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その歌を  作者: うわの空
第二章
13/33

1

 どうしてこんなことになったんだろうって

 そんなことを考える前に 前に進んでしまえばいい。


 迷路から抜け出せたなら、その時は一緒に笑おう。





 私はタコ公園のベンチに座って、彼の歌を聞いていた。

 彼の歌詞うたは、いつも真っ直ぐだ。

 本人にそう言ったら、笑われた。


「真っ直ぐなものほど、歪んでるものはないよ」と。


 けれど私のように、思いっきり歪曲しているのもどうなんだろう。



 うたっている彼の周りには、人が集まっていた。といっても六人程度で、そのうちの一人はかすみちゃんだ。彼女は遠目から見ても分かるくらいに、目を輝かせている。あんな近くからあんなキラキラした目で見られて、それでも彼女の気持ちに気付かないあの男の頭は一体どうなっているんだろう。

 私は、彼から少し離れたベンチに一人で座っていた。「公園にうたいに行くから、一緒においでよ」と誘ってくれたのは彼には悪いけれど、観客に混ざって彼の歌を聴くのはなんだか気が引けた。――日曜日の爽やかな朝というのは、私には一番似合わない。

 彼がときどき、こちらに目を向けてくるのが分かる。私はわざと、視線を合わさないようにした。隼人が私の方に目を向けていることに、かすみちゃんも気づいていたから。


「――隼人の鈍感」


 私は声を出さず、口だけ動かした。それを見ていた隼人が、うたいながら首をかしげる。私の言ったことまでは読み取れなかったらしい。




『彼は、あなたのことが好きですよ。そういう目をしてる』




 あの日のかすみちゃんの言葉を、私は反芻する。あの子もあの子で、鈍い部分がある。

 隼人は誰に対しても、優しい目をするのだ。私が特別だというわけではない。

 嫌な言い方をすれば、きっと隼人は野良猫に対しても私に対しても、同じ目を向けるだろう。つまりはそういうことだ。


 彼は私に対して、恋愛感情なんて持っていない。





 隼人の作る曲は、全体的に明るい感じがする。テンポは少し早目で、疾走感がある。夏場によく見かけるアイスのCMみたいに、爽やかな感じ。それは彼の声にもよく合っていて、けれど何かが欠けていた。その欠けている物が何なのかは、私には分からない。……プロになるためには、恐らくそこが重要なのだろう。


 彼の歌声も、曲も、私は好きだった。けれど、プロになるのは難しいだろうとも思う。


――隼人は、プロになりたいんだろうか。そういえば、聞いたことがない。




 うたい終わった隼人は、「ありがとうございました」と言って丁寧にお辞儀をした。その言葉を聞いて真っ先に、そして誰よりも熱心に拍手をしたのはやっぱりかすみちゃんだ。

 ……彼から少し距離のあるこのベンチで、一人で手を叩くのもおかしい。私は心の中で、こっそりと拍手をした。

 ギターを片づけている彼に、かすみちゃんが何か話しかけているのが見える。かすみちゃんも彼も笑顔で、それがなんだか遠くに見えて、私は視線をそらした。なのに、


「さなー!」


 彼に大声で名前を呼ばれてギョッとした。

 けれど彼の方を見てみると、そこにはもう、かすみちゃんの姿はなかった。私はわざと緩慢に歩いて、かすみちゃんはどこに行ったのかとあたりを見回した。


「さな、何をきょろきょろしてるの?」


 黒いケースに入れたギターを肩にかけながら、隼人が笑う。


「かすみちゃんは?」


「え? もう帰っちゃったよ。受験生だから、勉強するって」


「……そう」


「彼女と何か話したかったの? だったらもっと早く来ればよかったのに」


 今度かすみちゃんに声をかけてみます、とマスターに言ったことを思い出しながら「話すことは特にないんだけど」と私は呟いた。隼人は不思議そうな顔をして、けれどもぱっと明るい顔をして笑った。彼はいつだって、切り替えが早い。


「俺の歌、聞こえてた?」


「うん」


 つかの間の沈黙。彼が鼻の頭を掻いてるのを見て、何か感想を言うべきだと気付く。



「――私は好きだよ」



 と言ってしまってから、慌てて「あんたの曲」と付け足した。



 私の言葉を聞いた隼人は、かけっこで一等賞を取った子供みたいに、笑った。



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