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アクセサリー  作者: 真麻一花
アクセサリー 本編
9/49

9 過去 ~出会い1

 雅貴は入社当時から新入社員の中で噂になっていた。

 事務用品や実験器具の営業で出入りしている井上雅貴。

 背が高く顔立ちもよくその上社交性まであったから、入社してすぐに女性関係の噂が耳に入ってきていたように実咲は記憶している。当時実咲は雅貴に対して「顔がよくてもてるらしい」ぐらいの印象だけで興味はなかったにもかかわらず、それでも耳に入るぐらいには、その営業さんの存在は有名だった。

 実咲がいる研究室は毎日大量に使う消耗品が多いために、彼も頻繁に顔を出し、先輩や同僚が競って対応していた。

 意識し始めたのは入社一年目の半ば頃だった。

 その日、会社からの帰りに実咲は捨て犬を見つけた。


「どうしたの?」

 実咲が子犬に声をかけながら頭をなでると、その子犬はパタパタと尻尾をふってよろこんでいた。もしかしたら、捨てられる瞬間までかわいがられていたのかもしれない。そう思うと切なかった。

 一人暮らしのマンションでは飼えないとは思いつつ、せめてもと餌を買って戻ると、そこには子犬に声をかける雅貴がいた。

 時々シャーレを届けに来る人だ、という事はすぐに気がついた。たらしの営業さん。

 けれど、あまりにも関心がなさ過ぎて、実咲は声をかけたいのになかなか名前を思い出せずに苦労した。

 先輩達、この人のこと、なんって呼んでたっけ……と、実咲は必死に思い出して声をかけた。

「井上君、だよね?」

 子犬を抱き上げたまま雅貴が振り返り、実咲を見て頭をひねった。

「えっと……、実咲ちゃん、だっけ?」

 戸惑いがちな表情と声に、お互いにお互いの認識が甘いことを感じて、軽くほっとした。

 それにしても。何で下の名前で呼ぶわけ? しかも、なんで「ちゃん」付け。

 その時、親しくもないのにそんな風に呼ばれてむっとしたのと、よく名前知ってるなと感心したのを覚えている。

「そう。よく名前知ってたね」

 苦笑気味に実咲が答えると雅貴も苦笑して言った。

「俺も思った。全然話したことないし。でも名字の方は覚えてないんだよ。営業としては失格かなぁ」

「なにそれ」

 困ったように苦笑いする雅貴の様子がおかしくて、実咲は名前を呼ばれて不快になっていたことも忘れて笑った。

「やっぱり変だと思う?」

「ちょっとね」

 困ったように笑う雅貴に、実咲はからかうように笑って頷いた。

「あー、そうだ、ほら、研究室の室長さん。いつも、実咲ちゃんって呼んでるでしょ? たぶん、そのせいだ。俺のイメージで君が「実咲ちゃん」になるのは仕方ないと思う。許して」

 言いながら雅貴の目が実咲の持っているスーパーの袋にそそがれた。

「それ、ドッグフード?」

「うん。飼えないんだけど、せめて餌ぐらいあげようかと思って」

 実咲が中を見せると雅貴はちょっと驚いたように缶詰を手に取った。

「この缶、けっこう高いだろ」

 実咲はぷっと吹き出す。

「まあね。でも人の食事に比べたら安いもんだし。毎日ならともかく、今日だけだし」

 実咲の言葉に、雅貴がからかうように笑いながら、ひとさし指を立てて、わざとらしく言った。

「あんまり、いい餌食わすと、後が大変なんだぞ。あと、野良犬に餌付けも良くないよ。状況によりけりだけど、飼う気がないのなら、放っておくか、保健所に連絡」

 にこっと笑って冗談めかして言った雅貴の言葉に、実咲はパチンと手を打った。

「確かに、そうかも。思いつかなかった」

 思いがけない言葉に、実咲はなるほどと頷きながら雅貴の腕の中の子犬を撫でた。

「そうだね。教えてくれてありがとう」

 雅貴を見上げると、礼を言われたのが意表を突いたらしく少し驚いた顔をして実咲を見、そして破顔した。

「どーいたしまして」

 そういって楽しそうに笑う雅貴を見ながら、注意するでもなく、考えを押しつけるでもなく、さりげなく流せるように教えてくれた事に気付く。

 実咲の中の「井上君」の好感度が上がった。

「井上君は、その子つれて帰るの?」

「まあ、しばらくはそうしようかと思ってる」

 歯切れの悪い答えに実咲は首をかしげた。

「しばらく?」

「そう。ウチは犬三匹いてさ、一匹がけっこうな年でね、月イチで病院つれてかないとやばい状態なんだ。その上、手のかかる子犬が増えたらさすがにキツイから、里親が見つかるまでウチに泊めとく方向で」

「そうなんだ。でも、連れて帰って家の人は大丈夫なの?」

 実咲の問いに雅貴はわざとらしく顔をしかめた。

「一人暮らしだからそれは問題ないけど……しばらく家の中は恐ろしいことになるな」

 そう言うと、すぐに「まあ、何とかなると思う」と笑顔で立ち上がった。話を切り上げようとしているのが分かり、実咲もそれにあわせて立ち上がる。

「んじゃ、この子のために、がんばってね。それじゃ、このドッグフード、もらってくれる?」

「さんきゅ、もらっとく」

「グルメ犬になったらごめんね」

 快く受け取ってもらえたことにほっとして実咲が笑うと、

「その時は責任とってもらって、実咲ちゃんに時々高級ドッグフードを差し入れしてもらうよ」

と、雅貴も笑いながら返してきた。


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