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第九話 鼻折れ仮説、格上じゃなきゃダメなのか?

俺の名前はリーン・ボーン。世間からは“鼻折れ王子”と呼ばれている。子供の頃からやたらと転んでは鼻をぶつけ、鼻水を流していたせいだ。

俺自身も否定はできない。だが本当の理由を知っているのは俺だけだ。鼻が折れるたびに、俺にはランダムで「スキルガチャ」が回る。便利なスキルが来ることもあれば、ゴミみたいなスキルが出ることもある。兄や家族、村人たちはもちろん、誰にも話していない。俺だけの秘密だ。


兄ギータは王都のエリート校シー・オタール学園に通っている。先日の鑑定で三属性持ちと判明し、村人たちの誇りとなった。そんな兄がしばらくの休暇を終えて、王都に戻る日がやってきた。


村の広場には人が集まり、馬車の前で兄を囲むように歓声が上がっている。子供から老人までみんな笑顔だ。

「ギータ様、また一段と立派になられて!」

「王都でのご活躍をお祈りしていますぞ!」

「村の誇りだ!」


兄は光り輝くような笑顔で答える。その姿は誰が見ても英雄の卵だ。俺は人混みをかき分けて兄の前に立った。


「兄上! また模擬戦しような!」

「もちろんだ、リーン。また強くなってから挑んでこい」


兄は俺の肩を叩いて馬車に乗り込む。最後に振り返り、軽く手を振った。その姿はやはり眩しかった。俺は必死に手を振り返しながら、胸の奥で呟いた。

(今度会うときには、俺ももっと強くなってる。鼻が何本砕けてもな!)


馬車が走り去り、兄の姿が見えなくなると、周囲の空気は一気に日常に戻った。村人たちは解散し、それぞれの仕事に戻っていく。俺は拳を握りしめた。


(よし……新しい仮説を試すときだ)


兄との模擬戦で木剣が鼻に直撃したとき、俺は初めて《身体能力強化》というマトモなスキルを引いた。それまでの《早寝》とか《鼻歌集中》なんてふざけたスキルと比べて、明らかに実用的だった。そこから俺は一つの可能性を考えたのだ。


(自分で鼻をぶつけるより、他人に殴られた方が強いスキルが出やすいんじゃないか?)


それを確かめるには、同年代との模擬戦が一番だ。


俺は村の同い年の少年、スーガルに声をかけた。

「なあ、模擬戦しようぜ」

「は? また? ……リーン、お前いつも鼻折って泣いてるだろ」

「ち、違う! 今回は修行なんだ! 絶対に意味がある!」


スーガルはしばらく唸った後、「まぁいいけど」と木剣を手にした。


案の定、村人たちは面白がって広場に集まってきた。

「鼻折れ王子がまた挑戦だ!」

「今度は同年代同士か。いい勝負になるんじゃないか?」

「いやいや、どうせまた鼻折れて終わりだろ」


お前ら、人の鼻をなんだと思ってる。


父バーバリーも母キヨルも見に来ていた。父は豪快に笑いながら、「よし、やれ!」と親指を立てる。母は心配そうに俺の顔を見つめ、「また鼻を折るの……?」と呟いていた。俺は鼻を押さえながら必死に笑顔を作った。


父の号令で試合が始まる。


俺とスーガルは木剣を構え、じりじりと距離を詰める。観客のざわめきが耳に入る。

(よし……今回は自分からじゃなく、相手に鼻を殴らせるんだ。そこで強力なスキルが出れば、仮説は証明される!)


俺はわざと隙を作って突っ立った。

「来い、スーガル!」

「な、なんだその余裕……!」


スーガルが叫んで木剣を振り下ろす。俺は動かずに受けた。


ドガッ!!

「ぎゃあああ!!!」


激痛とともに脳裏に声が響いた。

《無属性スキル:木剣を握ると少しすべりやすい》


「……は? マイナス効果じゃねぇか!!」


観客は大爆笑。

「今の声なんだ!?」

もちろん彼らには“声”なんて聞こえていない。ただ俺が転げ回って叫んでいるようにしか見えない。


俺は鼻を押さえながら立ち上がり、再び突っ込む。

「次だ! 次は当たりが出る!」

「なんの話だよ!?」スーガルは困惑していたが、俺の勢いに押され再び木剣を振る。


ゴッ!

「ぎゃああああ!!」


《無属性スキル:斬ると“シャキン!”と小声の効果音が鳴る》


「……いや確かに剣っぽいけど、戦力にならねぇぇぇ!!」


俺は地面に崩れ落ちた。観客は腹を抱えて笑っている。

「鼻折れ王子、ついに幻聴か!」「修行ってそういう意味なのか!」


結局、試合は泥だらけの引き分け。父は笑い転げ、母は顔を覆い、スーガルは「なんか怖ぇよ」とつぶやいていた。


夜、布団に潜りながら俺は今日のことを考えた。兄に殴られたときは身体強化という使えるスキルが出た。スーガルに殴られたら、剣関連とはいえ役立たないスキルばかり。


(もしかして……相手との“レベル差”が必要なんじゃないか? 格上に殴られることで、俺は実戦的なスキルを得られる。でも同じレベルの相手じゃ、ただのハズレばかりだ)


そう考えると、答えは一つしかない。この村で俺より明らかに強いのは父くらいだ。だが父は領主として忙しいし、毎日殴られ続けるわけにもいかない。


なら――村の外に出るしかない。もっと強い相手と出会い、もっと多く鼻を折られて、俺は俺だけの力を掴むしかないんだ。


俺は鼻を押さえながら拳を握った。

「絶対に兄を追い越す。英雄になる……鼻が何度砕けても!」


痛みとともに、その誓いが胸に刻まれた。俺の鼻折れ修行は、新たな段階へ突入する。村を飛び出し、強者と出会う旅へ――。


俺の鼻は、まだまだ折られ続ける運命にある。

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