表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクセサリー  作者: 真麻一花
アクセサリー 本編
31/49

31

 セックスの後も帰らずに、雅貴がすぐ隣にいる。

 実咲は不思議な気分で隣に寄り添う男の存在を感じていた。いつもなら、こんなに遅い時間だと、犬たちのことがあるから、すぐに帰るのに。そう思うと、くすぐったいような、うれしいような気持ちになる。

 今日だけは、許してね。

 雅貴の肌の感触に身をまかせながら、彼の帰りを待っているだろう犬たちに心の中で謝る。

 こうして一緒にいることは心地よかった。

 普段とは違う「近さ」が生まれる。何もかも、全部がどうでもいいような感覚。許しあえるような。セックスの後の特有の近さというか。いつもなら話せないことも話せるような、そんな近さ。

 そうだ、今なら、聞けるかもしれない。

 実咲は雰囲気にまかせて訊ねてみた。

「雅貴は、どうして女の子を見下したかったの?」

 唐突な問いかけだったが、雅貴は格別驚いた様子もなく、けれど少し困ったように眉間に皺を寄せると、目を閉じて実咲に甘えるように抱き寄せた。

「……話した方がいい……?」

 雅貴が少し嫌そうにつぶやくが、抱き寄せられていた実咲にはその表情をうかがう事ができない。

「あんまり話したくないような話?」

 実咲の問いかけに少し考えていたのか、わずかな沈黙の後、彼の小さくうなずく動作が肌を通して伝わってくる。

「……そうだな。今となっては、どうでもいいし、大したことないって思えるけど……」

「じゃあ、いい」

 無理に聞かなくてもいい、そう思った実咲に、雅貴が間髪を入れず首を振って否定する。

「……実咲には、聞く権利があるよ。聞いて気持ちのいい話じゃないと思うけど。ただ、たぶん、話したら、言い訳がましくなる。俺が、今でも許せずにいることだから。それでも良かったら、話す」

 少し体を離し、まっすぐに見つめてきた雅貴の視線を受け止め、実咲は肯いた。

「聞きたい」

 雅貴がわずかな沈黙の後、覚悟を決めたように頷く。

「高校生の頃だった。父親が再婚したんだ」

 雅貴は、実咲を抱いたまま、ゆっくりと話し始めた。


「再婚相手は俺と年齢は十才ぐらいしか離れてない人だった。気分の良い物じゃなかったけど、母親が亡くなってから五年経っていたしね、小学校から高校までの五年っていうと、ものすごく経ったような気持ちもあったし。反対する理由もなかったから、普通に一緒に暮らしていたよ。

 十歳年上でもさ、結構美人だったよ。それがやたらと話しかけてくる人で、義理の息子と仲よくなろうと必死にがんばっているんだと、最初は好意的に思っていた。

 けどあの人は、俺が好意的に接していたらすぐに誘うように触ってくるようになって、最後はとうとう押し倒された。

 さすがに父親の嫁さんとどうこうなるのは気分悪いから逃げたけど。

 そしたら、今度は脅された。なんとしてでも口止めをしておきたかったんだろうな。じゃあ最初っからするなよって感じだけど、自分に自信があったんだろうな。意外と、俺が逃げたことに腹が立っていたのかもなって、今なら思うけど。

 アレでなんか、思ったんだよ。

 女って、こんなもんなんだって。

 それからかな、言いよってくる女の子達も、あの人と同じように思うようになっていったんだろうと思う。

 たぶんね、あれで、俺の足場が崩れちゃったんだと思う。

 当時俺は、親に養われるしかない子供でさ。父親に見放されたら生きていけないわけで。それを盾に取ってきたあの人の言いなりになるしかなかったのが悔しかった。

 俺は、あの人の言いなりになりたくなかった。

 たぶん、俺は女の子をあの人の替わりにしたんだと思う。女の子を見下すことで、あの人に負けた自分のプライドを取り返したかったんだと思う。

 だからそれまでは、もっと、ちゃんと女の子とも付き合っていたんだけどね。

 でも、その後は手当たり次第に付き合っていったような気がする。相手が俺の見た目だけに寄ってきているのなら、適当で良いような気がしてたんだろうな。そしたら、本当に、誰と付き合っても、全部似たようなもんだった。みんなあの人の代わりに敵視できるような女の子ばっかりだった。そういう子を選んでいたんだからしかたないんだけど。

