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「私ね、こんな感じだけど、中身は男なのよ。だから女の人のことを好きになるし、みのりと、――かすみの母親と結婚した。みのりが死んでしまってから、私はこの店を切り盛りしながら、一人でかすみのことを育ててきたのよ。けれどやっぱりなんていうか、かすみもお年頃になってきたら、段々と私のことを煙たがるようになってね。いや、分かってるのよ、思春期の女の子が父親を煙たがるってことは。でもやっぱりほら、私が『こんなの』でしょう? そこを気にしてるんじゃないかって、考えちゃってねえ」
早口で捲し立てていたマスターは、私の方に目をやって、「ごめん、愚痴っちゃった」と謝った。私は首を振る。『一般的な』娘と父親の関係がどんなものかなんて、私には想像しかできないけれど。
「……私は、マスターのことが好きですよ。多分かすみちゃんも、マスターとの距離をどう取ればいいのか分からないんだと思います。マスターも、かすみちゃんにどの程度近づいていいのか、分からなかったりしません?」
そうなのよ、と頷くマスターを見て、私はほほ笑んだ。
「かすみちゃんもきっと、そうなんだと思います。本心から嫌ってるわけじゃないはずです。じゃなきゃ、お店の手伝いなんてしませんよ」
そうだといいんだけど、とマスターはため息をついた。それから、ちょびヒゲを触りながら笑った。
「ねえ、私ね。ちょっとでもダンディーになろうかと思って、ヒゲを伸ばしてたのよ。本当はヒゲを伸ばすの好きじゃないから、ちょっとだけ。で、このちょびヒゲ、ダンディーな男前に見えるかしら?」
そう訊かれて、私は思わず吹き出した。
ダンディーな男前。
マスターのちょびヒゲに、そんな意味が込めれられていたとは。
……しかし正直、
「ダンディーには見えないです。でも、マスターのそれはもうトレンドマークになってますよ」
私が答えると、マスターは満足そうに頷いた。
模様替えではなくただの掃除だったので、店内はそこまで変わったようには感じない。けれど、掃除をした二人……つまり私とマスターは、大いに満足していた。
「きれいになったわね、店」
「そうですね」
誰も気づかないであろう、ピカピカに磨き上げられたサッシを見ながら、二人で笑った。
マスターが私の父親だったらよかったのに、と思うことがある。口調や仕草なんて、私には関係なかった。私は、マスターのことを好きになっていた。それは多分、男性としてではなく。
私はマスターに、父親を求めていたのだと思う。
――やめて、と言えなかった。言ってはいけないことのような気がした。
私のことを汚いもののように見ていた母の顔を、今でも鮮明に覚えている。
あの頃の私は、『それ』が何なのか、よくわかっていなかった。
ただ、母に助けを求めようとしていたことも確かだ。
反転する世界。ただでさえやつれていた母親の顔色が、青白くなる瞬間。バサリと音を立てて崩れた荷物。そこから転がり落ちた真っ赤な林檎は、酷く歪な形をしていた。
「気持ち悪い」と、母は言った。
「どうして、」
――その続きは、思い出したくない。