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最近、涼子が気を使っているのか、いろいろと連れ回してくれる。気が紛れてちょうど良いのだけれど、一つだけ、どうしようもなく気になることがあった。
「うん、かわいい、かわいい」
凉子が満足そうに実咲を見る。
実咲は引きつりながら凉子を見て笑った。
「私ね、最近の実咲の服の感じとか、すごく好きよ。シンプルで落ち着いてるけど、ちょっとフェミニンなの取り入れてるでしょ。似合ってる」
「ありがと」
上機嫌の凉子に、一応、口先だけの礼を言って実咲は溜め息をついた。
今日も、か。
連れて行かれる先に目を向けて、まったく、凉子も飽きないものだと思う。
凉子に連れ回される先々には、やたらと男が多いのだ。平たくいうと、合コン比率が高い。当分は男の人と遊ぶ気にはなれないというのに。もちろん彼氏も当分はいらない。分かっているだろうに、変なところにまで気を回すところが涼子のいいところなのか、悪いところなのか。
「前の男を忘れるには、新しい恋よ!」
冗談めかして言っているが、あの目は本気じゃないかと実咲は思う。
確かに、女を捨てるなといわれて、その通りだと思った。経験を踏み台にいい女になってやるとも誓った。やっぱりそれには男性の目があるのが一番かもしれない。
でも、今は、ちょっといらないかな。
まだ完全には吹っ切っていないし、それは、相手の男性に失礼な気がした。
せめてもう少し。ワンクール置いて欲しい。
が。そんな実咲の心は置いてけぼりで、凉子に別れたことを報告した直後から、合コン三昧の日々である。
週一頻度ってどういう事。
この二ヶ月ほどを思い返して、実咲はざわめく居酒屋の中で苦笑いしていた。
「実咲と気の合いそうなタイプの人も、今日は来るって言ってたからさ!」
そう言って、今回は断ろうとした実咲を無理矢理メンバーに引きずり込んだのだ。
すでにできあがってる数人のメンバー。そんな連中にさらなる追い打ちをかけようとする酒豪もいる。これは、合コンというよりかは、飲み会の雰囲気だ。
でも、こういうのは気楽で良いかな。
それは、ほんの少しだけ楽しくて、けれど、ちょっと疲れてしまう。
時折盛り上げる人がいて、わっと歓声が上がって。笑うみんなに合わせて実咲も笑う。
何なの、この体育会系。
涼子の言うところの「実咲と気の合いそうなタイプ」の男が見あたらないところに、涼子が口から出任せを言ったのだろうなぁという事が想像できた。
そこはあえて追求せずに、これが涼子の厚意だと、前向きに受け取ることにした。
それにしても、と、実咲は気付かれないようにそっとため息をつく。
こんなところで何してるのかな。
この日は、やたらと頭の中が冷めていた。
普段なら、もう少し楽しめる場の雰囲気が、今日はどうしようもなく心がしらけてしまっている。
理由は分かっている。最近の雅貴の様子だ。もう、声をかけてこようとしてこなくなっていたのだ。視線を感じることもない。むしろ、避けられているようにすら感じる。
切り捨てていたはずなのに、雅貴から避けられているという事実を前にしたとたん、全て終わってしまったのだと、絶望すら感じていた。
時折心の片隅で疼いていた希望をなくし、よかったじゃないと自分を励ますも、まだ、少し立ち直れていなかった。
実咲は周りのテンションについて行けず、一人冷静に、ちみりちみりとチューハイで唇をぬらしながら、帰るタイミングを計る。
適当なところで涼子に帰ることを耳打ちすると「ちょっと待ってて」とそばにいた青年を引きずり寄せた。
「実咲が帰るって言うから、送ってってもらえる?」
「ああ、帰るの? いいよ」
青年はにこっと笑うと軽くうなずいた。
「え、いいよ、大丈夫」
涼子の行動と、立ち上がった青年にびっくりして実咲は大きく手を振る。
「気にしなくていいって。こいつは危なくないし」
