1 愛されない王妃
――どうして、私はいつから間違えてしまったの。
ルバーニ王国の王妃マデリーンは、もうすっかり住み慣れた王妃宮で深いため息をついた。
ブロンドの髪は色褪せてパサつき、綺麗だった菫色の瞳は暗く淀んでいた。王国でも類を見ないほどの美貌を持っていた彼女も、今や五十を過ぎている。
マデリーンは年の割には老け込んでおり、疲れきった顔をしていた。
その理由は明白である。
「陛下はきっと今日も側妃のところにいるのでしょうね……」
結婚してからというもの、夫である国王が自分の元へ訪れたことは一度もない。
後宮に側妃を囲い、マデリーンの代わりに彼女と夜を共にしているのだ。
マデリーンは広いベッドの上で、今までの人生を振り返った。
公爵家の令嬢だったマデリーンは、舞踏会で会った王太子に一目惚れした。
両親からの愛を得られなかった彼女は、彼を運命の相手だと信じ、執着するようになった。生まれてから誰にも愛されなかったせいか、マデリーンは彼に代わりの愛を求めるようになった。
運命の出会いだと信じて疑わなかった。
しかし、行き過ぎた愛は彼女を狂わせ、残酷な人生へと導いた。
許せなかった、彼に少しでも気にかけられた令嬢が。
認めたくなかった、彼が自分ではなく他の女性を愛していることを。
マデリーンは激しい嫉妬に駆られ、相手の令嬢に危害を加えた。
そして、最終的には彼の愛する女性を追い出すような形で婚約者の座に収まった。
マデリーンは愛する彼の婚約者になれたことで、幸せの絶頂にいた。
婚約するまでの経緯は複雑だったが、結婚すれば彼も自分を愛するようになるだろうと信じていた。
しかし、そんなマデリーンの期待は儚く散った。
王太子は結婚初夜からマデリーンに指一本触れることなく、彼女を放置した。
マデリーンは当然激怒したが、彼は愛する女性に危害を加えた彼女に容赦しなかった。
夫の国王とマデリーンは結婚してから三十年が経つが、一度も夫婦の営みをしたことがなかった。
そんな状態では子供などできるはずがなく、夫は結婚からすぐ側妃を後宮に迎え入れた。
――なんと、その側妃はマデリーンが追い出したはずの彼の最愛だった。
側妃として王宮に上がった彼女は、すぐに妊娠し、王子を産んだ。
王妃より先に側妃が懐妊したせいで、マデリーンの立場はなくなった。
お飾りの妻、子を産めない惨めな王妃。今までの悪事の報いとでもいうかのように、彼女はあらゆる罵詈雑言を浴びせられた。
苦痛に満ちた結婚生活を思い浮かべ、マデリーンは呟いた。
「どうしてこうなったのかしらね……」
全て自分のせいだとわかっているが、後悔したところで遅すぎた。
あまりにも多くの罪を犯しすぎている彼女には、もはや夫の関心が向くことはありえない。
三十年もの間夫を愛し、彼を待ち続けていたが、最後の最後まで願いが叶うことはなかった。
彼は今も、愛する側妃の元にいて、彼女との間に生まれた子供と温かい家庭を築いている。
愛する男が別の女性と共にいる姿を想像したマデリーンの目から一筋の涙が流れた。
こんなことになるのなら、最初から彼と結婚などするべきではなかった。
今になって悔いたところで、どうすることもできない。
彼の訪れがないことをわかっているマデリーンは、そのままベッドに横になった。
夫が彼女の部屋に入ったことは一度たりともない。普段から必要最低限の会話しかしない日々に慣れてしまい、もはや今となっては彼の愛する彼女を追い出そうという気にもなれなかった。
あのときと違い、マデリーンの危害が加わらないよう、彼女と生まれた子供には何人もの騎士が付けられている。
その事実が、彼が彼女を深く愛しているのだということを如実に表していた。
二人の間に生まれた子は既に成人し、彼から王位を継承するための準備を始めていると聞いた。
彼女は夫の愛だけではなく、次期国王の座まで全て側妃に奪われてしまったのである。
仲の良い王と側妃。二人の間に生まれた優秀な息子。マデリーンがいなくとも、王国の未来は明るかった。
側妃と違い、マデリーンは誰からも必要とされていなかった。
今日も変わり映えのない日々を過ごし、一日の最後に彼を思って眠りにつく。
明日が来るのが憂鬱でたまらない。国王が崩御し、側妃が皇太后になったら自分はどうなってしまうのかという不安に押しつぶされそうになる。
「………どうしようもない、最低最悪な人間だったなぁ」
自分の今までの悪事を振り返り、マデリーンはようやくそのことを自覚した。
もし、もう一度だけ人生をやり直せるのなら――
今度は悪いことなんてせず、真っ当に生きるのに。
そんな叶うはずのない願いを抱きながら、マデリーンは目を閉じた。
――再び目を覚ますと、三十年前に時が巻き戻っていた。
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