21話
私はまたも、ベッドの上で放心していた。もう何時間こうしているか、自分でも分からない。
"そうだよ"
殿下のその、たった四文字の短い答え・・それは私にとって、これまでの13年を覆す、衝撃的すぎるものだった。
(好きって・・いつから?)
妃になるのは以前からの決定事項って言ってたけど、それっていつからの事なんだよ。
"あいつが受けた一生消えない傷の分、俺は一生をあいつに報いると決めたのだ"
あれって、護衛として一生雇ってやるって意味じゃなくて、結婚して一生一緒にいるって意味だったのか?
「え・・ちょっと待てよ」
私が傷を負ったのって、入学して割とすぐのときだぞ? そうだ。そういえばもっと前にも、似た様なこと言われたことあった気がするぞ。あれはいつの事だったっけ・・?
"お前は子分で僕が親分! 親子の関係に例えてそう言うの!"
脳裏に蘇ったのは、まだ幼いジオラルド殿下と、あの方と手を繋いだ私。
"僕は一生、お前の面倒を見るから・・だからお前もこの先ずっと・・僕の側にいるんだ"
「え・・!?」
フラッシュバックした記憶に、私は驚いて飛び起きた。そうだ、あれはあの事件があった後すぐのこと。つまりまだ6歳の頃の記憶だ。
まて。この先ずっと側にいろって、それって親子の契りみたいのじゃなくて、プロポーズってこと!? まてまてまてまて。嘘だろ? 「以前からの決定事項」って、まさか13年も前のその時から始まってたりする?
もしもそうだとしたら・・
"実はその・・私、結婚しようかなぁ、なんて思ってまして"
「うわぁ・・」
私は青ざめた。いくら知らなかったこととはいえ、13年も前から想ってくれてたかもしれない殿下に対して、軽いノリでなんちゅうこと言ってんだ。殿下が可哀想すぎるよ! あの時の無邪気なアホ面してる自分、締め殺してやりたいわ。そういやあの時のマクシム様、すっごい冷たい目してたけど、あれこういう気持ちか!
でも、どうして殿下は今まで一言も、そうだと言ってくれなかったんだ? これだけ一緒に居たんだから、当然分かってるだろうってこと?? 分かんないよ私。だって殿下の言うとおりアホだもん!
"俺の妃になるのが、そんなに嫌か"
「いやいやいやいやいや! そういう訳じゃないんですって!! ただほんとに全く気づいてなかっただけなんですってぇ!! ごめんなさいぃぃぃ!!」
記憶の中の殿下の視線が、私の良心をチクチクと突き刺してくる。一人で言い訳を叫んで悶絶した。私がアークと結婚するって言い出したとき、殿下はそれをどんな気持ちで聞いていたのかと思うと、苦しくて死にたくなった。胸を押さえてベッドの上を転げ回り、頭を掻きむしったあと・・壁にかけられた鏡に映った、髪ボサボサの自分と目が合う。
殿下の言うとおり、お世辞にも綺麗ではない。あの輝くばかりに美しい、セレーネ様の足元にも及ばない。
「なんで・・脳筋だ男女だって、ずっと言ってたじゃないですか・・」
どうして? どうしてそんなに長い間、私なんかを────・・
その時、すごく控えめに、寝室のドアが開いた。僅かに響いたカチャ・・という音に気づいてそちらを振り向くと、ドアの隙間が押し広げられ、怯えたような表情をした侍女が、こちらを覗いて顔を出した。
「・・・・あ、あの・・エレン様、どうかされましたでしょうか・・?」
・・・・そうか。一人で叫んだりしてたら、怖いよな。
「あっ、えっと、なんでもありません!」
「もしご気分がよろしいようでしたら、朝食のご準備も整っておりますが・・」
「あっ、そうなんですね! そういえばお腹がすいたな! さっそく頂こうかなぁ!」
これ以上考えたら本当に死にたくなる。とりあえず気分転換しよう。殿下には後で猛烈に謝罪するしかない。でもなんて言う? 私のこと好きなのに気づかなくてごめんなさいって? あのプライド高い殿下に、そんな上からな謝り方で大丈夫か? いや、だめだろ多分。それに私、他にも殿下に酷いこと・・
"貴方と居るのが、もう辛いです"
「ぁああぁぁぁぁ!! 死にたいぃぃぃ!!」
「エレン様! お気を確かに!」
「ご気分が優れないなら無理なさらなくて結構ですから!」
「何をやってる」
その声にハッとして振り返った。そこには侍女の一人に付き添われた、ジオラルド殿下が居て────。
で・・殿下だ。
どうしよう。なんて言えばいいんだ?
