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その歌を  作者: うわの空
第二章
17/33

5

「風邪ひくよ?」


 私はかすみちゃんが濡れないように傘を差し出すと、彼女は首を振った。


「いいんです、もう」


 もう、の続きが「もう濡れているから」なのか、それとも他の単語が入るのか、私には分からなかった。かすみちゃんは立ち上がろうとせず、膝を抱えたまま地面にうずくまっている。喫茶店、つまりかすみちゃんの家は、ここからだと少し遠い。

 送っていくべきか、傘を貸すべきかと考えている私に、かすみちゃんは笑いながら訊いてきた。


「さなさんの家って、この近くなんですか?」


「……そうだけど」


 私の家というよりも、あれは隼人の家だ。言い淀んだ私に、彼女は構わず尋ねてくる。


「行ってみたいんですけど、いいですか?」


「えっ?」


「……冗談ですよ、カマかけただけです」


 かすみちゃんは口を歪ませて笑うと、立ち上がった。私よりも一回り小さいかすみちゃんは、子供のように見えなくもない。けれど、睨むようなその目つきは、子供のものではなかった。


「隼人さんと同居してるんですか」


「――ちょっと訳ありでね」


 嘘をつくのが面倒になった私はあっさりと肯定した。嘘をついたところで、「さなさんの家に連れて行ってください」だのなんだのと追及されたらばれることだ。


 今の私には、隼人の家以外に帰る場所がなかった。


 この子は私のことを敵視しているんだろうか。私は、髪の毛が頬に張り付いている彼女の顔を見つめた。彼女は唇を噛んで、私の方を睨んでいる。細い目の奥が、ゆらゆらと揺れているように見えた。


「……喫茶店いえに帰った方がいいわ。本当に風邪ひくわよ」


 九月も中旬になると、大分涼しくなっていた。雨が降った日は寒いくらいだ。私はかすみちゃんの薄いカーディガンを見た。薄い灰色だったはずのそれは、濡れたせいで重い色に変わり、彼女の身体にぴったりと密着している。


「…………」


 私の言葉を聞いて俯いたかすみちゃんに、ぴんときた。


「家、帰りたくないの?」


 なるべく柔らかい口調で尋ねてみても、彼女は口を開こうとしない。そんなかすみちゃんを見て、私は笑った。


「私に似てる」


「え?」


 眉間にしわを寄せて顔をあげたかすみちゃんに、私はもう一度笑った。


「とにかく、その恰好じゃ寒いでしょ? うちにおいでよ」


「うちって……」


「まあ、隼人の家だけど。今、隼人いないしさ。かすみちゃんを家にあげても、隼人は怒らないわよ」


 私は話しかけながら、彼女の腕を掴んで引っ張った。

 嫌がられるかと思ったけれど、かすみちゃんは何も言わなかった。





 かすみちゃんを半ば強引にお風呂に入れてから、私は濡れている彼女の服を折り畳み、自分の服を引っ張りだした。この家にも洗濯機は一応あるが、乾燥機がない。びしょびしょの服をもう一度着ろというわけにもいかないだろう。


「着替え、カゴの中に入れておくからー」


 風呂場に向かって叫ぶものの、返事がない。一瞬不安になったが、シャワーの音が聞こえてきた。……本当に私とそっくりだな。私はため息をついて、脱衣所から出た。




 

 スーパーで買ってきたお菓子を開封して、お皿に並べていく。飲み物は麦茶しかなかったので、それを注いだ。

 これがジュースとかコーヒーだったら、本格的なお菓子パーティーみたいだったのに。

 そんなことを考えていたら、かすみちゃんがお風呂から出てきた。思ったよりも早い。

 脱衣所から出てきた彼女が、素直に替えの服を着てくれているのにはホッとしたけれど、髪の毛は若干湿っているように見えた。


「……髪、ちゃんと乾かした?」


「乾かしました」


「うそ」


 頭に触れようとすると、彼女はふいっとそっぽを向いた。私は苦笑する。


「別に襲ったりしないわよ。そういう趣味はないし。……需要があるなら『する』けど?」


「分かってます、結構です」


 かあっと顔を赤くした彼女を見て、私は目を細めた。若いっていいなあ、と思ってしまう。……自分も若いはずなのに。


「ま、座りなよ。そこにあるお菓子も適当に食べて。麦茶もどうぞ」


 私は笑いながら、脱衣所にドライヤーを取りに行く。リビングに戻ると、彼女は道端にいた時と同じように体育座りをして、膝に顔をうずめていた。



――似ているけれど、決定的に違うのは。



 私は彼女の頭をそっと撫でた。思った通り冷たくて、そして震えていた。




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