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アクセサリー  作者: 真麻一花
アクセサリー 本編
16/49

16

 あれはいつだっただろう。

 実咲はこんな風に変わってしまった、始まりの出来事を思い返す。

 何となく雅貴に対する気持ちがくすぶり始めていた頃だったけれど、まだ友達としか思っていなかった頃。

 ファーストフードの店内で、二人で音楽か何かの趣味の話題で盛り上がっていた、その時の出来事を。


 そのとき突然会話途中に一人の女性が割り込んできた。実咲より年下だろうか。とてもきれいな子だと実咲は思った。

「雅貴」

 少しキツイ目をして雅貴と実咲をにらむ彼女に、雅貴は実咲には向けないような、優しい笑顔を浮かべて彼女を見上げた。

「こんなところで会えるとは思わなかったな」

 その時その雅貴の表情を見て釈然としない気分になったのを覚えている。

 私にはそんな風に笑わないくせに、でれでれして。

 そんな風に思ったような記憶がある。

 割り込んできた彼女は前置きもなく嘲るように言った。

「この人とも付き合ってるの?」

 雅貴は苦笑して彼女を見上げていた。

「彼女はただの友達だよ」

「嘘。新しく付き合ってる子がいるって聞いたのよ。ずいぶんとランクを落としたのね」

「だからそれは別の子。そんな事で嘘はつかないよ。あっちの彼女は君とは違ったタイプの美人だよ」

 二人の会話を聞きながら、胃が重くなったような気がした。

 彼女が実咲に対して向けた暴言を、雅貴は否定すらしなかった。

 それに対して腹が立つのとは違う、けれど気分でも悪くなったように胃がむかむかした。けれど実咲はなんでもないふりをして立ち上がった。

「二人で話す時間が必要そうね。私は帰るから」

 雅貴は引き留める素振りすらせず、頷いた。

 帰る準備をする時間が、やけに惨めに思えたのを覚えている。帰り際、「じゃあ」と目配せをした実咲に、雅貴が声をかけた。

「ごめん、後で連絡するから」

 実咲は頷くと、なんでもないフリをしてその場を去った。

 なんでもないふりして歩きながら、惨めさに唇を噛んだ。

 確かに私はさっきの彼女みたいに美人じゃない。メイクなんてみっともなくない程度にやってるだけだし。可愛い格好なんてしてないし、色気なんてないし。

 言葉にして考えていると、余計に惨めだった。

 きれいにメイクをして、きれいにセットされた髪、高そうな可愛らしい服の彼女を思い出した。

 きれいな子だった。

 そして自分をもう一度省みると、溜め息がこぼれた。

 歩きながらふと横を見る。

 地味で、華やかさの欠片もない自分の姿がガラスに映っていた。

 その日の夜、雅貴から連絡があった。彼女の暴言をいさめなかったことをまず謝られた。あそこで彼女を諫めると、余計にひどくなると思ったからだと弁明した上で、それでもイヤな思いをさせたはずだから、と、ひたすら謝ってくれた。

 実咲は笑って「その判断は正しいと思う、気にしなくて良いよ」と答えた。

 笑いながら答えたその言葉は、確かに本心ではあったが、それでも惨めだった。


 その時はどうしてか自分でも分かっていなかった。

 けれど今になって考えれば、それがきっかけだったように思う。雅貴が女と一緒にいるのを見るたび、聞く度に苦しく感じるようになってきたのだ。

 自分に見せない笑い方、自分に向けられない優しい声。それを自分以外の女に向けられているのを見ると苦しく感じるようになった。

 どうして自分にはあんな風に笑ってくれないんだろう。どうして自分にはあんな優しい声をかけてくれないんだろう。

 そう考えれば考えるほど辛くなっていった。

 私もあんな風に笑いかけてもらいたい。

 いつの間にかそんなことを考えるようになっていた。


 あのとき私が求めていたそれは、ただの軽薄なだけの笑顔だったのに。優しい笑顔ではなく、ただ優しそうなだけの上っ面だけの笑顔だったのに。そんなことにも気付けず、あの時どうしてもその笑顔が欲しかった。あの笑い方を向けられない自分は女としてダメなのだと思いこんでしまった。

 思い返すと苦笑いが漏れた。

 それからだった。実咲が服装や化粧に気を使い始めたのは。

 少しずつ、少しずつ、自分を変えていったその頃が思い出された。

 メイクを丁寧にするようになった。味気ないTシャツを着ないようになった。それまで手をつけていなかったアイメイクを始めて、ただ塗るだけだった口紅にグロスを付けたりラメを入れたりして雰囲気の違いを出すようにして……そうして少しずつ小さなメイクのテクニックを積み重ねていった。

 自分の目にも以前との違いが明らかに分かるほどになったのは、雅貴を気にし始めて2、3ヶ月は経った頃だった。鏡の前には雅貴が付き合う彼女達のようにきれいにメイクをして髪を整え、ブランド物の服に身を包んだ実咲がいた。

 増えていった化粧道具、ブランド物の服や小物。

 これで雅貴の周りの女の人に引け目をとらずにすむ。

 そう思うと実咲は満足だった。

 そして実咲の変化に伴って雅貴の態度も少しずつ変わってきていた。

「なんか最近、雰囲気が変わった」

 初めの頃はそんな風に訪ねられたりもした。そのたびに、

「最近、何となく興味が出てきてね。こういうのかわいいからやってみたくなったんだ」

 と、ごまかしていた。

 そして実咲が少しずつ新しいものを取り入れるたびに、雅貴は気付くと「いいね」とほめた。

 結果、実咲は半ば有頂天になって自分を飾りだした。

 その頃には、もう実咲も自分の気持ちに気づいていた。

 私は、雅貴が好きなのだ。

 雅貴に、自分を見てもらいたい。女として見られたい。

 気付けば尚のこと実咲の中でその気持ちは日々大きくなっていった。

 そして、ある日、ついに雅貴が言った。

「なんか最近、すごくかわいくなってない? いいかんじ。その方が絶対いいって」

 そう言って向けられた笑顔。

 それは雅貴が彼女たちに向けるような優しい笑顔だった。

 欲しかった笑顔が向けられた。そう思うと興奮が体を駆け抜けた。

 雅貴が私を認めた。

 実咲にはそう思えた。

 友達というポジションは変わらなかったが、雅貴の実咲を見る目は確かに女に対する目になっていた。

 しかしその頃から、雅貴の女に対する薄情さが目につきだした。

 それまで眉をひそめることがなかったわけではないが、それでもほとんど気にしたこともなかったことだ。

 なのにその頃になって突然気になりだした。

 それは自分には関係なかった雅貴の女に対する対応が、自分にとって関係ないものではなくなっただけなのかもしれない。

 事実、雅貴が同時に数人の女と関係を持っていたところで、今までなら実咲に関係のないことだった。「あんた、そういうの、よくないって」軽く笑ってやめなよと注意するだけでそれ以上のことはなかった。

 けれど、雅貴を男として気にすれば気にするほどそういう軽薄さがイヤでたまらなくなってきた。女を自分の脇の添え物ぐらいにしか思ってないように、取っ替え引っ替えして彼女を変えていく。そんな態度にたまらないほどの嫌悪感を覚えた。

 女として雅貴に認められれば認められるほど、雅貴にとって自分が替えのきく存在になっていくように思えた。自分もセックスをすれば、雅貴にはもう用済みになってしまう、そう思えた。

 そんな雅貴の一面を、実咲はその時になって初めて実感したのだ。


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