第二話 鼻折れ王子の初仕事
俺の名前はリーン・ボーン。
鼻が折れるたびにランダムでスキルを手に入れる、世界一不幸な無属性持ちである。
これまでのスキル履歴を振り返ると――
《高速読書》 → 文字が読めない幼児には無意味。
《早寝》 → 赤ん坊はそもそも寝る。
《鼻歌で集中》 → 鼻血で歌えねぇ。
《くしゃみで風》 → ティッシュ一枚飛ぶ程度。
《石ころ感知》 → 足元の小石が気になる。
《パンの焼き加減》 → 母にだけ好評。
……なんだこのハズレガチャ。スキルの神様に嫌われてるのか?
そんなある日、村でちょっとした事件が起きた。
「大変だ! 干し肉が盗まれた!」
倉庫に保管していた食料が、夜のうちにごっそりなくなっていたのだ。
村人たちは大騒ぎ。父バーバリーも眉をひそめる。心配しすぎるとハゲが進行するぞ。
「おそらく魔物だな。だが足跡が見当たらん」
母は火の魔法で照らし、兄ギータは光の魔力で調べる。だが犯人の痕跡はどこにもない。
「……これは手ごわいぞ」
村人たちが困惑するなか、俺は一人で考えていた。
(もしかして……俺の鼻折れスキル、使えるんじゃね?痛いけどやってみるか)
俺は決心して、わざと壁に突っ込んだ。
ゴンッ!
「ぎゃあああああ!!!」
涙と鼻水があふれる。
そして脳裏に響く新たな声。
《無属性スキル:匂い追跡》
「おおおおおお!? やっと役立ちそうなの来た!!」
鼻水を垂らしながら、倉庫の外を嗅ぎまわる俺。犬のように四つん這いになり、地面に鼻を近づける。
村人たちはドン引き。
「な、なにしてんだリーン坊ちゃん……」
「また鼻折れかよ」
「いや、今回は本気だ!」
匂いをたどると――森の奥へ続いていた。
兄ギータと父がついてきてくれた。
「リーン、本当に大丈夫か?」
「鼻に任せろ!」
森の中、木の根元に見つけたのは――小さな毛むくじゃらの魔物。体長は子犬ほど。両腕で干し肉を抱えてムシャムシャ食っている。
「コボルトの幼体か……」
兄が剣に手をかける。
だが俺は叫んだ。
「待ってくれ兄上! こいつ、匂いが“お腹減ってます”って言ってる!」
兄「……匂いで分かるのか?」
「うん、なんか……腹ペコの匂いがする!」
父「意味わからんが、妙に説得力あるな」
俺は試しに、持ってきたパンを投げてみた。魔物は嬉しそうに食べると、そのまま森へと去っていった。
「……戦わなくても済んだな」
兄は剣を収め、父も腕を組んでうなずいた。
「リーン、よくやった!」
「おお……! お前の鼻も役に立つではないか!」
村人たちも歓声を上げる。
「鼻折れ王子が……鼻で魔物を追い払った!」
「やればできるじゃねえか!」
俺は鼻水まみれの顔で笑った。
「ははは……やっと、まともなスキルが出た……」
家に戻る途中、兄が言った。
「リーン、お前は俺たちとは違う道を歩むのかもしれないな」
「鼻の道……?」
「いや、そう言うとバカっぽいけど……」
兄は優しく笑った。
「でも今日のお前は本当に頼もしかったよ」
……やべえ、ちょっと泣きそう。
村に帰ると、幼なじみのミザリーが駆け寄ってきた。
「リーン! 本当に魔物を追い払ったの?」
「まあな、鼻でな」
「鼻で!? ぷっ……あははは!」
ミザリーは腹を抱えて笑いながらも、最後に言った。
「でもすごいよ、リーン! 鼻水も役に立つんだね!」
……惚れる。いやもう惚れてる。好き。
こうして俺は、初めて村で役立つことができた。
くだらないスキルばかりだった俺の鼻折れガチャ。だが今回の《匂い追跡》は確かに使える。
「……俺はこの鼻で生きていく!」
鼻水でぐちゃぐちゃな顔で誓ったその瞬間、ミザリーがまた笑った。
「リーンって本当に、鼻のために生きてるみたいだね!」
違う。いや違わないけど。
こうして俺は“鼻折れ王子”から、ほんの少しだけ“鼻の勇者”に近づいた。もちろんまだまだ弱い。ステータスは低いし、鼻はすぐ折れる。
でも確かに道は開けた。
いつか魔族と対峙し、鼻をボロボロにしながらも立ち上がるその日まで――。
「ぎゃあああああ!!!」
今日も俺の鼻は、修行の音を響かせている。