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キスはあいさつ、SEXは遊び。
そんなこと、分かっていたのに。
でもそんな男の行動一つに、浮かれて泣いて……バカみたい。
実咲はあふれてきた涙を無造作にぐいっと拭った。
「ほんと、バカ……」
涙で震える声で呟いた。
分かっていたのに、そんな人だって。
でも、それでも信じたかった、自分だけは特別だと。
嫌なことから全部目をそらして、耳をふさいで、考えないようにして。
そこまでバカなふりをして自分の手の中にある幸せを守ろうとしたのに、それさえもさせてもらえない。
バカみたい。
涙をこらえようとして、喉がこらえきれないくらい痛みを増した。
泣きたくなんかないのに、涙があふれ、喉の痛みに耐えかねてしゃくりが上がる。
悲しくて、辛くて、惨めで。
それでも、たまらなく好きな気持ちが変わらずあって、そんな自分がたまらなく嫌で。
後から後から涙が込み上げてくる。こらえようとすればするほど、激しく押し寄せてくる。
自分と付き合っているはずの雅貴が、彼好みの美人と抱き合ってキスを交わしている。最近、彼の周りで見かけていたきれいな人。
実咲は凝視していたその場面から目を背け、また来た道を逃げるように駆け戻った。
目に焼き付いたその映像から逃げたくて、頭から消してしまいたくて。
けれど、いいかげんに終わりなんだと思い知らされて、それが嘘であってほしくて。
……全部から、逃げ出したかった。
絶対に後ろは振り向かない。
見たくもない。キスをしている二人の姿なんか。
キスの後、雅貴は彼女の腰を抱き寄せ、きっとそのまま恋人のように寄り添って歩くだろう。そして当たり前のようにホテルまで誘うのだ。そう、実咲にするのと同じように。
だから見なくても簡単に想像がついた。
いま実咲と付き合っているからといって、そんな言葉だけの関係に意味なんてないのだから。雅貴にとって付き合っていようがいまいが、セックスさえできれば実咲もキスをしていた彼女も同じなのだろう。
そして自分だけは特別だと自分自身に思い込ませてのこのことついて行った実咲のように、彼女も誘われるままについて行くのだろう。
雅貴、セックス好きだよね。
実咲は心の中で皮肉に呟く。自嘲めいた笑みが口端に浮かんだ。
なんで、あんな人を好きになったんだろう。
それは今までにも、自分に対して繰り返し問い続けていた事。今更答えがでるはずもなかった。
理屈ではないのだろう。だから尚更想いを変える術を見つけられないのかもしれない。
「あんなバカ、どこがいいのよ」
声に出して自分を責めて、けれど思い浮かぶのはそんな最低な男と自分以外の女のキスシーンだった。
胸を占める気持ちは悔しさでも腹立たしさでも怒りでもなく、ただ自分を襲う悲しさと、胸が痛くなるほどの辛い思い。
その事がこらえようもないほど悲しくて辛くて、ただ涙があふれた。