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……確かに、遊園地に行きたいなんて話を振ったのは私だ。けれど、
「あらあ、じゃあ皆で行かない!? かすみも、受験勉強の息抜きが必要だと思うのよ! さなちゃんも隼人君とデートしたいでしょ!? ね!!」
こんな話の流れになるとは、思っていなかった。
話は数分前に遡る。
私は店内の掃除をしながら、十月に入ってからずいぶん涼しくなりましたねと、マスターと話していた。ちなみにその時は閉店後で、お客は誰もいなかった。
どこかに出かけるにはちょうどいい気候よね、とマスターが笑ったので、遊園地にでも行きたいですねと、軽い気持ちで返した。そう、本当に軽い気持ちで。
「ダブルデートみたいなの! どう!!」
そう、こんな返事が来るとは思ってもみなかったのだ。
隼人もだが、マスターも鈍い。かすみちゃんは隼人のことが好きで、私を敵対視してるんだって、どうして気付いてくれないのだろう。……まあ、最近少しだけ、かすみちゃんとは仲良くなっていたけれど。
あの、雨の日以来。
「いやあ、どうでしょう……」
曖昧な返事をしてみたものの、思った以上にマスターは食い下がってきた。今ならハロウィンの限定アイテムがどうのこうの、スイーツがどうのこうの。私は適当に相槌を打ちながらも、マスターは『かすみちゃんと』出かけたいんだということに薄々気づいていた。そして、二人だけで出かけるのが不安なんだってことも。……しかし、
「隼人の都合もありますし……」
隼人とかすみちゃんと、私。3人揃って遊園地だなんて、修羅場にもほどがあるわ。私は内心で突っ込みながら、マスターの誘いを回避した。つもりだった。
「私も、四人で遊園地に行きたい」
店の奥から、かすみちゃんがそう言ってくるまでは。
隼人もノリノリで誘いに乗ってきて、結局浮かない顔をしているのは私一人だけだった。ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
マスターは喫茶店を臨時休業にして、隼人は大学を休んで、かすみちゃんは文化祭をさぼってまで、遊園地に来た。
皆そこまでして遊園地に行きたかったのかと突っ込みたいけれど、遊園地という単語を最初に出したのは私なので文句は言えない。
かすみちゃんとマスターは、若干距離をあけて歩いている。私と隼人も、若干距離があいている。というかもう、それぞれの間に距離があった。これじゃ、なんのために四人で遊園地に来たのかも分からない。
「……ね、何か乗りましょうよ!」
気まずさを緩和するためか、やたらと陽気な声でマスターが提案する。隼人は相変わらずのんびりした口調で「いいですねー」と賛同した。……多分、このメンバーの中で唯一気まずさを感じていない人間だろう。
「で、何に乗るの?」
かすみちゃんのとがった口調に、みんなで沈黙する。別に、彼女が不機嫌なのだというわけではない。とがった口調は彼女の特徴で、それは皆知っていた。
黙ったのは、「何に乗るか」を決めていなかったからだった。
海賊気分になれるバイキングは男のロマンよ!! なんてことを言いだしたのはマスターで、そうですねと答えたのは隼人だった。
拒否したのはかすみちゃん。酔うから乗りたくない、というのが彼女の意見だった。私はバイキングという乗り物に乗ったことがないから、酔うのかどうかは分からないけれど、正直あまり興味もなかった。
結局、隼人とマスターがバイキングへ、私とかすみちゃんはそのそばにあるベンチに腰掛けた。餌をもらえると期待したのか、足元に鳩が次々と寄ってくる。あいにく、ポップコーンやスナック菓子は持っていなかった。
妙な組み合わせになったと思う。これならまだ、マスターと私、隼人とかすみちゃんの組み合わせの方がよかったんじゃないか。……鈍感組は、そんなこと気付いてもいないだろうけど。というかマスターは、かすみちゃんと遊びに来たかったんじゃないのか。
どれだけロマンチックなんだ、そのバイキングとやらは。
「……この前のこと、ですけど」
いきなりかすみちゃんに話しかけられた私は、必要以上に大きく反応した。私の動きに驚いた鳩が、バサバサと音をたてて飛び立っていく。その様子を見てから、私はかすみちゃんの方に目をやった。彼女はバイキングの方を見ている。
「……この前のって?」
「雨の日の」
「――ああ」
どう反応すればいいのか分からなくなって、私は黙った。あれから、たまに話したりする程度には仲良くなっていたけれど、その日のことについてはお互い触れようとしていなかったのに。
「お父さんと話しあったんです。ちゃんと」
「え?」
予想外の言葉に、私は目を丸くした。てっきり、いまだに気まずいままなのだと思っていた。だからこそマスターも、遊園地に誘ってきたのだと思っていたのに。
「進路のことも言いましたし、……お父さんと仲良くしたいとも、伝えました」
「ああ」
だからか。マスターが張り切っていたのは気まずさを解消するためではなくて、距離感を縮めるためなのか。妙に納得して、私は頷いた。
「……さなさんには、感謝してます。あの時は、ありがとうございました」
彼女の言葉とともに、船の形をしたアトラクションがゆっくりと動き始めた。