 余計に、まじめに付き合うのがばからしくなった。

 結局俺に寄ってくる女の子は、俺の容姿が気に入っているだけで、セックスして、隣歩いていたら満足なんだよ。

 俺じゃなくても良いんだ。連れて歩けば自慢できるような男なら誰でも。

 お互い、性欲満たして、見せびらかして、持ちつ持たれつって言うの? そんな感じで。

 結局、そんな付き合いしかしなかったから悪循環っていうか。俺に近寄ってくる子は、どの子も似たようなもんだったな」


 雅貴が、思い出すように、ゆっくりと話す。

 実咲は、時々うなずきながら、口を挟むことなく聞いていた。

 雅貴が、ふっと息を吐くとすこし笑って、ぎゅっと実咲を抱きしめた。


「実咲だけが、違った。

 実咲は、始めから他の女の子とは違っていた。俺がよれよれの格好で隣歩いても気にしないし、ファミレスで良いって言うし、話しても面白いし、俺が犬ばっかかわいがっても、一緒に笑って犬かわいがってるし。

 実咲は、最初から違ってたんだ。

 そんなのは、最初から分かっていたことなのに。

 初めてまともに話したとき……捨て犬を拾ったときのこと、覚えているか? あのとき俺は実咲のした事を否定したんだ。なのにおまえは笑って『ありがとう』って言ったんだ。

 あんな風な反応した女の子は、初めてだった。

 俺はずっと実咲のことが好きだったよ。

 実咲は、最初から他の女とは違っていたんだ。

 どうして俺はおまえを試すような真似をしたんだろう」


 雅貴は、ゆっくりと、話し終えると、小さく息をつく。

 ごめん、実咲。

 実咲を抱きしめながら雅貴がつぶやく。

 実咲は何度も首を横に振った。

 かける言葉が見つからずに、ただ首を横に振ることしかできなかった。

 実咲は雅貴の言葉にどうしようもない後悔を覚えていた。

 私が、雅貴に試させるようなことをさせたんだ。

 実咲の中にその思いが、間違いないこととして、胸の中に落ちて来た。

 雅貴は、ちゃんと私を見ていた。なのに、私は自分から、雅貴が信用していない女の方へと進んでいったのだ。雅貴にとって信用が出来ない女に、私は望んでなってしまった。

 雅貴の話を聞いた実咲には、そう思えてならなくなった。

 雅貴のした事は、実咲にとって許せることではない。いくら過去のことと流そうとしても、思い出せば胸が痛む。

 それでも、雅貴だけが悪いわけではないのだと、雅貴がそんな行動に走るに至る原因を自分も少なからず持っていたのだと、そう思えたのだ。

 そのことに気付き、実咲は自分自身の愚かさに動揺していた。

 そして、悔いる雅貴をわずかながらも冷静に受け止めることが出来るような気がした。

 雅貴のことだけを悪いと思っていれば、きっとこの先付き合い続けることは難しかったかもしれない。

 自分に、何かできることがあったんじゃないのか。そう思えた瞬間から、今までのことは、雅貴だけの問題ではなかったのかもしれないと思えた。雅貴の方が多分に悪いという気持ちは今でも少なからずある。けれど、それでもこれは雅貴一人の問題ではなく二人の問題だったのだと思えた。

 雅貴が変わるだけでは、きっと同じ事を繰り返すのだ。

 きっと私にも悪いところはあって。

 そういうところに気付くことから、もしかしたら二人の関係は始まるのかもしれない。

 きっと、今までとは違う物に変えてゆける。

 私も、雅貴と一緒にいたいのならば、彼と良い関係を作るために変わらなければいけない。責めたり、求めるだけではきっと良い関係は築けない。

 こっからをスタートにしよう。

 雅貴に抱きしめられているのを感じながら、実咲はゆっくりと目を開ける。

 実咲が身じろぐと、雅貴は彼女に視線を合わせて、穏やかに微笑んだ。

 雅貴の表情と、腕の中の心地よさに、実咲の顔に自然と笑みが浮かぶ。

「……雅貴が好き」

 いろんな気持ちが胸の中にあって、今はまだ、言葉にならない。

 気付いたこと、今生まれた後悔のこと、話したいことはたくさんある。

 でも今は、もう少しだけ、この腕の心地よさに身をまかせていたかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