ホームルーム ここは肉食女子ハーレム学園
聖・奈毘亜学園。
周囲を杉木立と鉄柵で覆われたその学園は、一見どこにでもある普通の学校だ。
入口に黒い鉄門があり、中へ進むと新築の校舎棟Aが左手に見える。去年新築されたばかりのその校舎は、レンガ積みの壁面も全体にハイソな雰囲気。
校舎棟AとB(旧校舎だ。学園は旧市立高校の敷地を買収し、それを元に去年新設されたのだ。買収以前からある校舎で、コンクリの色合いがやや煤け中はいつも薄暗い)を空中でつなぐ二階廊下の下。自転車から降りて、押しながら進む。
真っ直ぐ行くとグラウンドに出る。校舎棟A、Bは、空から見るとそれぞれ」と「の形をしている。二棟をつなぐと「」で、ちょうど四角がグランドを囲う形だ。
南側に駐輪場があり、東に水飲み場がある。自転車が幾台も並ぶリーフ付きスペースに自分が乗ってきたのも止めて、チェーンキーをかける。
校門近くの校舎入口に戻る。教室があるA棟へ。中に入ると、え、ここはどこかの研究室? と見まがうばかりに一面が真っ白。輝く壁に床、天井……すべてが新調同然に輝いていて。
授業開始前の校舎棟A二階。
二年A組ホームルーム中の教室に、窓から淡い光が漏れている。
ほわほわほわ。宙に舞う塵さえ浮き立てそうなゆらめきの中、生徒たちがみな教卓の先生を眺めていて。遅刻せずに学園に着いた僕もそこにいた。
「花粉注意報が出てるよ。みんな気を付けよ~ね~♪」
我が校随一の美女教師と誉れ高いクラス担任、武術担当の井村沙樹先生が、メガネの縁をくいっと持ち上げて言った。
茶髪ロングでスレンダー、スタイル抜群。DあるいはF? はあろうかという激しき胸の盛り上がり。服装はいつも白いYシャツに紺のスカートと先生らしく地味。でも、先生の場合、そのYシャツの合間から胸の谷間がいつも見えているから、実際地味でもなんでもなくて。
銀縁メガネが仄かに知的な空気を醸していて、声は甘~く蕩けそうなセクシーアニボイス。
「花粉症って春のものだと思われがちですが! 夏でも秋でも冬でも一年中あるんだよ」
ざざざと生徒たちがざわめき出す。先生、もう一度メガネの縁をくいっとやって。
「あまり知られてないけど、花粉って一年中舞ってるの。冬から春にかけてはスギ花粉、春から夏にかけてシラカバ花粉、夏から秋にかけてイネ科花粉、秋から冬にかけてキク科花粉……だから人によっては一年中苦しめられるの」
「くしゅん!」
このタイミングで、マスクかけた女子が後ろの席で咳き込んでるのはご愛嬌? そういえば、苦手なやつっていつも「花粉が~」とか言ってるよな。ぜんぜん気にしたことなかったけど。
特殊エリート養成校、聖・奈毘亜学園。
僕が通うこの学園は、全国唯一の黒闇侵食都市・奈毘亜市にある私立高校である。私立のくせに由来が地名であることからもご察し頂けるように、普通の私立じゃない。
準私立教育機関・奈毘亜。
国と市町村からの支援を絶大に受けつつも、通常教育機関の枠からは逸脱した特殊校である。ゆえに普通校と違うところがいくつかあって。
まず例えば顕著なのが男女比。これが一対一じゃなくて。
どうなってるのかと言えば一対三百六十で……ってことはつまり、僕以外は全員女子? なわけで。この状況だけを取るとハーレムかよそれ、と思われるかもしれないが、それがちっともそんなことなくて。
というのも、この学園にどんな女子が在籍してるかってことが問題なのだ。
他にこの学園の独自さとして入学試験がなく、代わりに不定期に開かれる武闘オーディション(ペーパーなし。実技のみ)があり、そこで推奨されるか路上でスカウトされた者だけが生徒になれるって入学審査制度がある。
生徒というか封鎖者メンバーに。
といきなりはしょってしまったが、要はこういうことだ。
準私立教育機関・奈毘亜学園は封鎖者スクールである。
封鎖者だけが集まる専門校ーー先生も生徒もみな封鎖者の。
沙樹先生も武器・電子ムルチフローラ鞭の使い手なのだが、この話を始めると長くなるからそれはまた今度で。
で、ここが女子ばかりなのもこういう学校だからだ。
と言ったところでまだ説明不足だ。付け加ると。
ーー本来、封鎖者メンバーには女子しかなれないのだ。魔物とのバトル&黒闇封鎖は女子しかできないから。
別に男でも良さそうな、と思われるかもしれないがさにあらず。
問題は分解武器ーー封鎖者メンバーが持つ武器にある。
コモドドラゴン戦であの少女が使ったポン刀からしてそうだったが、メンバーが使う武具は普通のものじゃない。特殊な性質がある。
さっき魔物を四分割にしたが、あれは相手を殺したわけではなかった(・・・・・・・・・・・)。非定型な処理を施しただけなのだ。
処理などと言われても余計に困惑するだけだろうから、その基本仕様からアプローチすると。
もともと分解武器は敵にダメージを与えることを目的としていない。その目的は、倒すわけではなく、此界で魔物を処理=量子(物質の最小単位)に分解すること。そして、量子となったそれを異界に送り戻すことなのだ。
やや分かりにくい話だが、殺傷するわけでなく一時的に量子分解する。分解された魔物たちはバラバラになるだけ。生命そのものが失われるわけではない。だから死んではいない。異界に戻った後に、そこで復活している可能性すらある。だが、封鎖者にとってそれは問題外。任務はあくまで黒闇封鎖だから。
という奇妙な武具を使えるのが、女子だけだからである。
……なんで?
