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「ま、待てよ! 蓮華!」
「い、嫌だよ!」
俺は必死になって追いかけるが、蓮華はむしろ逃げて行ってしまう。蓮華は勉強だけでなく、運動神経も良いためになかなか追いつけないのだ。
とは言っても、そこは流石に男女の体力差と言う物は存在するらしく、しばらく全力疾走を続けていた蓮華は息を切らして廊下で深呼吸をしていた。
「ま、待てよ、れ、蓮華」
その間に息を切らしながらも何とか追いついた俺は、蓮華の肩を掴んでそう言う。
伊達に帰宅部ながらも持久走で鍛えた足腰は役に立ったと言う事らしい。まぁ、持久走の順位は真ん中くらいだったが……。
「なんだよ、なんで逃げるんだよ」
「だって……ボクは……」
蓮華は情緒不安定している様子で、俺の目をまるで合わせない。若干、走りすぎたせいか顔が赤い気がする。
「どうしたんだよ、蓮華。確かに今日一緒に行かなかったのは悪いとは思ったが、それでもいきなり逃げるなんて、可笑しいだろ」
「だって……あっくん、だんごさんとキスしてた」
「うっ……」
た、確かに。いきなりそんな所を見せつけられたらそうなるかも……。
「でも、だからって逃げる理由にはならないだろ?」
「うっ……。ボクもそう思う」
照れているのか顔を赤らめながら顔をかく蓮華。アハハ、と蓮華は笑う。
「だ、だって……。いきなり、あっくんがだんごさんとキスしているんだよ? それを見ていると、何だか悲しくなっちゃって……」
そう言いながら、蓮華は俺の身体に身を寄せる。先程、だんごさんに抱き寄せられた時よりも柔らかな感触が俺の伝わってくる。そして、女性特有の芳醇な香りと呼べるような匂いが俺の鼻をくすぐる。
「あっくん……。お願い……キスして……」
「えっ……!?」
何で!? 幼馴染を追いかけただけで、こんな状況になっている訳!?
何で、キスをお願いされなくてはならなくなっているんだ?
「お、おい。蓮華……」
「だんごさんとはただのクラスメイトなんでしょ、あっくん」
「えっ……? えっと………」
正確には昨日、告白されたのだがそれを言うべきなのか……?
「……だんごさんと仲が良い事は知っているよ。ボクも……体育祭とか文化祭で頑張る姿を見ていたから。だから……だんごさんと……キ、キスするような関係になったとしても……べ、別に可笑しくは無いと……思うよ?」
「本当だよ? 本当にそう思っているんだからね?」と、念を押すように言う蓮華。
「仲が良くてキスするんだったら……ボクとキスしても可笑しくは無いよね?」
えっ……?
そう言いながら、俺の顔に唇を近づける蓮華。背丈の違いから、近付いてもどうしても俺の方が高く、蓮華の唇は俺に届いていない。
「ほ、ほら。ボクは……女の子なんだよ? だったら、少し屈んでよ……?」
「えっと……。でも、俺達は幼馴染だし……」
「……良いから。すぐに済むから……」
すぐに済むなら良いかと、俺はそう言いながらゆっくりと体をかがめた。
あっくんが顔を下げたのを見ながら、ドキドキした顔で見つめるボク。出来る限り、平静を装っているつもりだけど、それがきちんと出来ている自身は無い。
……端正な顔立ち。いつも見ていた顔だけど、気持ちが変わるとまた見た感想も変わってくる。
(ボクはいつも……こんなカッコ良い人と居たのか)
滑稽だね。取られそうになって初めて、その価値が分かるなんて……。こんな事ならば、もっと早くに自覚したかった。
そうすれば、こんな……泥棒猫みたいな真似をしなくてすんだのに……。
(ごめんね……。あっくん、それにだんごさん)
ボクはそう心の中で言いながら、あっくんに口づけを交わす。
(こ、こんなに気持ち良い物だなんて……)
癖になりそうだよ、あっくん。
そして、ボクは決めたんだ。
泥棒猫と呼ばれたって良い。
ボクはあっくんと結ばれる。
だから、これは宣戦布告。小さなボクの精一杯の告白。
「大好きだよ……あっくん」
「へっ?」
いきなりキスをされ、その上告白された俺は訳も分からずにそのような顔をする。
「ボクはだんごさんに負けないからね、あっくん」
「えっ……? お前、なんでその事を?」
「だからこれは……宣戦布告の合図」
そして、再び蓮華は俺にキスをしたのだった。