ポン刀少女 パンチラ娘の魔物討伐
「ふあっつ?」
自転車に乗りながらハンバーガーをもふもふやっていた、背にポン刀を負ったセーラー服の少女が、奇声を発した。後ろで自転車に乗っていた僕も、信号待ちしている彼女の方を見てはっとしていた。
というのも、彼女の前方、何もないはずのところに直径四、五十センチほどの穴が開いていたからだ。おまけに、その中でぎゅる、ぎゅるぎゅると黒い闇が渦巻いていて。
「こんなところに!?」
そう言って、またもバーガーをはむむする少女。
……サドル上で朝食かよ。それって違反じゃ? 自転車に乗って食事とかダメだろ? 信号待ちだったら許される?
んなこと思うこっちにはお構いなく、ぱくぱくぱくぅ。全部頬張って籠に入ったバックからコーラのペットボトルを取り出した。顔を上げ口を付けてぐびぐび~。一飲みするや「うっぷぅ!!」口も抑えずゲップ。
……すげ、早食いっ。じゃなくて、なんだこのマナー最悪娘は?
なんて朝だよ。半分寝ぼけて自転車をこいでいた僕だったけど、 今ので完全に目が覚めた。いやいや、もっと目が覚めるような出来事がこの後ぞくぞくと起こるなんて、その時は想像もしてなかったよ。こんな光景だけでも僕には割りと斬新だったから。
「黒闇から使者が」
ペットボトルをバッグにしまい、彼女がそう言っている。
黒闇ーー奈毘亜市だけに見られる怪現象、この物語の主材となる事柄に関し、ここで軽く触れておこう。
僕が住む奈毘亜市内の至るところ、学校や路上、スタジアムなど、普段何もない空間に突如穴が開く。その中が黒く渦巻き出しそこからおぞましき魔物が現れる(原因&目的は不明)……って今はまだ現れてないけど。
それが眼前で起こり始めていたのだ。
ってあれ。これじゃ説明になってないな。
ご免。この後実際に起こることで知って頂くのが一番なんだが。
僕だけじゃなかった。
少女周辺にいるリーマンや学生たちもみな、その光景に怪訝な表情を浮かべていた。でも、特に不思議がっているようでもなくて。誰もがその顔に「またか」というお約束感も漂わせていた。
「いやな気配ぃ」
少女が目をひそめた。
十代前半~中半。Yシャツにスカート、水色とピンクの横縞ニーソックス。前述のとおり、背にポン刀を背負っている。ちょっと危ないやつだ。でも、この格好も、信号待ちしている通勤者や通行人が気にしている様子は別になく。
……ってことは? こいつって封鎖者? うん。そうとしか考えられないよな。
「おーい。そこのきみぃ、ヤバイことになるぞぉっ」
遅れて信号前まで来た僕が、少女の後ろから声をかけると。
「は、何? そんなのとっくに分かってるけど」
セーラー服がこっちを向いて言ってきた。
可愛い!! 直に彼女と目が合った時に気付いた。
切れ長な目に鋭い眼光(ストレートに言えば狐目)。透き通るほどの雪肌にシャープな輪郭、整った各パーツ。光を反射するほどキューティクルが密な黒髪ツインテール。
ぱっと見、何か冷たい近寄りがたき印象なものの、よく見るとそうでもない。
若干ミニ(たぶん改造済み)なスカートの下から見える美麗な生足。全身スマートなのに、制服の上からもあからさまに分かるDはあろうかという胸のふくらみ。横でツインテールが揺れ、口元を緩めた時に現れる柔和な表情。
類稀なる美少女だった。
「来るぞぉ!」
……僕の台詞はそっちのけ?