武器の仕組みがそうなっているからだ。
分解武器を作ったのは「無理科学者」なる異名を取るこの国の厨二病天才科学少女・麻元由佳(後ほど登場)なのだが、彼女がそういう仕様にしたからだ。これも僕にはさっぱりだが、古代から女子の中に眠る「妹の力」を起動力にし、武器とそれを使う者の核を一致させる新兵器を開発したとか。量子論及び特殊相対性理論と混沌魔法を応用し、分解が働く仕組みを見出して。
文字通り「(常識を大いに逸脱した)無理な科学」研究に没頭する彼女が作り上げた珍発明なのだ。
武器は、男子が使っても分解が発動しない。攻撃力が極めて低い。金属とプラスチックの合成物でできていると言うが、敵にかすり傷さえ与えられない。それを女子が使うと、魔物を一刀両断にする激烈パワーを発揮する。
ちなみに、この天才少女・麻元由佳は特別待遇で我が校に在籍している。
我が学園が誇る特待生、うさ耳生徒会長兼先生として。
……うさ耳生徒会長兼先生?
そうである。この学園には、そんなやつが普通にいるのだ。
……で、なんで僕がここにいるんだって?
無論、事情がある。僕が男子であるにも関わらず、どういうわけか武器を使えるからだ。なぜ使えるのかは不明。最初っからそうだった。
市内路上でアーマー状の魔物に襲われた女の子がはじかれた剣が、本来は女の子しか使えないものだったなんて。その時はわけも分からず必死でその剣を拾って、アーマーに襲いかかったら運よく倒せてスカウトされて。
僕は普通の男子だ。漫画とゲームが好きなノーマル十代。他の男子と特に違うところもない。自分が「妹の力」を持っているとも思えない。
去年奈毘亜学園一年に途中入学。入ってから驚いた。周りが女子だけ。男子が一人もいなかったから。
それにもっと驚いたのは。
その学校の女子たちときたら、三度の飯よりバトル好きの武闘派肉食女子ばっかだったってこと。
「えっと。今日の一限は魔術原論、その意義と限界。二限は黒闇研究。三限、武術指導。四限、漢字の書き取り♪」
「「「「”ええええええええええええええ!」」」」
クラス女子たちの憎悪に満ちた嬌声が上がる。
戦う女子たちって、武術や魔術は軽く使いこなせても、漢字の書き取りがいやでしょうがないのだ。毎回、麒麟とか鎌鼬とか十回二十回と書かされていったいなんのために? その辺、僕も謎だけど。
補足すると、この学園には武闘だけでなく魔法を使える者もおり、魔術が必須科目になっている。
「はいはい。みんな静かにしてね。五限、家庭科、調理実習」
しーん。反応がない。静まり返っている。料理苦手な武闘女子が多いことは今さら言うまでもないが、そのことに彼女ら自身がコンプレックスを抱いているようで。
ま、でも、武闘下手でも料理上手なんて者もいるし、両方得意なのもいるし。
「六限。座禅!!」
「「「「「うわああああああああああああ!」」」」
大ブーイング。仏教系でもないのに座禅を授業科目にしてる学校も少ないだろうが、武器を所持しあるいは魔法を使う者にとって精神集中は必須。この学園には、専用座禅ルームまである。
「ってことで、今日もみなさんがんばっていきましょ~♪」
花がほころぶような笑顔の先生。
いつも思うんだが、なんでこの人っていつもこう爽やかなのか? 天然なのかサービスなのか? 明るすぎる人って、他に何か狙いがあるんじゃないかって勘繰ってしまうけど、別に企んでるわけでもなさそうだし。
ところで、こうやって紹介してみると改めて気付くな。
この学園ってまともな教科が一つもない。
「そうそう。来週はみんなが待ちに待った『合戦』だよ。授業や実践で学んだことを披露できる一年に一度の大イベント! 鍛錬に励み鋭気を養っていくようにっ」
女生徒みなが黙り込んで、教室内の空気が張り詰めた。
合戦……ついに来週か。それを待ちかねていた肉食女子たちですら固唾を飲んでしまう、ここ奈毘亜学園の謝肉祭とも揶揄される壮絶カーニバルが。
といっても、それは普通校でいうところの体育祭に過ぎないんだが。
合戦……その実態がいかに百花繚乱かつ阿鼻叫喚であるかは、来週の本番をお待ち頂くとして。
今日はこれから、武闘女子ハーレム(?)での平常授業(といっても我が学園的に平常なだけ)があるのだ。