第四話 兄、シー・オタール学園へ
俺の名前はリーン・ボーン。
鼻が折れるたびにランダムでスキルを得る無属性。
世間からは“鼻折れ王子”なんて呼ばれ、村の子供からも「リーン兄ちゃん鼻大丈夫?」と心配じゃなくネタにされる始末。
これも全部あの髭モジャ神のせいだ。
その一方で――兄ギータ・ボーンは、誰もが認める天才だった。
ある日の夕食時。父バーバリーが酒をラッパ飲みしながら爆弾発言を放った。
「ギータ、お前の入学が決まったぞ! 王都のエリート校、シー・オタール学園にな!」
「おおおおっ!!」
母キヨルがフォークを落とすほど驚き、村人たちは翌朝には全員知っていた。噂の速さハンパない。
シー・オタール学園――王都でも最難関の学園で、入るには王侯貴族クラスの推薦か、化け物じみた才能が必要だ。
剣術、魔法、学問、礼儀作法。卒業すれば将軍や宰相、英雄になるのが当たり前。逆に卒業できなかったら“落ちこぼれ”の烙印を押されるほどの場所だ。
「ギータ様が王都に行かれるのか!」
「村の誇りだ!」
「うちの牛も祝ってモーモー鳴いとるぞ!」
おい村人、牛まで巻き込むな。
父が俺の方を見た。
「リーン、お前も兄を見習え。鼻ばかりぶつけてないでな」
母はにこやかに補足した。
「でもリーンはリーンの道があるわよ」
……優しい言葉だけど完全に“期待はゼロ”の目だった。
―
出発の日。
村の広場はお祭り騒ぎ。普段は人が集まるのは市場と葬式くらいなのに、今日は屋台まで出てる。串焼きうまそうだなオイ。
ギータ兄は光の鎧を身にまとい、馬車の前で立っていた。もう英雄。子供たちは「ギータ兄ちゃん! 光ってるー!」と騒ぎ、大人たちは「将来の領主様だ」と頭を下げている。
「兄上、がんばってください!」
俺は声を張り上げた。
兄は爽やかに笑って答えた。
「ありがとう、リーン。お前も……その、鼻を大事にな」
「違う! 俺は鼻じゃなくて心で戦うんだ!」
「ははは……でも鼻も大事にしろよ」
観客席から笑い声。子供に「鼻の心ってなにー?」と聞かれた。俺が聞きたいわ。
兄は馬車に乗り込み、村人たちの大歓声と紙吹雪(なぜ用意してあるのか)を浴びて出発した。
その背中は大きく、キラキラしすぎて直視できない。サングラスが欲しい。
―
夜。
村は静まり返り、屋台も片付けられた。俺だけが庭でごろ寝しながら空を見上げていた。
王都の学園……俺にはまったく縁がない場所。
兄は光り輝き、俺は暗闇で鼻をぶつける日々。
「……でも俺には俺の道がある」
石に顔をぶつけてみた。
ゴンッ!
「いってぇぇぇ!!」
《無属性スキル:夜空の星を少しだけ綺麗に見える》
「いや地味すぎるだろぉぉぉ!!!」
たしかに星はいつもよりキラキラして見えた。けど、これでどうやって魔族と戦えっていうんだ。
そのとき、後ろから声がした。
「リーン?」
振り返るとミザリーが立っていた。バケツを持って井戸から戻る途中らしい。
「また鼻ぶつけてたの?」
「ち、違う! これは修行だ!」
「ふふっ、修行で星が綺麗に見えるの?」
「見えるんだよ! 今なら星座占い師にもなれる!」
「……なんか役立ちそうで役立たなそうだね」
的確すぎて泣ける。
でも、ミザリーは最後に笑顔で言ってくれた。
「でも、リーンはリーンらしくていいよ。王都に行かなくても、きっと自分の道を見つけられる」
俺は夜空を見上げ、拳を握った。
「……俺だって、いつか王都に行く。兄に負けない力を、この鼻で掴んでみせる!」
鼻先は少し赤く腫れ、目には涙が浮かんでいた。
けどその決意だけは――本物だった。