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温かな布団の中で、私は彼に言うべきことを考えていた。
何も食べずに布団の中に潜り込んだ私は、その場から離れようとする隼人の服を引っ張った。彼は困ったように笑って、けれど添い寝してくれた。部屋の電気を消して、私をぎゅっと抱きしめて、けれどそれ以上のことをしようとはしなかった。
『さなはいつも泣きそうな顔してたよ』
彼はきっと、何があったのか薄々気づいているんだと思う。訊いてこない、だけで。
――彼はまだ、私の過去を知らない。
それは多分言わなくてもいいことで、けれど私の中ではずっと引っかかっていることだった。
『誰かに』聞いてほしいとか、そういうわけではなかった。
ただ、『隼人には』言っておきたかったんだ。
それが原因で、彼と離れることになったとしても。
「……隼人」
私は彼の胸に額を当てたまま、ぽそりと呟いた。隼人は私の頭を撫でながら、「なに?」と訊いてくる。私は目を閉じて深呼吸をしてから、彼の方を見た。――きっと、相当酷い顔をしていると思う。女優のようにきれいに泣く方法なんて、私は知らなかったから。
「私の昔話、聞いてくれる? あんまり楽しい話じゃないけれど」
それを聞いた隼人の手が止まる。……彼が困惑しているのが、ひしひしと伝わってきた。私が「昔話」を嫌っていたことを、覚えていたらしい。
彼の不安げな顔を見て、私は笑った。その拍子に、目尻から涙が零れおちる。
私は一体、いつになったら泣きやむんだろうか。
「この話を聞いて不快に思ったらすぐに言って。……やめるから」
続きを話すことを。
この生活にしがみつくことを。
彼に、すがることを。
「分かった」
彼が頷くのを確認してから、私は話し始める。決して楽しくはない、昔話。
「――最初がいつだったのかは、覚えていない。気づいたら、そういう関係になっていた。初めはその行為の意味なんて知らなかった。ただ、怖かったことだけは覚えてる。痛かった、ことも」
古い記憶を辿ると、思い浮かぶのはいつだって真新しいランドセルだ。つまり、七歳ごろなのだろうか。当時の私は何も知らなくて、……いや、その意味に気付いた後も。家を出るまで、私は人形のように毎日を過ごした。
嫌だ、と言えなかった。
やめて、とも言えなかった。
『それ』をするときのあの人の顔は怖い。
『それ』を見ていたあの人の顔も、怖い。
好きだと思っていた人のことを、怖いと思いはじめたのはいつからなのだろう。
「――……隼人、私は」
浅い呼吸を繰り返す。目は、閉じない。閉じたら、思い出してしまうから。
「私は子供のころから家を出るまで、……父親に犯されてたんだ」