第1話
5月も半ばに差し掛かり、俗に言う「五月病」も抜け切ったある日の夕方。
私は生徒会の居残り仕事を終え、いままさに帰らんと日が落ちて暗い廊下を歩いていた。生徒会の担当教諭は薄情なもので、私に仕事を押し付けてどこかに消えてしまった。他の役員も大抵そんな感じで、誰一人手伝ってくれやしない。
百万通りの嫌味を頭の中に羅列しながら、階段を降りる。生徒会室はこの学校の3階の中央付近に位置していて、疲れた体には帰るのも一苦労だ。
一歩、また一歩と階段を降りていくと地響きのような恐ろしい音を聞いた。その音は背後から聞こえてくる。振り向いてはいけないような予感がする。けれど私は気になる心を抑えることがどうしても出来なかった。
ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには『何か』がいた。人の姿をしているのに、人じゃない気配。動いているのに、その動きはどこか不自然さがある。
――――まるで、そう、よくホラーゲームに出てくるゾンビのような……そんな感じ。
私はその『何か』と意図せず目が合ってしまった。……そして、私はその『何か』の正体に気付く。
「藤本先生…?!」
そう、放課後すぐに私を呼び出し、生徒会の面倒な仕事を押し付けどこかへ消え去ってしまった、生徒会の担当教諭だった。彼は、どうしてこんな姿に……。
そんなことを思案していると、彼は突然呻き声を上げながら緩慢に動き出した。力なく垂れ下がっていた両腕は、まるで私を捕らえんとばかりに私に向けて伸ばし、ゆっくりと階段を降りてくる。
私は声なき悲鳴を上げた。――――――殺される。そう思った。わけのわからない恐怖で、心がいっぱいになった。
そのときだ。
「動くな!!」
階下から強い声でそう叫ばれた。そんなことを言われても、もう動ける力など残されてはいない。ただただ迫り来る恐怖に耳をふさぎ、目を閉じ、その場に縮こまっていることしか出来ない。
階下からは物凄い勢いでこちら側へと向かってくる足音が聞こえてくる。でも、藤本先生はもう目前にまで迫ってきている。私はこのまま死を待つだけなのか――――?
藤本先生の腕が、もう、目の前に――――――……。
「よく頑張った。もう大丈夫だ。……そこで大人しくしてろ」
私の頭をひと撫でしたのは、私と同い年くらいの少年だった。服装から見て、うちの高校の生徒であることは間違いない。でも、私はこんな人知らない……。
私は助けが来たことの安心感から意識を手放してしまった。意識を失う前に最後に聞いたのは、「今日のことは、忘れるんだ」。助けに来てくれた、彼の声だった。