表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その歌を  作者: うわの空
第二章
19/33

7

 ……確かに、遊園地に行きたいなんて話を振ったのは私だ。けれど、


「あらあ、じゃあ皆で行かない!? かすみも、受験勉強の息抜きが必要だと思うのよ! さなちゃんも隼人君とデートしたいでしょ!? ね!!」


 こんな話の流れになるとは、思っていなかった。




 話は数分前にさかのぼる。

 私は店内の掃除をしながら、十月に入ってからずいぶん涼しくなりましたねと、マスターと話していた。ちなみにその時は閉店後で、お客は誰もいなかった。

 どこかに出かけるにはちょうどいい気候よね、とマスターが笑ったので、遊園地にでも行きたいですねと、軽い気持ちで返した。そう、本当に軽い気持ちで。


「ダブルデートみたいなの! どう!!」


 そう、こんな返事が来るとは思ってもみなかったのだ。



 隼人もだが、マスターも鈍い。かすみちゃんは隼人のことが好きで、私を敵対視してるんだって、どうして気付いてくれないのだろう。……まあ、最近少しだけ、かすみちゃんとは仲良くなっていたけれど。


 あの、雨の日以来。



「いやあ、どうでしょう……」


 曖昧な返事をしてみたものの、思った以上にマスターは食い下がってきた。今ならハロウィンの限定アイテムがどうのこうの、スイーツがどうのこうの。私は適当に相槌を打ちながらも、マスターは『かすみちゃんと』出かけたいんだということに薄々気づいていた。そして、二人だけで出かけるのが不安なんだってことも。……しかし、


「隼人の都合もありますし……」


 隼人とかすみちゃんと、私。3人揃って遊園地だなんて、修羅場にもほどがあるわ。私は内心で突っ込みながら、マスターの誘いを回避した。つもりだった。



「私も、四人で遊園地に行きたい」



 店の奥から、かすみちゃんがそう言ってくるまでは。






 隼人もノリノリで誘いに乗ってきて、結局浮かない顔をしているのは私一人だけだった。ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。


 マスターは喫茶店を臨時休業にして、隼人は大学を休んで、かすみちゃんは文化祭をさぼってまで、遊園地に来た。

 皆そこまでして遊園地に行きたかったのかと突っ込みたいけれど、遊園地という単語を最初に出したのは私なので文句は言えない。



 かすみちゃんとマスターは、若干距離をあけて歩いている。私と隼人も、若干距離があいている。というかもう、それぞれの間に距離があった。これじゃ、なんのために四人で遊園地に来たのかも分からない。


「……ね、何か乗りましょうよ!」


 気まずさを緩和するためか、やたらと陽気な声でマスターが提案する。隼人は相変わらずのんびりした口調で「いいですねー」と賛同した。……多分、このメンバーの中で唯一気まずさを感じていない人間だろう。


「で、何に乗るの?」


 かすみちゃんのとがった口調に、みんなで沈黙する。別に、彼女が不機嫌なのだというわけではない。とがった口調は彼女の特徴で、それは皆知っていた。


 黙ったのは、「何に乗るか」を決めていなかったからだった。





 海賊気分になれるバイキングは男のロマンよ!! なんてことを言いだしたのはマスターで、そうですねと答えたのは隼人だった。

 拒否したのはかすみちゃん。酔うから乗りたくない、というのが彼女の意見だった。私はバイキングという乗り物に乗ったことがないから、酔うのかどうかは分からないけれど、正直あまり興味もなかった。

 結局、隼人とマスターがバイキングへ、私とかすみちゃんはそのそばにあるベンチに腰掛けた。餌をもらえると期待したのか、足元に鳩が次々と寄ってくる。あいにく、ポップコーンやスナック菓子は持っていなかった。



 妙な組み合わせになったと思う。これならまだ、マスターと私、隼人とかすみちゃんの組み合わせの方がよかったんじゃないか。……鈍感おとこ組は、そんなこと気付いてもいないだろうけど。というかマスターは、かすみちゃんと遊びに来たかったんじゃないのか。

 どれだけロマンチックなんだ、そのバイキングとやらは。



「……この前のこと、ですけど」



 いきなりかすみちゃんに話しかけられた私は、必要以上に大きく反応した。私の動きに驚いた鳩が、バサバサと音をたてて飛び立っていく。その様子を見てから、私はかすみちゃんの方に目をやった。彼女はバイキングの方を見ている。


「……この前のって?」


「雨の日の」


「――ああ」


 どう反応すればいいのか分からなくなって、私は黙った。あれから、たまに話したりする程度には仲良くなっていたけれど、その日のことについてはお互い触れようとしていなかったのに。


「お父さんと話しあったんです。ちゃんと」


「え?」


 予想外の言葉に、私は目を丸くした。てっきり、いまだに気まずいままなのだと思っていた。だからこそマスターも、遊園地に誘ってきたのだと思っていたのに。


「進路のことも言いましたし、……お父さんと仲良くしたいとも、伝えました」


「ああ」


 だからか。マスターが張り切っていたのは気まずさを解消するためではなくて、距離感を縮めるためなのか。妙に納得して、私は頷いた。



「……さなさんには、感謝してます。あの時は、ありがとうございました」



 彼女の言葉とともに、船の形をしたアトラクションがゆっくりと動き始めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