優先するのは……
手慰み第数弾であります。
お楽しみいただければ、幸いであります。
婿入りする筈だった伯爵家から、正式に契約を白紙にする旨が、通達された。
可もなく不可もない子爵家の三男坊の子息は、困惑した。
伯爵家の長女との縁談は、伯爵家と子爵家のある事情から気が合い、その事情が幸いして実現した。
伯爵家の方々にも、こちらの事情を納得してもらった上で縁談が進み、令嬢が成人したら結婚する事になっていた。
婿入り先が突然消えた子爵子息は、慌てて伯爵家に先触れを出し、令嬢との面会を申し出た。
そして、突然の婚約の解消の理由を問いただした。
「理由も、子爵家に通達済みと、聞き及んでおりましたが……」
「聞いていません」
不思議そうに首を傾げた伯爵令嬢に、子爵子息ははっきり答える。
理由を知る前にやって来てしまっただけだが、指摘されて焦る子息に気づかず、令嬢は答えた。
「弟の病に回復の目処が、立ちましたの。わたくしが伯爵家を継ぐ必要が、なくなったのですわ」
唖然とした子息に、令嬢は輝く笑顔を見せた。
「わたくし、お嫁に行けるんです。あなたも、肩身の狭い思いをしなくて、良くなったのですよ」
「そ、そう、ですね」
手放しに喜ぶ令嬢を前に、子息は乾いた笑いを向ける気力しか、なかった。
本当に、タチの悪い婚約者だったのだなと、伯爵子息は屋敷の二階の自室の窓から、姉の元婚約者が辞す後ろ姿を見下ろしながら思った。
元々、姉とあの子爵子息の縁談がまとまった理由が、身内にそれぞれ不治の病の者がいる、と言う共通点があったからだ。
伯爵家は嫡男の自分が、子爵家は夫人の妹の娘の男爵令嬢が、この世界ではまだ、根治法がない病で苦しんでいた。
実際、前の人生での今頃、伯爵子息は生死の境にいて、姉が婚姻に漕ぎ着ける前に、命を落としていた。
今回、回復どころか、後継ぎに返り咲くまでに至ったのは、前の人生で口伝された虚弱な伯爵子息の知識を、今人生で前倒しして研究し、病の根治を実現してくれた、顧問医のお陰だった。
伯爵子息には、日本と言う国の片隅で、闇医者をやっていた記憶がある。
元々優秀な医師だったが派閥争いに負け、病院を去った後、裏稼業に落ちた経緯がある。
良心を無視して様々な事をやっていた報いが、虚弱な子息への転生だったのだろうと、自分では納得していた。
この世界では、前世の記憶を持ち、有意義な知識を伝えられる人材には、国から補償が出るらしいが、子息は黙ったまま、この人生を終えるつもりだったのだが、皮肉にも姉の婚約者の事情を知ったのをきっかけに、国への報告を決めた。
同じように、病に苦しむ令嬢を、元気にしたい。
その一念が、余命がない令息に火をつけ、顧問医となった男と、その弟子に、持っていた全ての知識を伝えて、満足して息を引き取った。
と思ったのに、息苦しさで目を覚ました。
前の人生と変わらない、虚弱な体だ。
ああ、まだ報いは足りないのかと、この世界の唯一神を頭に思い浮かべる。
女好きの獣神だから、令嬢を救うために知識を使えば、慈悲を貰えると考えたのだが、甘かった。
と嘆いたものだったが、ある事がきっかけで、違うと確信した。
まだ、国に前世の記憶持ちの申請をしていないのに、顧問医が伯爵家を訪ねて来たのだ。
「あなたの事は、誕生の報告と同時に、申請しておきました」
「は?」
「今度こそ、あなたの病を治し、伯爵家を継いで貰います」
矢継ぎ早に言い切った顧問医は、子息が世を去った後の出来事を話してくれた。
男爵令嬢も、伯爵令嬢が子爵子息と婚姻後、数年で世を去った。
小伯爵夫妻は、嘆き悲しんだが、それと前後して、小伯爵に隠し子が発覚したのだ。
「男爵令嬢との間に、ではありません。彼女の家の使用人が、そのお相手でした」
「? 男爵令嬢の見舞いに行って、使用人とねんごろになっていた、と?」
「男爵家も、未婚の娘の寝室に、身内とは言え男を入れるような非常識なことは、していませんでした。あなたから要望されて、国から派遣した医師も、女の看護師を同行しておりましたから」
小伯爵は、事実が判明した時、ヤケクソ気味に言った。
「あんなに心配していたのに、一度も二人きりで会ってくれなかったっ。だから、仕方なくっ」
?
どこに、だから以降の話が繋がる?
目が点になった伯爵子息に、顧問医は真面目に頷いた。
「要領を得ないので仕方なく、伯爵は彼に離縁を申し出、伯爵家を追い出しました」
慰謝料を請求されたが、それは元小伯爵が手をつけた使用人とその子に渡るよう手続きし、令嬢に戻った姉は、親戚から養子をとって養いつつ、伯爵家を支える人生を送った。
「ご存じの事だったと思いますが、私の弟子とお嬢様は、思い合っておりました」
「……ああ」
「弟子はっ。前回出遅れましたっ。お嬢様の婚約の前に出会っていればっ、絶対に、あのような不幸は、起きませんでしたっ。ですから、私はっ」
「あ、すまん。もう、出遅れだ」
顧問医の力説を、伯爵子息は申し訳ない気持ちで遮った。
「僕の主治医、男爵令嬢の主治医でもあるんだ。子爵子息とも既に、会ってる」
「はあっっ?」
顔を引き攣らせた、中年医師を見つめながら、ぼんやりと考えた。
前回は、身近な女全員、幸せとは言い難かった。
やり直せと言わんばかりな巻き戻りは、そのせいかもしれない。
姉の婚約は、止めなかった。
男爵令嬢との縁を、深めたかったのだ。
その間に、自分の病は回復していき、後継ぎとしての勉強も、できるようになった。
伯爵家にしがみつきながら遊ぶ気だった子爵子息は、婚約解消の前に、男爵家からも出禁を食らっているらしい。
勉強途中、お茶を淹れてくれた婚約者が、そう教えてくれた。
「わたくしの見舞い後、長く屋敷に居座っていたそうです。わたくしの全快を知られては、何か間違いが起きそうだからと、父は申しておりましたわ」
闘病中に文通を始め、意気投合した男爵令嬢と伯爵子息は、回復してからも交流を続け、いつのまにか両家公認の仲になっていた。
姉も、顧問医の弟子に告白され、嫁入り出来ると喜んでいるし、今回はいい話に収まりそうだ。
だが、いいのだろうか。
前世の因縁を引きづっている身としては、このうまい具合の幸せが、居心地悪いのだが。
まさか、これを罰だと言わないだろうな?
婚約者を病弱な知り合いと秤にかけて……と、言う話のつもりが、また迷子です。




