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その歌を  作者: うわの空
第一章
3/33

2

 ギターを背負っていた彼のことを思い出そうと頭を捻ったものの、まったく記憶になかった。何かを約束した覚えもない。やっぱり人違いだったんじゃないだろうか。


「次は、ニ週間後の十一時に」


 こうやって会う約束をする常連客は、いま私の目の前にいる七三分けのおじさんくらいのはずだ。


「分かった」


 私はベッドの上から、ネクタイを締め直しているおじさんの後ろ姿を眺めた。おじさんの恰好はいつだってスーツだ。仕事に行くと嘘をついてここまで来ているのかもしれないし、このあと仕事なのかもしれない。そこら辺は訊いたことがないし、訊くつもりもなかった。


「それじゃ」


 おじさんは私の方を振り返ろうともせずに部屋から出ていった。私はため息をつく。今日のはいつもより酷かった。しかし、こういう日はお小遣いを多めにくれる。

 テーブルの上に置かれた福沢諭吉を数えてみた。五人。つまり今日の報酬は五万円。


「まいど」


 私は小さな声で呟き、それを財布に入れた。時刻は十六時過ぎ。九月に入り秋が近づいてきているせいか、日が沈むのが早くなっていた。


「……あとニ時間か」


 夕方六時くらいまで、と言っていた彼のことを思い出し、頭を掻いた。身体が痛いし、動くのも面倒だ。けれど、約束と言われたのが引っ掛かる。

 これで人違いだったら二万円くらいせしめてやると思いながら、私はバスルームへと向かった。





 夕方のタコ公園には、小学生くらいの子供が集まっていた。子供が嫌いな私は眉間にしわを寄せる。全力で自転車をこいでる子供も、転んで泣き叫んでいる子供も鬱陶しい。ついでに言うと、いちゃついてるカップルが多いのも鬱陶しかった。タコ公園は、デートスポットとしても有名なのだ。


 正面入り口から園内に入って、まっすぐ奥へと突き進む。彼が言っていた噴水は、この広いタコ公園のちょうど真ん中にあった。ちなみに、たこを模した遊具は園内に二つある。その一つの前を通り過ぎながら、遊んでいる親子になんとなく目をやった。


 小さな子どもが母親の方に向かて走る。抱きつく。親は受け止める。笑顔で。


 その風景がやはり鬱陶しくて、私は舌打ちした。こんな公園を待ち合わせ場所にした彼を、呪ってやりたい。



 噴水前に近づくと、歌声が聞こえてきた。私は目を凝らして、顔ではなく服装を確認する。安物のデニムシャツ。あいつだ。


 彼は噴水のそばで、ギターを弾きながら歌をうたっていた。ストリートライブってやつだ。彼の弾いているギターは、ロックで使われているようなかっこいいのじゃなくて、……ウクレレを大きくしたみたいなやつだった。楽器について詳しくない私は、そのギターの正式名称を知らなかった。

 彼の周りには、五人くらいの人が集まっていた。それが多いのか少ないのかは分からない。けれどその中には、彼の歌声にうっとりと聞き惚れている女性もいた。私はそんな観客の中に混ざるのが嫌で、近くにあったベンチに腰掛ける。彼が私の姿を見て、うたいながらほほ笑んでくるのが分かった。


 この距離だと、歌詞はよく聞き取れない。けれど、メロディははっきりと聞こえてきた。



――何故か、聞き覚えのある曲だった。プロの曲をコピーしているのかもしれない。



 うたい終わると、彼は「ありがとうございました」と言って、丁寧にお辞儀をした。彼から一番近い位置にいた女性、――うっとりと彼の歌を聴いていた女性が、拍手をする。それにつられて数人が、やる気のなさそうな小さな拍手を送った。

 彼は帰っていく観客たち全員に手を振り、楽器を片づけてから、私のもとへとやってきた。相変わらず、ファーストフード店の店員のような爽やかスマイルを張り付けている。


「ごめん、お待たせ」


「最後に歌ってた曲、誰の曲だっけ」


 お待たせってデートみたいに言うなよと内心で突っ込みながら、私は彼に尋ねた。彼が首をかしげる。


「誰のって、どういうこと?」


「さっきの曲って、プロの曲をコピーしてるんでしょ?」


「いや」


 彼は照れ臭そうに、人差し指で鼻の頭を掻きながら笑った。


「あれは、俺が作った歌だよ」


「え?」


 だとしたら私は今日初めて聞いたはずだ。なのに私はそれを知っていた。――有名な曲のフレーズに似ていたんだろうか。


「……やっぱり覚えてないのかー」


 彼はがっくりと肩を落とした。背負っているギターがずれてきて、彼はあわてて肩にかけ直す。それから、少しだけ寂しそうに笑った。


「俺がうたうようになったのは、君のおかげなのに」


「え?」


 先ほどから間抜けな返事をしているが、想定外のことばかり言われているのでこんな反応になってしまう。「君のおかげ」なんて初めて言われた。しかも多分、良い意味で。


「とりあえず、移動しない? ゆっくり話したいし」


「え、話す?」


「何かおかしい?」


 私と長話しようとする客は珍しい。というか、初めてかもしれない。彼が何を考えているのか分からなくて、私は彼の目を見つめた。

 彼は私からふいっと目をそらしてから、やっぱり照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。



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