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隼人は今にも泣きそうで、けれど泣いていなかった。唇を噛んだまま、私とは視線を合わせずにいる。その様子は、試合に負けたのに泣くのを我慢している子供のようにも見えた。
「……どうして隼人が謝るの」
謝るのだとすれば、私の方だ。この話はどう考えても、気持ちのいいものではない。そんな話をいきなり告白されたところで、反応に困るだけのはずなのに。
隼人は相変わらず、どこを見ているのか分からない目で話し始めた。うたっている時よりも低く、不安定な声で。
「俺は子供のころからずっと、さなのことを気にしてた。だけどこう見えて恥ずかしがり屋でさ。……小さな頃は、特に。誰かに話しかけたりするのが、すごく苦手だった」
意外だ、と思った。私の腕を掴んだあの日の隼人は、人懐っこい子供のように笑っていたのに。
「……俺、声をかけられなかったんだ。さなが暗い顔してる時も、――泣きそうな顔、してる時も」
遠くで見ていることしかできなかったと、隼人は小さな声で付け足した。私は、そんな彼の存在すら知らなかった。
ずっと下を向いて、生きてきたから。
「本当は話したかった。笑ってほしかった。――さながいなくなってから、人に話しかけたり、人前でもうたえるようになったけど。……遅かった。ごめん」
暗い空気の中に溶けてしまいそうなくらいに彼の声は小さくて、震えていて。
私は、彼のその言葉に、声に、震えた。
困惑したのは、私の方だった。
あんな話を告白した後なのに、彼が優しく私の頭を撫でてくれたから。
「……汚いのに。私」
自分で思っていたことを、そのまま口にした。
父親との後もずっと。私は坂道を転がり続けた。需要があれば、なんだってやった。文字通り、身体は傷だらけだ。……隼人には、見せたことないけれど。見たらきっと。
「さなは汚くないよ」
謝った時よりも大きな声ではっきりとそう言って、彼は私の手を握った。その声も、手も、もう震えてはいなかった。
「……隼人は見たことないでしょう? 私の身体には、いろんな傷が残ってる。金を上乗せすると言われれば、なんだってやったの。煙草の火の熱さも、殴られる痛みも我慢した。……だから汚いのよ、私はぜんぶ――」
「だけど、君は生きてきてくれたから」
私の言葉を遮った隼人は、ふんわりと笑っていた。私の腕を掴んできた時よりも、柔らかな笑顔。
「傷だらけになってでも、君は生きていてくれたから。生きるための、傷だから。――だからその傷は、汚くなんかない。絶対に」
布団以外のものに、ふわりと包み込まれる感触。
「生きててくれて、ありがとう」
――ありがとうと言いたいのは、私の方だった。