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アクセサリー  作者: 真麻一花
アクセサリー 本編
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「注文は以上でよろしいですか?」

 店員が運んできた食べ物を確認すると軽く頷いて、去っていくその姿を何気なく横目に見る。

「今日、大丈夫だったか? 居眠りとかしなかった?」

 笑う雅貴が憎らしかった。誰のせいだと思っているんだと怒鳴ってやりたかったが、その勇気もない。

「居眠りはしてないけど。あんまり、大丈夫とは言えないかもね。定時のつもりだったのに、一時間も遅くなるなんて」

 苦笑いしてごまかしながら、熱いコーヒーカップに口を付けて、その香りだけ確かめて口に含むことなくカップをおく。落ち着かない。

「なんか、おかしい」

「なにが?」

「調子悪いんじゃない?」

 雅貴が手を伸ばしてきて、額に触れた。

 気持ちよかった。

 ずっと触れていて欲しい。

 その感情を抑え込んで、実咲は笑いながら雅貴の手を押し戻す。

「大丈夫だって」

 そう笑って答えながら、全然大丈夫じゃない自分がいる。自分がおかしいのは十分に分かっている。でも、それを気付かれるのはイヤでごまかす。

 そして、ごまかしながらふと思う。

 心配、してくれているのかな。

 ふと思いついたその考えに、うれしさがこみ上げてきた。

 そんな風に感じる自分が嫌だった。

 期待したら、ダメだ。

 実咲は浮かれる気持ちを必死に押さえる。

 なんでもないフリしている実咲に雅貴がつぶやくように尋ねてきた。

「今日、大丈夫?」

 雅貴のたった一言で舞い上がっていた実咲の気持ちが沈んだ。

 ほら。

 そう自分を嘲笑う。

 体を気遣ってくれてた訳じゃなく、雅貴はセックスができるかどうかが気になっていただけだった。

 否応なしに気付かされた事実。

 そうだ、雅貴は私なんて何とも思っていない。彼女って言う名前を付けた専用のセックスフレンド。

 馬鹿だな、私。わかっていても、何度も何度も期待をしてしまう。

 本当に馬鹿だよなぁ……。

「……大丈夫だよ」

 実咲は泣きそうな気分で、笑って答えた。

 これが最後だ。雅貴に抱かれる、最後の機会。

 こんな気持ちでも、こんなにダメだって思っていても、それでも抱かれたいと思ってしまう。最後なのに抱かれたいなんて、終わらそうと思いながら、セックスするなんて。

 馬鹿げているけど、せめて、最後だから。

 自分に言い訳をする。

 言い訳をしながら実咲は惨めな気持ちで自分の意志の弱さを嘲笑った。

 雅貴が食事を終えると、しばらく何でもない話をした。

 そして、ファミレスを出ると実咲の部屋に向かう。

 実咲は雅貴の少し斜め後ろを歩いていた。

 何してるんだろう、私。

 自分のしてることがむなしかった。別れようとしてる男とセックスしに家に向かっている。

 なにしてるんだろう。

 やめた方がいい。

 頭の中ではわかっていても、言い出せずに雅貴の後をついて行く。

 今言った方がいいってわかっているのに、頭の中ではセックスを終えた後に別れ話を切り出している自分を想像していたりする。

 終わったら言おう。どうせ、いつものようにセックスしてしまえば雅貴はそのまま帰るつもりだろうから。

 帰ろうとした雅貴に言えばいい。

「別れよう」って。

 そしたら、きっと「わかった」って簡単に返事が返ってくるだろうから。それで終わるだけだから。


 実咲のアパートに帰り着くと、いつものように先に雅貴がシャワーを浴びて、実咲が後でシャワーを浴びる。

 はじめの頃は、いっぱいいちゃいちゃしたなぁ。一緒にシャワー浴びたりして。たった四ヶ月なのに、もう一緒に入ることさえほとんどなくなって。一人暮らし用のアパートのお風呂なんて、狭すぎて二人では入れるような広さではないから仕方がないのだけれど、それでも無理して一緒に入ったりしていたことが、ぼんやりと思い出された。

 ……ナニ考えてんだろ。倦怠期の夫婦みたい。

 くだらないことを考えながら出ると、雅貴が笑って実咲を手招きする。

 実咲はそれに応えて当たり前のように雅貴の膝の上にのった。

 キスして、肌を合わせて、腕を互いに絡み合わせて。

 雅貴の体温を感じながら実咲は考える。

 イヤだな。別れようとしている男に抱かれて、幸せを感じるなんて。

「……んっ」

 抱かれて、抱きしめて、気持ちよさに流されて。

 まだ少し余裕のある頭の片隅で考える。

 セックスって好きだな。好きな人に抱かれて、幸せと、気持ちよさだけ追っかけてればいい。イヤなことなんて何も考える余裕もない。気持ちよさに流されて、今、このときのことだけ考えてられる。

 二人の息づかいが荒くなる。

 この時間だけが、ずっと続けばいいのに。


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