第十話 父への挑戦と冒険者への道
俺の名前はリーン・ボーン。世間からは“鼻折れ王子”と呼ばれている。子供の頃から鼻をぶつけてばかりだから――そう思われているが、真実は俺だけが知っている。鼻が折れるたびに俺はスキルガチャを回せるのだ。
兄ギータは三属性持ちの天才で、王都の学園に通っている。俺はその背中を追いかけ、鼻を折りながら必死に強くなろうとしていた。そして最近の仮説――「格上に殴られたときほど強力なスキルが出る」――を確かめるため、俺は決意した。
(この村で俺より格上の相手……父バーバリーしかいない!)
父は村を治める領主であり、豪快な戦士だ。土属性の魔法を操り、畑を耕すにも魔物を狩るにも頼れる存在。そんな父に挑むなど無謀だとわかっていたが、それでも試さずにはいられなかった。
ある日の夕暮れ、俺は父に直談判した。
「父上、俺と勝負してください!」
「お? どうしたリーン。急に真剣な顔をして」
「どうしても確かめたいことがあるんです!」
父は一瞬考えたが、豪快に笑った。
「はっはっは! 面白い! よし、相手をしてやろう。ただし加減はするぞ」
母は驚いて「ちょっとバーバリー! 子供相手に本気出すんじゃないわよ!」と止めに入ったが、俺は首を振った。
「大丈夫だ母上。俺は覚悟ができてます!」
―
村の広場に人が集まった。いつの間にか「リーンが領主様に挑戦!」の噂が広まり、子供から大人まで観客だらけだ。
「おいおい、鼻折れ王子が今度は領主様に挑むってよ!」
「無茶だろ、あれは!」
「でもちょっと楽しみだな」
父は木剣を片手に立ち、俺は小さな木剣を握った。並んだだけで体格差が歴然。まるで子犬が熊に挑んでいるような構図だった。
「さあ、来いリーン!」
父の声が広場に響く。俺は全力で突進した。
木剣を振る――だが父の木剣が軽く触れただけで俺の武器は弾かれ、俺の体は宙を舞った。
「ぐはっ!」
地面に転がる俺を見て、観客は笑うしかない。
「やっぱり一撃か!」
「リーン様、頑張れ!」
俺は立ち上がり、再び突っ込む。だが何度挑んでも同じ結果。弾かれ、転がされ、踏み込むことさえできない。
「どうしたリーン! その程度か!」
父の木剣が俺の鼻先をかすめた瞬間、激痛が走った。
「ぎゃああああ!!!」
脳裏に声が響く。
《無属性スキル:瞬間的に体の反応速度を上げる》
来た! これは役に立つ!
俺は体が軽くなったのを感じた。今までなら追いつけなかった父の動きが、わずかに見える。俺は再び突っ込んだ。
木剣を振る。父は驚いたように目を細めた。
「ほう、さっきより速いな!」
カキィン!
木剣がぶつかり合う音が広場に響いた。もちろん押し負けたのは俺だが、今までとは違った。わずかでも父の剣を止められたのだ。
観客からもどよめきが上がる。
「リーン様が受け止めた!?」
「鼻折れ王子もやるときはやるじゃないか!」
だが父は本気ではなかった。次の瞬間、彼の木剣が俺の腹に軽く触れる。
「ぐはっ!」
俺は吹っ飛び、砂煙を上げて地面に転がった。
結局、試合は俺の惨敗で終わった。だが俺は鼻を押さえながら、胸の奥で叫んだ。
(やっぱりそうだ! 格上に殴られたとき、役立つ戦闘スキルが出る! 仮説は正しかった!)
―
試合後、父は俺を抱き起こして言った。
「よくやったなリーン。まだまだ弱いが、最後の一撃は悪くなかったぞ」
「ありがとうございます、父上!」
母は涙目で俺を抱きしめ、「もうこんな無茶しないで」と言ったが、俺は首を振った。
「父上、俺……冒険者になりたいです!」
広場が静まり返った。観客たちがざわつき始める。
「冒険者だって!?」「あの危険な仕事を……!」
「鼻折れ王子が冒険者に?」「いや逆に似合ってるかも……」
父はしばらく俺を見つめていた。やがて大きく息を吐いて言った。
「冒険者、か……」
冒険者はこの世界で人気の職業だ。貴族や富豪の子息は学園を卒業して王国騎士になるのが一番の出世だが、庶民や次男坊には冒険者という道がある。仕事は危険だが、その分夢もある。
父は腕を組み、しばらく考え込んだ。そして言った。
「……いいだろう。お前は次男だ。領地を継ぐ必要もない。好きに道を選べばいい」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし……」
父は真剣な目で俺を見た。
「お前はまだ六歳だ。せめて属性鑑定ができる九歳になるまでは待て。それからでも遅くはない」
俺は鼻を押さえながら、力強く頷いた。
「わかりました! 九歳になったら、絶対に冒険者になります!」
父は豪快に笑い、母は心配そうに見守っていた。観客たちも「面白い子だ」と笑い合う。
こうして俺は、自分の未来を決めた。
鼻折れ王子、リーン・ボーン。
俺は九歳になったら必ず村を出て、冒険者として生きていく。
それまでに――もっと鼻を折って、もっと強くならなければならない。
俺の鼻は、これからも折れ続けるだろう。だがその痛みこそが、俺を強くしてくれるのだ。