それにそういえば私、ネグリジェのまま着替えもまだだし、髪もたしかボッサボサで・・とても妃とは思えぬような出立ちだぞ・・? 私は慌てて髪を押さえ、みるみる青ざめた。
「あ・・あの・・私、色々、すいませ・・」
すると殿下は、ふぅ、とため息をついた。
「ありえんくらい頭ボサボサだぞお前。どんな寝相してるんだ? 相変わらずしょうがない奴だな」
その呆れたみたいな目が・・いつもの殿下みたいで、正直少し、ほっとしたんだ。
なのに。
「ジオラルド殿下。お食事はご一緒にご用意致しますか?」
「いや、いい。俺はもうとった。少し様子を見に来ただけだから」
「かしこまりました」
「エレン」
「はっ・・はいっ!」
「明日の午後は休みを取るから、一緒に出かけよう。久々に街を散策しないか」
「えっ・・は、はいっ」
「言っておくけど護衛としてじゃないぞ。剣は持ってくるなよ」
「は・・い」
唖然とした私を置き去りにして、殿下は部屋から出て行った。しばらくすると、周りにいた侍女たちが、きゃーという歓声をあげた。
「デートですわ!」
「腕によりをかけてお洒落しなくちゃ!」
「でも街へ出るなら露出は控えた方がいいわよね。あまり華美な宝石類も」
「じゃあこのレースのヘアバンドはどう? ドレスはフリルいっぱいの甘めのやつで」
「襟付きのスリットドレスとファシネーターハットで大人っぽく仕上げるのもいいわよね」
「エレン様、お城で暮らしはじめて初のデートですもの。楽しんでいらして下さいね」
「で・・殿下と・・デート・・?」
嘘だろ・・デートって、何をどうやるもんなんだ? 私のデート経験って、アークと酒場でご飯食べただけだぞ? しかも殿下とこんな気まずいことになってるときに、一体どんな顔して会えばいいっていうんだ。
デート怖い。もう逃げたいよ────!
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「また何を項垂れてるんです?」
マクシムがまた、ウジ虫を見るような目で俺を見てる。だけど泣かないだけマシだと思ってくれないか。
「エレンにめちゃくちゃ怯えた顔された・・」
「あ、そうですか。そんなことでいちいち落ち込んでないで、仕事して下さい。明日の休み無しにしますよ」
こいつ・・俺がどれだけ拗らせてきたか知ってるくせに、鬼なのか? まぁ、対して心配されないからこそ言えるってのもあるんだが。
「それとも何ですか。・・また先延ばしにしますか?」
「・・する訳ないだろ」
俺が睨むと、マクシムは動作だけで、執務机を手で差し示した。本当に嫌な奴だな、こいつ。
"貴方と居るのが、もう辛いです"
これ以上先延ばしになんて出来るわけがない。俺はもう引導を渡されてるんだ。13年一緒に居て・・あんなに怯えた顔されるんだから。
最後にあいつに、ちゃんと気持ちを伝える。
本当はずっと、女の子の格好をしたあいつと、街を歩いてみたかった。俺の相手はこの女なんだと、周囲に知らしめたかった。普通の恋人同士みたいに。
だから最後に、今まで出来なかったことをする。伝えられなかった言葉を伝える。それで全部終わりにしよう。
あいつを俺のところから解放する。あいつがそれを望むなら・・
書類にサインする手が震えているのに気づいた。こんなにも明日が来るのが怖いなんて、エレンが意識を失っていた、あのとき以来のことだな────。