でもこの状況は仕方ないか。もう黒闇から何かが現れようと、中でもぞもぞ蠢き出しているんだから。
「爪ぇ?」と彼女が呟く間もなく。鋭利な爪を有しごつごつした皮で覆われた褐色の腕が、二本中から現れてきて。
「なんなの?」
自転車から飛び降り、ハンドルを持ったまま後じさりする少女。
ずずと彼女が退いたところに逃すかとばかりに魔物の腕も伸びてきて。
「う”おげるじゅぶぶぅ!」
低い唸り声を上げ、巨大トカゲみたいな頭部と長く太い頚部を晒してきて。
信号はまだ赤だ。大通りを走る車が、路上に出現した魔物を迂回し走行していく。
「でっかい~~~~っ!!」
半身をのけぞらせて見上げて叫ぶ少女。
……パねえぞ。だって、その巨体ときたら、自転車ごと後ずさる少女に影が完全にかかるほどで。当然それは黒闇の数倍サイズで物理的にありえない状況だったが、怪現象・黒闇はその直径以上の魔物を悠々此界に現出させるという奇怪さで。あの不思議な猫のポケットみたいに。
琥珀か何か作り物じみた黄ばんだ目に青い瞳孔。肉食獣と思しき尖った牙。口内から伸びてくる赤い舌。その合間から漏れてくる白い唾液。頸部からごつ肌上に現れる夥しき血管。
体長十数メートルはあろう怪竜。直立するコモドドラゴンのごとき魔物だった。
「ひぃぃ、殺されるぅぅ!! こいつのうんちには……絶対なりたくないよおお……!!」
……うんちって? 捕食されるの前提かよ?
「どぎゃげばぶるぅ!」
魔物がさらに凶悪な吼え声を上げた。
その時、大通りにいた者たちがみな……信号待ちする通行人や自転車走者だけでなく……車の運転手やバスの乗客までもが、雷鳴のごときボイスがする方向に一斉に目を向けていて。
「ぼげえええ!」
黒闇から魔物が胴を出し、右足まで出してきて。
「クソッ。とんでもないのが!!」
そう言って覚悟を決めたのか、少女が自転車を止めきらりーん。右腕を背中上方に回し、ポン刀を抜いた。両腕を合わせたところ、彼女の胸元で双乳が盛り上がって。
……やる気か、あいつ。そんな細いので巨獣に太刀打ちする気?
でも封鎖者ならやるしかない? 四の五の言ってる場合じゃない。黒闇封鎖ーーその任務こそ市内での彼女の特権、平時帯刀を許しているんだから。魔物と遭遇したら一片の躊躇もなく始末する。それが任務だから。
ぎろぎろっ。魔物の濁った眼球が、目の奥から飛び出てきた。ピンポン玉みたいにくるくる回ってぎろりん。眼球の動きを止めて、眼下の少女に焦点合わせた。首を曲げて少女に近づき、やおら口を開けぺろんと舌を出しまた閉じて。
(あたしナめられてるぅ!?)
きらりーんっ。今度は少女が水平にポン刀を構える。
……すげえ、あの構え。あんな可愛いのに堂に入ってる。こっちまで殺気を感じるほど。
「ぐりゅりゅぅ?」
魔物も怖気づいたようだ。一歩も動けず喉を鳴らしていて。
剣の構えを少女が左から右に変える。じりりと間合いを詰める。しかし、踏み込みはしない。ある程度まで行って動きを止める。一触即発のところで間合いを維持し、気迫で相手を制している。
「うーあーうーうーあーうー♪」
その時、信号が青になった。
全国どこの横断歩道でもよくかかるあの童謡の電子音が、周囲に響き始めて。
自転車も通行人も横断歩道を渡っていく。
怪物も少女も目の前にいなかったかのようにさも空々しく。
……なんて冷たい連中だよ。あの魔物はともかく、少女がどうなろうと関係ないっていうのか?
