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アクセサリー  作者: 真麻一花
囚心(シュウジン) ~アクセサリー 雅貴Side~
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囚心 8

 雅貴は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。この家は雅貴にとって安全地帯であった。この家にいる間は気持ちを落ち着けることが出来る。

 雅貴は、体の力を抜き、脳裏をよぎる過去を振り切るように頭を振った。ここでなら、ゆっくり考えることが出来る。落ち着いて、冷静に。

 そうだ、考えるのは、実咲をどうやって取り戻すか、だ。

 そして、今日の出来事を思い返す。

「…………」

 思い出して、雅貴は苦い顔つきでため息をつく。

 過去よりも不快なことを思いだしてしまった。

『あの時のこと、怒る権利、あると思ってるの?』

 涼子の言葉が頭の中で繰り返される。

 冷静にというのは無理そうだった。

 むしろ、頭が沸騰しそうだ。

 今日は、ろくでもないことばかりが思い出される。雅貴はガシガシと頭をかいた。

 せっかく忘れていた、昼間のことが頭を悩ませ始めたのだ。

 せめて彼女のことは今日は忘れていたかった。思い出すだけでイライラする。どうしようもない苛立ちが沸き上がる。あの、挑発じみたバカにしたような涼子の目。彼女にはもう関わりたくない。

 とはいうものの、実咲は取り戻したい。すると、やはり涼子とは顔を合わせるしかない。

 雅貴は息を吐いて室内に目を走らせた。

 この家に入れたことがある人間は、信頼できる友人と実咲だけだ。他の女性を入れたことはない。

 他人を入れると居心地の悪いこの部屋も、実咲は自然に、当たり前のようにこの部屋にいた。彼女がいて居心地が悪くなったことはない。

 彼女が隣に座って笑う姿をもう一度取り戻したい、という思いがわき上がる。


 そういえば、と実咲と初めて会った時のことを思いだした。

 なぜ、あの時実咲を家に入れたんだろう。気付けば、不思議な物だと雅貴は思う。そもそも、女性に家を知られるような真似はしないようにしていたのに、と。

 思い返せば、雅貴は出会った時から、彼女に対する警戒心がなかった。

 犬を連れて実咲の車で送ってもらった日、家まで連れて行っても大丈夫かどうかさえ考えなかった。待たせるのが悪いからと、気にせずに家の中まで案内した。その時に警戒したのが雅貴ではなく実咲だった辺りが、今になって思い出すと笑ってしまう。

 あの時のことを思い返していて、雅貴は笑った。

 そうだ。あれだ。

 捨て犬にかまうなと俺は言ったんだ。保健所に連れて行くか、捨てておけと。

 雅貴の知っている女の反応は、「えー。冷たい!」「可哀想じゃない」とか、その場しのぎの好意に自己満足する女の反応だ。それが優しさと思い込んでいる、浅はかで身勝手な思考でしか物事を計れない女の反応しか知らなかった。

 なのに、実咲は雅貴の言葉をまっすぐに受け止めた。そして受け入れた上で、笑って礼を言った。気付かせてくれてありがとう、と。

 あれだ。

 その記憶はどこか小気味よく、思いだしただけで笑みがこぼれた。

 だから、家まで来てもらうことになっても何も思わなかった。それでなくても、元々実咲が営業にくる雅貴に興味がなさそうだったのだ。不安を感じる要素があまりなかったのかもしれない。


