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その歌を  作者: うわの空
第一章
6/33

5

 目が覚めると、香ばしいにおいが部屋に充満していた。何かを炒めている音が聞こえてくる。私は布団の中から、キッチンの方を見た。

 フライパンの前に立っている彼の後姿が見える。その横で、オーブントースターが赤く光っていた。パンを焼いているらしい。

 私は自分の下着と服を探そうとして、どちらも身につけていることに気がついた。裸で眠る日の方が圧倒的に多いせいで、ついつい下着を探したくなる。そんな間抜けな癖に気付いて、一人で苦笑した。それからのそりと布団から起き上がり、彼のもとへと近寄った。


 彼はフライパンの右半分でソーセージを、左半分で目玉焼きを器用に焼いていた。目玉焼きは二つ。オーブンの中の食パンも二つ。――私の分の朝食も、用意してくれているらしい。


「――うわあ!!」


 私が後ろに立っていることに気付いた彼が、間抜けな叫び声をあげる。


「びっくりしたー。いつの間にそこにいたの? おはよう」


「……おはよう」


 私は寝癖のついた髪の毛をいじりながら、ぶっきらぼうに返した。髪が柔らかいせいなのかなんなのか、妙に寝癖がつきやすくて困る。髪の長さは肩よりも下くらいだけど、それも関係しているのだろうか。


「ねえ、ドライヤー貸して」


「どうぞ」


 彼はフライパンの上でウインナーを転がしながら「朝ごはんももうすぐできるから」と笑った。





 油でテカテカに光っているソーセージ、黄身が程良く半熟に仕上がっている目玉焼き、きつね色のトースト、生野菜サラダはレタスとトマトで彩りよく。それから、麦茶。


「飲み物が、オレンジジュースか牛乳だったら完璧だろ?」


 私が思っていたのと同じことを、彼が笑いながら言った。まあ別に、麦茶でも構わないのだけど。


「いやあ、誰かと一緒に朝ごはん食べるの久しぶりだな。いただきまーす」


「……いただきます」


 私は、いただきますと言うのすら、久しぶりだった。


「昨日、よく眠れた?」


 彼に訊かれて、私はうなずく。


「むしろ、あんたの方が眠れなかったんじゃないの?」


 彼の家には布団が一つしかなかったので、私が布団を使い、彼は床の上で寝る羽目になったのだ。……私は添い寝してもいいと言ったんだけれど、彼に断固拒否された。結局、この季節にしては少し分厚く、冬ならば少し肌寒いであろう微妙な薄さの毛布1枚で、彼は眠った。

 私の問いかけに「肩が少し痛いかなあ」と答えながら、彼は笑った。


「でも大丈夫。雑魚寝ざこねとか慣れてるし」


「……ふーん」


 まあ、床の上で寝るのも今日で終わりだろうけど。


「今日さー。俺は大学あるんだけど、さなはどうする? 一緒に来る?」


「は?」


 私は食べようとしていたトマトを、机の上にぼとりと落とした。彼がそれを見て笑う。面倒になった私は素手でトマトをつまむと、口の中に放り込んだ。


「なんで私があんたの大学に」


「だって、家にいても暇だろ?」


「いや、ていうかもう、この家も出ていくから」


「え、なんで!?」


 目を丸くした彼を見て、私も目を丸くした。

 何を考えてるんだ、こいつ。まさか、このまま一緒に住むとでも思っていたんだろうか。


「なんでって、ここは私の家じゃないし」


「この家、気に入らなかった?」


「そういうわけじゃないけど」


「じゃ、一緒に暮さない?」


 そこら辺で拾ってきた猫を飼うみたいな気楽なノリで、一緒に暮さないか提案してきた彼に呆れた。私を猫扱いしてくれるのは別に構わないけれど、猫を飼うのと人間を飼うのとはわけが違う。大体、意味が分からない。


「なんで一緒に暮らすの」



「君を止めたいから」



 先ほどの気楽なノリはどこかへ吹き飛び、至極真面目な顔で彼は言った。その切り替えの速さに、私はどきりとする。けれどそれに気付かれたくなくて、私は彼の目を睨みつけた。


「私の『仕事』のことは、あんたには関係ないでしょ」


「関係ない。けど、俺は辞めさせたいんだよ。わがままなもんで」


 開き直られたら、それ以上突っ込めない。言い淀んだ私に、彼はさらりと言った。


「バイトならさ、良い所を知ってるんだ。そこを紹介する。身元照会とかそういうのは心配しなくていいよ。……その店、俺の家から近いんだ。だから、俺の家から通えばいいじゃん」


「…………」



「――それとも君は、今のままの方が幸せなの?」



 寂しそうに笑う彼に、私は何も言えなかった。




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