涼子が笑いながら青年をばしっとたたく。
「や、そうじゃなくて……」
「まあ、酔っぱらいの言うことは聞いとくに限るよ」
実咲が断る言葉を考えているうちに青年が笑って実咲の隣に立った。
「んじゃ、気をつけてね~」
少し上機嫌で涼子が手を振った。
仕方なく実咲も手を振って「ごめんね」と青年に謝りながら一緒に居酒屋を出た。
「ごめんね、気にしなくてもよかったのに」
「いいんじゃない? 女の子が一人で帰るって言ったら、どうせ誰かついて行くと思うよ」
それはどうかなぁ、と思わないでもないが、隣の青年はにこにこと笑いながら言う。
人が良さそうだなぁ
ほんわかしたその雰囲気に、思わず実咲も笑みが漏れた。
「そう? じゃ、甘えちゃおっかな」
実咲はいつもなら断るその申し出を珍しく受け入れた。喧噪の後の、暗い一人の帰り道が寂しく感じたのだ。
涼子を思い浮かべながら、実咲はこっそりと笑う。
人を飲み会に連れ出しておいて、私が一人で飲んでる間に自分はちゃっかりと気に入った人を側にキープしてたなんて。
一緒に歩く彼は話しやすかった。涼子とは、以前からの知り合いなのだという。
飲み会での話をしながら、実咲は青年のとの会話に居心地の良さを感じていた。感じのいい青年だったけれど、駅が近づくと彼を見上げて実咲は言った。
「ここまででいいよ」
笑いかけると、彼は「大丈夫?」と心配そうに首をかしげた。
ああ、こういう人を好きになりたかったな。
居酒屋から駅までの何気ない会話や仕草、そして雰囲気で、実咲は彼に好感を覚えていた。
「大丈夫、家も駅からそんなに遠くないし」
「そう、じゃあ、気をつけてね」
笑顔で別れて、彼が見えなくなると実咲はため息をついた。
何度か連れ回されてきた合コンにもいいなって思う男の人が時折いた。それでもそれ以上の気持ちにはなれない自分。好感を覚えても、それ以上でも以下でもなく。
涼子の、男を選ぶ目は正しいと思うよ。でも、ハイそうですかと言って、あてがわれた男にふらつくことができれば、こんなに辛くないんだよねぇ。
実咲は心の中で独りごちる。
仮に「ハイそうですか」とふらついたとしても、今度は向こうの気持ちも問題になってくる。
今別れた彼なんか、最たる物だ。彼の態度を見ていれば、何となく分かる。彼は、たぶん涼子狙いだ。
実咲はくすりと笑う。
「人生ってうまくいかないな」
実咲は心の中でさっきの彼にエールを送りながら、軽く呟いた。
自分の人生はうまくいかない。
でも。
実咲は祈る。せめて、周りのみんなに、幸せが訪れますように。
周りの人が笑っていると、少しだけ、幸せをお裾分けしてもらった気分になれるから。
実咲は自分を取り巻く周りの人の温かさを思い浮かべながら、その幸せを噛み締めて、じんわりと微笑む。
そして、私も少しずつ笑顔に戻ろう。
部屋に帰り着くと、ベッドにぼふっと身を投げる。
ちょっと疲れたな。
でも、メイクを落とさなきゃ。それと、シャワーを浴びて、それから……。
何もする気も起きないまま、しなければいけないことを行動に移さないままだらだらと考えている時だった。
ピンポーン
突然呼び鈴の音がなった。
こんな時間に誰よ。
実咲は重い体を起こすとドアの外をのぞく。人影は見えるが、誰かは分からない位置に立っている。
誰だろうと、実咲はドアの前で躊躇った。
こんな時間にやってくる訪問者に対して、ドアを開くのは躊躇われた。
涼子かとも思ったが、彼女ならこんな時間に来る前にまず連絡をしてくるはずだ。
外を確かめるか躊躇う実咲の耳に、扉の向こうから声が届く。
「……実咲」
小さな声だった。
それはよく知っている声に似ていた。とても聞きたくて、二度と聞きたくない声。
まさか。
そんなはずはない、そう思うのに、実咲は震える手で鍵を開けた。
ガチャンとチェーンが張って、扉が少し開いたところで止まる。
チェーンに遮られたドアの隙間から見えるのは、二度と会いたくないと願ったその人だった。