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その歌を  作者: うわの空
第一章
11/33

10

 隼人は大学帰り、つまりは夕方から夜遅くまで、ファミレスでバイトをしていた。週四のシフト制、らしい。私の仕事は夕方で終わるため、夕食は「冷蔵庫にあるものを好きに食べていいから」と彼に言われていた。しかしいざ冷蔵庫を開けてみると、野菜とか生肉とか、……つまり、調理しないと食べられないものばかりだった。


 そして私は、料理ができる人間ではなかった。



 コンビニでサンドイッチを買って帰り、それを頬張りながら、喫茶店のメニューを覚えた。マスターが、コーヒーの名前とその特徴をメモして、私にくれたのだ。字は丁寧だしとても読みやすいけど、『このお豆は、酸味があるのが特徴的よん!』などと書かれているあたりがマスターらしい。私は一人でにやつきながら、マスターのメモを読んだ。





「ただいまー」


 隼人は二十二時過ぎに帰ってきた。何か買ってきたのか、ビニール袋がガサガサと音をたてている。


「おかえり」


 私はマスターのメモに目を落としたまま、返事をした。つかの間の沈黙。……彼が部屋に上がってくる気配がなくて、私は玄関の方を覗いた。

 彼は玄関先で、花火の入った袋をブラブラさせながら笑っていた。恐らく、千円くらいのセットだろう。


「花火しない? そろそろ花火の季節も終わるしさ」


「二人で?」


「他に誘いたい人、いる?」


 私は一瞬、かすみちゃんの顔を思い浮かべてから首を振った。彼女を呼んだら、ややこしくなる気がする。


「ううん。特にいない」


「じゃ、タコ公園にでも行こう」


 彼は先ほどから靴を履いたまま、私のことを待っている。私は読んでいたメモ帳を閉じると、ゆっくりと立ち上がった。





 夜のタコ公園には、不良っぽい中高生がちらほらいるくらいで、昼間に比べると人は少なかった。蛸の遊具が下からライトアップされていて、かえって不気味な感じがする。


「公園の端っこでいいよね。目立たないし」


 私たちは適当な場所に移動すると花火の袋を開けて、安物のライターで付属品のろうそくに火をつけた。私はとりあえず、身近にあった花火を掴んで、火にかざしてみる。しばらく間をおいてから、勢いよく火花が噴き出した。


「それ、三色に色が変わるやつかなあ?」


 私の持ってる花火を見ながら彼が笑う。それから咳こんだ。どうも、花火の煙を吸い込んだらしい。私が笑っていると、赤色の光が青色に変わった。


「本当だ。色が変わった」


 数えるほどしか花火をしたことのない私は興奮していたし、緊張もしていた。彼は咳こみながらも「スパーク!」と叫び、バチバチと音が鳴る花火に火をつけた。それからこちらを見て、目を細めた。


「さな、最近変わった」


「……そう?」


「うん。一週間前はもっと、トゲトゲした感じだった。ウニみたいな」


「たとえが悪いわね」


 私が突っ込むと、彼は「失礼」と言って笑った。


「でも本当にさ、会ったころはトゲトゲだったんだ。近寄りがたいというか」


「そんな人の腕を掴んだのは、どこのどいつよ」


 私の花火が、青色から白色へと変わる。それに合わせて、私たちの顔の色も変わった。


「だって、さなに会えたのが嬉しくてさ。トゲとか気にせず掴んじゃったんだよ」


 彼は嬉しそうに、自分の持っている花火を左右に振った。火花が滝のように、地面に落ちていく。私の花火は燃え尽きて、灰が赤く光っているだけだ。私は用意していたゴミ入れにそれを入れると、新しい一本を掴んだ。彼は笑っている。



「あの約束も、守れるといいなあ」



 その言葉を聞いた私は新しい花火に火をつけながら、彼の顔を覗いた。彼は花火を見ながら、何かを思い出しているようだった。




――彼の言う約束って、なんなんだろう。




 けれどその約束を聞いたら、自分が封印していた記憶ものまで出てきそうで、怖かった。



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