第三話 初めての模擬戦
俺の名前はリーン・ボーン。
鼻が折れるたびにスキルを覚え、少しだけ強くなる無属性。
世間では“鼻折れ王子”なんて呼ばれている。……正直笑えねぇ。
そんなある日、父バーバリーがふいに言い出した。
「リーン、そろそろ兄ギータと模擬戦してみろ」
「えっ……俺、まだ鼻でしか戦えないんだけど」
「男は戦って学ぶもんだ!」
母キヨルは心配そうに俺を見ていた。
「あなた、本当に大丈夫なの? また顔をぶつけるんじゃないの?」
「いや、むしろぶつけないと強くなれないんだ」
「それって強いの? ただの変態じゃないの?」
……ぐうの音も出ない。
こうして、俺と兄の模擬戦が始まることになった。
村の広場に人が集まり、父母、村人、幼なじみのミザリーまで観戦に来ていた。
「兄弟対決だって!」「ギータ様が勝つに決まってるけどな」
すでに俺の敗北が前提で盛り上がってる。なんで俺の応援ゼロなんだよ。
兄ギータは木剣を手に光の魔法を纏って立っている。まぶしい。まさに“英雄の卵”って感じだ。
俺? 木の枝みたいな棒切れ。武器すら差がありすぎる。
「リーン、遠慮しなくていいぞ」
兄は爽やかに笑った。
……この完璧超人め。
父の号令で試合開始。
俺はとりあえず突っ込んでみた。
カキーン! 一瞬で木剣に弾かれ、地面を転がる。
観客「はやっ」「もう終わった?」
「まだだ!!」
俺は顔面から地面にダイブ。
ゴンッ!
「いってぇぇぇ!!!」
《無属性スキル:転んでも痛くない》
「いや今いらねぇぇぇ!!」
兄は呆れ顔。
「リーン……大丈夫か?」
「こ、これも作戦のうちだ!」
涙を拭きながら再び突撃。
だが光の剣筋が一閃、棒は真っ二つ。俺はまた転がる。
観客「ギータ様つよっ!」「リーン様、倒れるのだけは一級品だな」
違う! もっと俺の努力を見ろ!痛いんだよ!
ここで俺は考えた。壁にぶつければワンチャン強力なスキルが来るかもしれない。
痛みが強いほど見返りが大きいかも。
近くにあった木柱に全力でダイブ。
ゴンッ!
「ぐわああああ!!!」
《無属性スキル:筋肉が一瞬ピクつく》
「いらねぇぇぇぇぇ!!!」
観客爆笑。父まで腹を抱えて笑ってる。
「お前、見世物だな!」
母は顔を覆っていた。ミザリーは「がんばれ……!」と小声で応援してくれている。
もうやけくそだ。再び壁に突っ込み、額から火花が散る。
ゴンッ!
《無属性スキル:三秒だけ速く動ける》
「よっしゃあああ!!!」
俺は三秒間、信じられないスピードで兄に迫った。
観客からもどよめき。
「はやっ!?」「リーン様が消えた!?」
木剣を振りかぶる兄に突っ込む俺。
この瞬間だけは、勝てるかもしれないと思った。
兄は一瞬戸惑った様子を見せたが。
「速いなリーン、驚いたぞ」
……三秒後。
ドガッ。
木剣で鼻を突かれ、俺は吹っ飛んだ。
「ぐぉぉぉぉぉ!!!」
新スキル《痛みに少し慣れる》獲得。
……微妙。
試合終了。俺の惨敗。
だが兄は俺に手を差し伸べて言った。
「リーン……お前、面白いな」
「は?」
「確かに今は弱い。でも、いつか化けるかもしれない」
観客も少しだけ空気が変わった。
「鼻折れ王子も……やるときはやるな?」
「最後速かったよな、ちょっとすごかった」
ミザリーは笑いながらも真剣な目で言った。
「リーン、かっこよかったよ。ずっと涙目だったけど!」
「ほんとに? 俺、鼻水も出てたけど」
「うん、それも含めてリーンだよ!」
……褒められてるのか貶されてるのか分からん。
――違う、痛みに耐える俺を見てくれ。
けど、この日、俺は初めて兄に少しだけ認められた。
そして思った。
(俺はまだ弱い。でも、ぶつかり続ければ……いつか兄を超えてみせる!)
涙と痛みに燃え上がる決意を胸に、俺は地面に倒れたまま叫んだ。
「俺は痛みによって強くなるんだあああああ!!!」
観客「……でもやっぱ鼻折れ王子だな」
……認められた気がしない。