことは、冷酷そのものな低い声音でこんなこと言われなくても分かりきっていたことで。
「あんたみたいなのが封鎖者だったとは。ふ、我が学園の名折れだな」
……何言ってるのこいつ? 何かの役にでもはまってる気か?
この状況に至っても、そんな風にまだ余裕かましていた僕の前で。
しゃきーん。少女が鞘からポン刀を抜き、それを机に座る僕の前でチラつかせてきて。
……本気かよ!?
「(声を震わせつつ)き、きみ、武器の使い方間違ってないか?」
「いや別に間違ってないぞ。あんたをこれから分解してやるから」
……完全に間違ってる!? どこまで武闘派なんだ、こいつ。
「ヘナチョコじゃないなら、あたしの剣にも太刀打ちできるはずだ。何も問題ないだろ?」
……ってありすぎだよ。血の気多すぎだ。いや、血は出ないだろうけど。
とか冷静に考えてる場合じゃない? 教室の者もみな、この切羽詰まった状況を息を潜め見守っていて。
何あの野蛮な娘? 一方的にいじられてる相場くんも何? って雰囲気で。
身動きを取れずの僕だったが、こんなことになっても土砂降りに傘的なタイミングで教室にこんな声が響いてきて。
「乱暴狼藉はやめなさいぃぃ!」
そう言ってこっちの席まで走り寄って来る、胸の前でマシンガンを抱えたセーラー服の女子が一名……ナイスヘルプだ綾香!!
葉室綾香。
赤いリボンで結わえたポニーテールに陶器のような色白肌にきらり目、端正な顔立ちの和風美少女だ。胸はCくらいだが、その分すらりとしたボディが魅惑。他の生徒と違う各所にひらひら付きの(改造)制服を着ていて、お嬢様風というかメイド風というか、そんな感じなのだが、愛用武器はマシンガンというどうにも非対称的な彼女で。
この武闘派美少女、葉室綾香は一応僕の幼なじみである。
一応というのは、幼なじみであるが、僕と彼女が一緒だったのは幼稚園までだったから。家が近所なのに学区が違った。小中と違った。しばらく会わない時期があり、この学園にスカウトされた僕が教室に来たら彼女もいて、「いたの!?」って感じで再会。そんな関係だから、例の毎朝起こしに来てくれるような親密さはない。でも、事あるごとにデレてくるし、僕の味方してくれるし、今も……っておい!? 綾香、何してるんだ?
すちゃり。両腕で抱えたマシンガンを、百地さん(?)の顔につきつけていたのだ。
「あんた、あたしのコーくんをいじめないでくれるう? これで風穴開けられて全身粒子にされたくなかったらぁ!」
……綾香、助けてくれるのは超ありがたいんだけど。
幼稚園の頃から、一緒にプールに行ったり砂場遊びしたりと、僕と綾香は親密な仲だった。本人の中ではその延長線上にあるのか知らないが、再会した彼女と来たらちょっとおかしなことになっていて。
周囲の目を憚らず、ど派手にデレてくる。それだけなら何も問題ないが、どういうわけか今みたくしばしば僕の親衛隊長を気取り過激な行動に走るようになっていて。
「二人ともやめいっ」
席を立ち、男らしくなんとかこの場を治めようとすると。
「誰のせいでこんなことになってると思ってんだ、ヘナチョコ!!」
しゃきーん。こっちにポン刀つきつけてくる少女に、
「そうよ。コーくん!! あたしがコーくんを守りたいっていう海よりも深い愛情が分からないの!?」
すちゃり。銃口を向けてくる幼なじみ。
「………………」
席に腰を落ち着け、額をつつつと冷たいものが落ちてくるのを感じ石化する僕。
……なんだよ、この展開。ポン刀娘はともかく海より深いって綾香、間違って、僕、明日海に沈められたりしないよな?(とこんな風に、親衛隊長はデンジェラス極まりない)
ううう。席で頭を抱える僕。
……どうすりゃいいんだ? 前門の超ツンツンに後門の過激すぎる幼なじみ、こんなダブル無理って。眼前の二名以外は、教室中水を打ったように静まり返っているし。
つつうう。脇からも冷たいものが落ちてきて。
……僕、何か悪いことしたっけ? いや、うん、何もしてない……よな?
意味なく緊迫した空気の中。
「キーンコーン、カーンコーン♪」
授業開始のベルが鳴った。
「がららら~♪」
と前扉を開け誰かが入ってくるなり、教室内に香しき匂いが広がって。
この匂いは……戦場に咲く一輪の花にも似た、柑橘系の甘い体臭を漂わせる魔術指導の唯香ちゃんこと穂高唯香先生のものではないか? 学園一の癒し系と名高き彼女の。
「後ろの三人何やってんですか~? うああっ。きみは二年一の問題児、百地紗耶歌さんん!!」
そこで、ポン刀少女がぱっと青ざめた顔になってしゅびんっ。ハブがマングースにでも会ったがごとき俊敏さでポン刀を鞘に仕舞うなり、意外にもこう言った。
「ち。唯香ちゃん来ちゃったか。仕方あるまい。ヘナチョコ覚えてろよぉ。いずれケジメつけてもらうからなっ」
……こっちはこんなことできるだけ早く忘れたいんだけど。
何はともあれ、唯香ちゃんのおかげで命拾い?
こんなツンツンでも、苦手相手っているみたいだ。よりによって、学内一の癒し系先生がそれってのもあれだけど、女同氏の関係って男には分からないし。
ポン刀を負った少女が、たたたと教室から出て行く。
唯香先生って学内のみなが認める癒し系なのだが、こんな風に有無を言わせないところがたまにあって実はサドなのかなって思うことがある。
「やれやれ、疫病神がいなくなってせいせいだよ♪」
幼なじみ・綾香もマシンガンを抱えて、自分の席に戻っていく。
……なんだったんだ、今の? こういうのを修羅場って言うのか?
納得は行かなかったが、この特殊学園で起こることを逐一気にしていたらキリがない。僕は椅子を机に寄せて、まじめに授業を聞くことにした。