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その歌を  作者: うわの空
第三章
26/33

4

 温かな布団の中で、私は彼に言うべきことを考えていた。


 何も食べずに布団の中に潜り込んだ私は、その場から離れようとする隼人の服を引っ張った。彼は困ったように笑って、けれど添い寝してくれた。部屋の電気を消して、私をぎゅっと抱きしめて、けれどそれ以上のことをしようとはしなかった。



『さなはいつも泣きそうな顔してたよ』



 彼はきっと、何があったのか薄々気づいているんだと思う。訊いてこない、だけで。




――彼はまだ、私の過去を知らない。

 それは多分言わなくてもいいことで、けれど私の中ではずっと引っかかっていることだった。

 『誰かに』聞いてほしいとか、そういうわけではなかった。


 ただ、『隼人には』言っておきたかったんだ。

 それが原因で、彼と離れることになったとしても。





「……隼人」


 私は彼の胸に額を当てたまま、ぽそりと呟いた。隼人は私の頭を撫でながら、「なに?」と訊いてくる。私は目を閉じて深呼吸をしてから、彼の方を見た。――きっと、相当酷い顔をしていると思う。女優のようにきれいに泣く方法なんて、私は知らなかったから。


「私の昔話、聞いてくれる? あんまり楽しい話じゃないけれど」


 それを聞いた隼人の手が止まる。……彼が困惑しているのが、ひしひしと伝わってきた。私が「昔話」を嫌っていたことを、覚えていたらしい。

 彼の不安げな顔を見て、私は笑った。その拍子に、目尻から涙が零れおちる。

 私は一体、いつになったら泣きやむんだろうか。


「この話を聞いて不快に思ったらすぐに言って。……やめるから」



 続きを話すことを。

 この生活にしがみつくことを。


 彼に、すがることを。



「分かった」


 彼が頷くのを確認してから、私は話し始める。決して楽しくはない、昔話。




「――最初がいつだったのかは、覚えていない。気づいたら、そういう関係になっていた。初めはその行為の意味なんて知らなかった。ただ、怖かったことだけは覚えてる。痛かった、ことも」


 古い記憶を辿ると、思い浮かぶのはいつだって真新しいランドセルだ。つまり、七歳ごろなのだろうか。当時の私は何も知らなくて、……いや、その意味に気付いた後も。家を出るまで、私は人形のように毎日を過ごした。


 嫌だ、と言えなかった。

 やめて、とも言えなかった。



 『それ』をするときのあの人の顔は怖い。

 『それ』を見ていたあの人の顔も、怖い。



 好きだと思っていた人のことを、怖いと思いはじめたのはいつからなのだろう。



「――……隼人、私は」


 浅い呼吸を繰り返す。目は、閉じない。閉じたら、思い出してしまうから。



「私は子供のころから家を出るまで、……父親にレイプされてたんだ」




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