奈毘亜市に住んでると、この手のバトルは日常茶飯事。みな感覚が麻痺してしまうようだ。こんなこと言ってる僕も他人行儀だけど、いざとなったら封鎖者の一人として加勢する気は十分。ハラハラしつつ見守っていた。
なんと言ってもあのガタイ差。魔物の方が格段に上。ハンデありすぎ。とは言え、あの気迫と高スキルを持つであろう少女を前に、やつも手出しできずにいる。
爬虫類然とした眼をし、魔物が少女を見下ろしている。尻尾をぷらぷらさせながら。
双方で目に見えぬ必死のオーラを放ち合い、互いに相手のオーラ内に踏み込めない。
とそこに、ぽーんぽぽーん。
「お姉ちゃん、取ってええ!」
歩道で一人ボール遊びしていた幼女のサッカーボールが、ポン刀娘と魔物の間に転がってきた。どこかの幼稚園の水色のエプロンに似た制服と黄色いキャップを被った幼女が、ボールを追いかけ、その危険領域に近づいてきた。
……きみ、そのタイミングはヤバいって。目の前にいる変なお姉ちゃんとグロな魔物が、ボールを取ってくれそうにはとても見えないだろ? バトルに巻き込まれたらどうする?
一般市民(それも幼女)まで寄ってきて、こっちが冷や冷やし出したその時。
たんっ!
ポン刀娘が地面を蹴った。魔物との間合いを一気に詰めた。
たたたと数歩行って踏み込み、ずだん!! 前のめりに回転しながら宙に舞い上がった。
……わわわっ。ミニな改造スカートが翻って、白い太股とパンティが丸見え。しかも……黒ぉ!? なんでそんなの履いてるんだ? って見てない見てない。僕は何も見てない。
ここまででも普通の高校生には刺激的すぎる光景だったが、事はそれだけで済まず……。
前回転を終え浮揚した彼女が、その体勢のままずしゃしゃと魔物に斬りかかったのだ。それなりに重量があるであろうポン刀を軽々と斜め左右に振りながら。
と、そこまではこっちもしっかり目撃していたのだが。
……れ? どこ行った? 気付くと、少女が視界から消えていた。
いや、いた、あんなところに。目を凝らせば、魔物の向こう、横断歩道でこっちに背を向けている彼女が。
……早っ。一瞬かよ? もうそんなところに?
背中しか見えないセーラー服が、武器をしゃっ、ぴゅんっと斜め左右に振っていた。それをまた背中に持ってきて、しううう、ちゃりり~ん。鞘に閉まっていて。
直後しゅぼしゅぼぼび~~!
少女に襲いかかろうとしていた魔物の全身が、そのポーズのまま血も流さずにバッテン(×)に割れて四分割に。四つの身体が、肉の断片でないかのようにぼわんと分離。空蝉のごとく粉々になり、砂状にほろほろと形を失っていったのだ。
三次元の砂絵と化したそれが宙からこぼれ落ち、全体砂吹雪となって螺旋を描きすううと黒闇内に吸い込まれ始めて。じきに余すことなく飲み込まれて、しゅりゅりゅりゅ~。黒闇そのものもエネルギーを消失し、渦を小さくしていって。
辺りの空気中へその色を薄め、そのうち何も見えなくなって自然消滅。
その様子をそばでぽかんと眺めていた幼女が、「あ、ボールぅ♪」と、さっきまで魔物の足元に転がっていた黄色いそれを拾って、とことこ向こうに歩いていった。
……取り合えず一件落着?
