第一話 俺のチートは鼻折れ特典です
俺の名前は朴村凛太郎。
会社では空気。趣味も特技もなく、唯一誇れるのは「鼻が高いね」と言われることくらい。
そんな俺の最期は、その鼻だった。
夜道で転んで顔面強打。ゴキッと鈍い音。鼻がへし折れ、激痛でもがき苦しむ。
涙と鼻水と血にまみれて絶命。
……まさか鼻骨のせいで人生終わるとはな。
―
気がつくと、真っ白な空間。そこに髭モジャのおっさんが玉座に座っていた。
頭上にはでっかく《アリアーケル神》と浮いている。
「自己紹介がダサいな」
「人間よ、そなたは鼻を折って死んだ。哀れに思い、新たな世界へ転生させる」
「やめろ、死因をはっきり言うな!」
神は無視して説明を始めた。
•ここはアリアーケルという世界。
•中世ヨーロッパ風で、剣と魔法が人々の生活の中心。
•魔物は言葉を話さず、食料にもなる。稀に進化すると「魔族」になり、人間よりも強く賢くなる。
•魔法属性は火、水、風、土、光、闇、無の七つ。
•基本は一人一属性。稀に二属性持ちもいて、一万人に一人の割合。三属性持ちは十万人に一人と宝くじみたいな確率。それ以上は未だにいない。
•「無」は極めて稀少で、六属性のいずれにも属さない魔法を操る者を総称して「無属性」と呼ぶ。その出現率はおよそ十万人に一人。しかし大半は役に立たないスキルしか得られず、世間では「ハズレ属性」や「落ちこぼれ」と蔑まれている。
「そしてそなたは――無属性だ!」
「よっしゃ、チート来たか!?」
「ただし。能力は――鼻が折れるとランダムで覚える」
「ふざけんな!!!」
「さらに折れるたびにステータスも少し上がるぞ。痛みで成長する男、いいじゃろう?」
「いや良くねぇよ! 鼻に優しい転生をくれよ!」
神は勝手に話を締めた。
「そなたの新たな名は――リーン・ボーン。さあ逝け!」
―
気がつくと赤ん坊になっていた。
辺境の小領地ボーン家の次男として生まれ落ちたのだ。
父は バーバリー・ボーン。豪快な土属性使いで、村で一番声がデカい。あとちょっとハゲてる。
母は キヨル・ボーン。火属性を操り、料理と怒りの炎が得意な美人。
兄は ギータ・ボーン。光属性。剣も魔法も完璧、顔もイケメン。村人から「奇跡の子」と呼ばれている。
……そして俺。どうやらステータスと念じるとステータスボードが見えるらしい。
これは本人にしか見えない。まぁゲームでよく見るあれだ。
名前:リーン・ボーン
属性:無(鼻折れランダムスキル)
初期ステータス:
HP 12
MP 3
力 1
耐久 1
速さ 2
賢さ 1
運 1
「……どう見ても虫以下じゃねぇか」
一般的なステータスがどんなもんか知らんがどう見ても弱い。HPはたったの12。運1ってなんだよ。
歩いただけで骨折しそうだわ。
そんな俺にもチャンスはやってきた。
一歳のとき、ベッドから転げ落ちて――鼻をゴンッ。
「ぎゃあああああ!!!」
激痛とともに、頭にスキルが刻まれる。
《無属性スキル:高速読書》
「おい! 俺まだ文字読めねぇぞ!」
その後も、母に肩車されて天井の梁に鼻をぶつけた。
《無属性スキル:早寝》
「赤ん坊はもう十分早寝だろ!!」
さらに犬型魔物に鼻をかまれたときは――
《無属性スキル:鼻歌で集中》
「くだらねぇぇぇぇ!!!」
確かにステータスは少しずつ上がっている。
でもランダムスキルの引きが悪すぎてどうしようもない。
俺は諦めず、鼻を犠牲に修行を続けた。
壁に突っ込む。ゴンッ!
《無属性スキル:くしゃみで風》 → ティッシュ一枚が飛ぶ程度。
木の枝で転ぶ。ゴキッ!
《無属性スキル:石ころ感知》 → 道端の小石がやたら気になる。
家の柱に激突。バキッ!
《無属性スキル:パンの焼き加減がわかる》 → 母に大好評。俺は泣いた。
「俺はパン屋になるために転生したんじゃねぇぇぇ!」
父「リーンは……まぁ、普通かな?」
母「健康ならそれでいいのよ」
兄「大丈夫だ、リーン。お前にもきっと役目がある」
兄よ、優しいのはありがたいけど、完全に“期待してない”目をしてるな?
村人「ギータ様は剣も魔法もお強い!」
村人「リーン坊ちゃんは……鼻水がよく似合うな」
おい誰だ今の。
俺のあだ名はすでに“鼻折れ王子”になっていた。そして鼻を犠牲にした結果ちょっと鼻がでかくなってきている。
唯一の救いは幼なじみの少女、ミザリー。
水属性を持ち、井戸の水を引くだけで村人に重宝されている。
「リーン、また鼻折れたの? 転んだの?」
「ち、違う! 修行だ!」
「鼻をぶつける修行……? なんか変だけど、リックらしいね!」
……ミザリー。そんな笑顔を見せられたら、俺はこの鼻を何回でも折るぞ。
ただある日、彼女に打ち明けた。
「実は……鼻を折ると力を得られるんだ」
一瞬沈黙。次の瞬間、腹を抱えて笑い転げるミザリー。
「ぷっ……なにそれ!? 鼻折れ修行!? 新しいギャグ?!」
違う! 本気なんだよ俺は!
―
あっという間に時が経ち俺は五歳になった。
どうやら五歳になると正式なステータス測定があるらしい。
そこで初めて聞いたのだが一般的な成人男性でHP100、MP50、あとの力とか速さは15が平均らしい。
ちなみにこの世界の成人は十六歳を過ぎてから。
兄ギータの幼少期記録は伝説。
三歳でHP120、MP50、力18、耐久15、速さ18、賢さ20、運20。三歳で大人超えの化け物。
一方俺は五歳で……
HP 30
MP 6
力 4
耐久 5
速さ 5
賢さ 2
運 2
父「……ん?」
母「ほら見なさい、成長してるじゃない!」
兄「おお、リーン……! が、頑張ったな!」
……いや、それでもまだ虫レベルだろ。
兄は英雄。村人に慕われ、父母に期待される。
俺は鼻水まみれ。笑われ、ネタにされる。
でも俺は知っている。
無属性はレアであり、伸びしろは未知数。
鼻折れ特典はくだらないスキルしかくれないかもしれない。
だがいつか――必ず。
「……俺は痛みによって強くなる! 鼻骨を犠牲にしてでも!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で叫んだ俺を見て、ミザリーはニコッと笑った。
「リーン、かっこいいよ! 鼻水似合ってる!」
――違う、そうじゃない。
でも……まあ、悪い気はしなかった。
こうして俺は、辺境の村で“鼻折れ修行”を続けることになった。
スキルはゴミ同然。兄は完璧超人。村人からの評価は「鼻折れ王子」。
それでも、鼻を折るたびに俺は確かに成長している。
くだらないスキルの裏に、いつか世界を変える一撃が眠っているはずだ。
いつか魔族と対峙し、鼻をボロボロにしながらも立ち上がるその日まで――。
「ぎゃあああああ!!!」
今日も俺の鼻は悲鳴を上げている。