 思い出す実咲の姿は、どれも気持ちよくて、自然に肩の力が抜ける。今なら、思い出したくない涼子の仕打ちも何とか受け止められそうな気がした……ような気もする。

「ヒント、ねぇ……」

 溜息混じりに、苛立ちを押さえて雅貴は呟く。

 何がヒントなんだか。意味が分からない。どう見ても、ただの嫌がらせだ。実咲が涼子に何を吹き込んだのかは分からないが、相当、雅貴の印象が悪い物だったのだろう。

 実咲が他の男と合コンしていたのを見せられるとは。

 どれだけ嫌われているんだと、前途多難っぷりが、簡単に予測できる。

 実咲と会話する男の笑顔を思い出すだけでどうしようもない怒りと、焦燥感がこみ上げてきた。

『何で怒ってるの?』

 そう言った涼子の言葉が、ふとよぎる。

 この怒りの意味。自分は、実咲が他の男と話す姿を見たとき、何に怒っていたのか。

 考えてみると、自分でも意外な結論が出た。

 そうだ、嫉妬だ。

 別れても、それでも実咲は自分の物だと思っていたのだと気付く。

 彼女を他の誰かに渡す気はない。必ず取り戻す。それを邪魔された苛立ちもあったのかもしれない。

 雅貴は、笑いながら話をしていた実咲の姿を思い出して、ずきりと胸が痛むのに耐えた。

 もう、実咲は「彼女」ではない、その事実が突き刺さっていた。怒る権利など今の自分にはないのだと思い知らされた。

 何が手助けだ。

 悪意のこもった目でにっこりと笑った涼子を思い出して、雅貴は悪態をつく。

 彼女は、ただ、自分が実咲とはもう関係なくなったのだと見せつけたかっただけだ。

 イライラする。

 雅貴は不快感を吐き出すように、はぁっと、盛大に息を吐く。もう彼女には関わりたくなかった。思いだしただけで腹が立つ。だが困った事に、雅貴と実咲を問題なくつなぐ線は彼女しかいない。結局は、またそこに戻ってしまうのが、これまた腹立たしい。

 雅貴は派手に舌打ちをした。

 あの女は信用できない。これから先、また同じ事されるかもしれないと思うと不快感ではらわたが煮えくりかえりそうに思えた。


 しばらくは顔も見たくないと思っていた矢先、雅貴は、その本人から声をかけられた。

「今度は、私もちゃんと顔を出すから、一回話しをしたいんだけど」

 納品を終えて帰ろうとした雅貴は、こそっと告げられたその言葉に立ち止まった。

 振り返ったその表情は、不信感をあらわにしている。営業先にもかかわらず反射的に返してしまったその自分の顔に、雅貴はとっさに取り繕うと、話しかけてきた凉子の表情を窺う。にっこりと笑った涼子の営業スマイルに、雅貴は少なからぬ嫌な予感を感じながら、それでも渋々とうなずいた。


 やはり、うなずいたのがそもそも間違いだったかもしれないと痛感したのは、彼女が待ち合わせ場所に来た直後のことだった。

「実咲、今日も合コンに行かせてあるから」

 にっこりと涼子が笑う。

「佐藤さんが、どれだけ俺のことが嫌いなのかは、よく分かったよ」

 引きつりそうになりながら雅貴も無理矢理笑ってみせる。ここで腹を立てたら負けだと思った。営業の意地である。

「へぇ。やっぱり、井上くんでも、そういうのイヤなのねぇ」

 涼子が笑う。

「当たり前だ。好きな女が他の男と……」

「……どうして当たり前なの?」

 雅貴の言葉を遮るように、涼子がたたみかけてきた。

 涼子の顔が真顔になった。

「何が好きな女よ。自分はずっとしてたくせに。実咲の合コンなんて、かわいいもんじゃない。ただ飲むだけ、話すだけなのに。しかも今は別に井上くんと付き合ってるわけじゃないのに。フリーの実咲が何しようと、実咲がいながら散々不特定多数の女の子と関係持ってた井上くんに文句言われる筋合いはないわね。付き合っている実咲がいながら他の女と出来るぐらいだから、井上くんはもしかしたら実咲が誰と付き合おうと平気なのかもと思っていたわ。まさか、自分は浮気するけど、別れた実咲が合コン行っただけで気に入らないとか、あり得ないわよねぇ?」

 最後の一言で、いやみったらしく涼子がにっこりと笑った。



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