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その歌を  作者: うわの空
最終章
32/33

3

 あえてそのことには触れないでいようと思っていた。

 彼にとって『それ』は地雷に違いないと、思っていたから。




 隼人が何を考えているのか、分からない時がある。

 病室の窓から外を見ている時が、特にそう。

 どこを見ているのか分からない目で、彼はずっと外を見ている。


 視線の先は、空のように見えた。


 けれど青空を見る時も、曇り空を見る時も、夕陽を見る時も。

 彼はいつだって同じ顔をしていて、だから本当に『見ている』ものは、空じゃないのかもしれないと思ってしまう自分がいた。



 もっと遠い、どこか。





 窓の外を覗く隼人を見るたびに、私は彼の手を握った。



 彼が何を考えているのかを、知りたかった。

 彼が『何かをする気』なら、止めたかった。

 彼は一人じゃないんだって、教えたかった。


 手を繋げば、少しでもそれができるんじゃないかと、思った。



 私が隼人の手にふれる度、彼はこちらを見て笑った。

 その笑顔が本心なのか、それとも私を安心させるために作っている物なのか、私にはもう分からなかった。





 うたうことで、彼は私に何かを伝えようとしていた。いや、伝わっていた。

 ただ、歌ではない方法で、その何かを伝えることができるのも確かだ。

 文字でも、絵でも、きっと表現できるだろう。


 もちろんそれは、彼だって理解していることだった。



 『うたえなくなった』という事実ことは、隼人にとっては大したことではなかったし、死にたくなるくらいに悲しいことでもあった。

 そして私にとっても、それは同じだった。



 私は今日も、彼の手に自分の手を重ねた。彼は笑った。

 彼の手はいつだって温かくて、けれど少しだけ震えていた。





 退院後、帰宅するや否や隼人は押し入れに直行した。私は彼の荷物を床に置きながら、その様子を見守る。彼は必死になって何かをさがして、やがて見つけ出したそれを、私の方に差し出した。少しだけ思いつめたような顔で、どこか申し訳なさそうに。……きっと、入院している間もずっと、このことを考えていたんだろう。

 私は差し出されたそれと、彼の顔を交互に見る。彼にしては珍しく、綺麗に笑えていなかった。出ない声を振り絞るようにして、彼は何かを訴えようとした。


「え?」


 私は彼の口の動きを読み取れるように、顔を近づけた。

 声とは言い難い、何かがかすれるような音で、彼が言った言葉。

 私は驚いて、彼の顔を見る。期待と諦めと不安がないまぜになったその顔は、もう笑顔と呼べるものではなかった。



 彼の不安は杞憂で、むしろ不安になったのは私の方だ。

 だってこれは、彼が。――……彼の。



「……いいの?」


 私が訊き返すと、彼はゆっくりと頷いた。その拍子に、透明な雫が落ちる。――隼人が泣いているのを見たのは、初めてだった。彼は涙を自分の腕で乱暴にぬぐいながら、困ったように笑う。その涙の意味を、私がきちんと理解できているかどうかは、分からない。

 けれど、


「分かった」


 私は頷く。出来る限り、柔らかい笑顔で。




――君のために。



 次は、私の番だ。



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