魔物は退治できたし、幼女は怪我しないで済んだし、黒闇は消えたし。
呆気ない結末にかえってこっちは拍子抜け。
結局あの娘が強すぎた。
その後、僕が左足をサドルにかけ自転車を走らせようとしていたら。
「ちりーん、ちりーん」
近くでベルを鳴らされたから、そっちを向く。
「あんたまだいたの?」
自転車に乗ったポン刀娘が、ぷうっと頬を膨らませていて。
……こいつこそバトル終わってもうそこ? つくづく機敏なやつ。
「いちゃ悪いかよ? 僕は通学中なの」
そう言うこっちにはまともに答えず、言い返してくる。
「そこにいるってことはあんた、さっきからずっとあたしのこと見てたでしょ?」
サドルにつかまりやや前のめりになって、豊満な胸を強調しながら。
別に誤魔化す必要もないからこっちも言い返す。
「うん見てた。きみのことっていうか、きみとあの魔物がバトるとこ」
少女が切れ長の目を鋭くし(=狐目をさらにつり上げ)、尖った口調で言ってくる。
「なんでよ?」「なんでって?」
こっちが悪いみたいな言い方だ。責められる理由なんて一つもないんだが。
「見てたなら何かすることあったんじゃない? 黒闇が現れたんだから封鎖者に通報するとか、いたいけな少女が魔物に立ち向かってひどい目に会いそうなんだし、きみはどう見てもヘナチョコだからあたしのこと助けられないのは分かるとしても、せめて周囲に応援呼ぶとかぁ!!」
いきなり勝手なこと喚き出して。
籠に入ったバックからコーラのペットボトルを取り出した。
ぐびっ、ぐびぐびっ。喉が乾いていたのか、左手を腰に当て胸を張り顔を斜め上に向け、残り全部を飲み干し、「うぷぅっ」さっきよりは可愛い(?)のを一つ。
「いたいけな少女って……どこにいた、んなやつ?」
そう聞くこっちに彼女。
「あたしがいたでしょ~~っ!」
「ポン刀娘がああ?」
「んだと~~~~!!」
んな目ぇ吊り上げて頬っぺ膨らませても可愛いって美少女なのは認めるけど、いたいけさは微塵もないんだからっ。
「でも、強いかどーかなんて分かんないじゃん?」
「いや、強いとか弱い以前に、いたいけな少女はポン刀背負わないから! コーラがぶ飲みしないから!」
「そんなの偏見~っ。先入観じゃん!!」
……偏見って? 他にどう偏ってない見方をしろと?
「無論きみが劣勢に立たされたら僕も参加するつもりだったけど、一瞬で片付いたじゃん。出番がな……」
正当に言い訳するこっちの台詞も果てまで聞かず。
「ヘナチョコ~~っ!! あんたの加勢なんかいらないし~~っ。この中二チキン竜田~~っ!」
……なんだよそれ。僕そんな情けないいやつに見えるのか? いや、まあ、背は高くないし、イケメンでもない。迫力みたいなもんだってなかろうって自負はしてるが、だからといってそこまでコケにされるようなやつでも?
「これでも実は僕、(ごにょ)言うのやめた」
「あ。何言いたかったか知らないけど、そんなの聞きたくないからぁ!!」
……いや、ちょっとは聞きたがってくれよ。
「むかつく。でも、こっちもきみに語る必要はない。それにもう行かないと。変な女の子相手にして学校遅刻とかしたくないんだよ。きみも遅刻するぞ。奈毘亜学園の生徒だろ?」
「きみもって……あんたもかよ!? ってヘナチョコが何嘘ついてんだあっ。うちであんたみたいな生徒、一度も見たことないぞっ」
……嘘なんか付いてないって。自分が会ったことないからっていないやつ扱いするなよ。こっちだって、こんな変なやつに会ったの(学校以外でも)初めてだ。
「じゃあね。きみと同じクラスじゃなくてとっても残念」
こんなやつ話すだけ時間の無駄。
「何をぉ!? 残念なのはヘナチョコ、おまえの方だああ!!」
軽やかにその声を背にし、右足で地面を蹴った。サドルに腰を落ち着け、自転車をこぎ出す。
横断歩道を渡り大通りを突っ切って。
しゃかしゃかしゃか。急がないと。
……朝からすげーの見せられたよ。
衝撃だった。あの化物が身動き取れずに少女にばっさりなんて。
そこは感服だったけど、あいつって超可愛いのにツンツンすぎてわけ分からんやつだった。正直、絶対友達にはなりたくないタイプだった。