第3話 — 同じ言葉。同じ時刻。
「二度起こることがある。なのに、初めてのように感じる。」
窓から差し込む光で、葵は目を覚ました。
いつもの角度だった。部屋を二つに分けるように、片方は暖かく、もう片方は冷たい。
目覚まし時計は鳴らなかった——もう起きていたから。
ゆっくりとベッドに腰を上げる。まるで体が「今日も変わらない」と知っているかのように。
でも、空気に何かがあった。匂いでも音でもない。
それは感覚だった。時間が彼女を待っているような、そんな気配。
立ち上がって、カーテンを開ける。
外では母が庭を掃いていた。
葵は眉をひそめる。母が朝にそんなことをするなんて、珍しい。
ほうきが地面をこする乾いた音が、一定のリズムで響く。
葵はしばらく見つめていた。
すると母が顔を上げて、手を振った。
その仕草は、まるで何度も繰り返したかのように自然だった——まったく同じ動きで。
階段を降りる。
壁際に置かれたリュックは、いつもの場所にあった。
何も考えずに手に取る。
母が台所のドアから入ってきて言った。
「上着、忘れないで。寒くなるよ。」
葵は窓の外を見る。
空は澄み切っていて、雲ひとつない。
「暑いよ。」
「それでも。」
母の声はどこか上の空だった。
まるで台詞をなぞっているような、そんな口調。
葵は何も返さなかった。
門がきしむ音を立てて開く。
黄色い家の犬が、ちょうどその瞬間に吠えた。
葵はちらっと見たが、特に何も思わなかった。
ただ、記録しただけ。
通りには、やさしい風が吹いていた。
葉がゆっくりと揺れる。まるでスローモーションのように。
葵は歩調を速める。
遅刻したくはない。でも、早く着きすぎるのも嫌だった。
学校の廊下は、いつも通りだった。
美術室の近くに貼られた、少し傾いたポスター。
天井の、ちらつく蛍光灯。
葵はそれらを通り過ぎる。まるで、覚えた舞台を歩くように。
教室に入る。
隅の席の子が、髪をとかしていた。
ピンク色の、キラキラした櫛。
葵はそれを見たことがなかった。
自分の席に座る。
先生がプリントを持って入ってくる。
「42ページ。」
葵は教科書を開く。
ピンクの蛍光ペンで線が引かれた文章が目に留まる。
指でなぞる。
「これ、私が引いたんじゃない。」
周りを見る。
誰も気にしていないようだった。
授業は進む。
先生の声、ペンの音、後ろの椅子のきしむ音。
全部、いつも通り。
でも、繰り返しの感覚が違った。
それは日常じゃなくて、演技のようだった。
休み時間。
葵は教室を出て、まっすぐ中庭へ向かう。
蓮が、柵の近くのベンチに座っていた。
膝の上には、開かれたノート。
少しだけ迷ってから、葵は蓮の隣に座った。
蓮はすぐには顔を上げず、書き続けていた。
ノートには、いくつかの言葉が並んでいた。
「同じセリフ。同じ時間。」
「犬が吠えた、8時17分。」
「ボールの少年。柵。左の隅。」
葵は眉をひそめる。
「それ、記録してるの…?」
蓮は目を離さずに答えた。
「ただ、理解しようとしてるだけ。」
葵はボール遊びをしている生徒たちを眺める。
一つのミスキック。ボールは、柵の同じ隅に当たった。
同じ少年が、走って取りに行く。
蓮は、それが起こる前に言った。
「そこに当たるよ。」
葵は素早く振り向いた。
ボールはすでに柵の隅で跳ねていた。
少年が走る。
葵は蓮を見る。
蓮も見返す。驚いた様子はなかった。
葵はゾクッとした。
それは恐怖ではなかった。
何かが、彼に同意したがっているような感覚。
でも、それが正しいかどうかは分からなかった。
「何かがおかしい。」——そう思った。
でも、それはここに座る前から、もう感じていた。
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。
葵は軽く手を振って蓮に別れを告げる。
蓮はノートをゆっくり閉じた。
まるで、記録のリズムを崩したくないかのように。
葵は教室に戻る。
廊下は、いつもより空っぽに見えた。
午後の授業。
先生が課題を出す。
葵は集中しようとするが、繰り返しの感覚が強くなっていた。
クラスメイトの声が、少し遅れて響くように感じる。
紙にペンを走らせる音が、妙に大きく聞こえる。
窓の外を見る。
空は変わらない。
同じ青。
雲のない、同じ形——少なくとも、そう見えた。
終業のチャイムが鳴る。
葵は片方の肩にだけリュックをかけて、教室を出る。
蓮も、ほぼ同時に自分の教室から出てきた。
廊下が交差する。
二人は目を合わせる。
それは長くもなく、短くもなかった。
一瞬、時間が止まったような視線。
「まるで、二人が沈黙の中で、
『何かがおかしい』と同意しているようだった。
それは約束ではなく、ただの事実だった。」
階段を降りる。
二階の窓には、小鳥がいた。
窓が開いているのに、飛び立たない。
葵は立ち止まる。
鳥を見る。
鳥も、彼女を見返す。
「この鳥、前にも見たことある。」
いつだったかは分からない。
でも、確かに見たことがある——そう思った。
数人のクラスメイトが、何かのゲームについて大声で話していた。
葵は耳を傾けなかった。
「じゃあ、また明日ね!」
背後から声がした。
教室にいた、ショートヘアの子だった。
葵は顔だけを向けて、手を軽く振る。
「うん、またね。」
帰り道は、いつも通り。
同じ家々。
同じように、塀の向こうで吠える犬たち。
葵は、特に目を向けることなく通り過ぎた。
角を曲がると、自転車の老人がゆっくりと通り過ぎる。
青い自転車。
ハンドルにぶら下がった袋。
少し傾いたキャップ。
「何日だったかは覚えてない。
でも、この人は覚えてる。」
それははっきりした記憶ではなかった。
繰り返し見る夢のような、そんな感覚。
葵は家の門を押す。
軋む音は、いつもと同じだった。
母は中で、ソファに座っていた。
テレビはついていたが、音はなかった。
画面には、口を半開きにしたまま止まっている司会者。
視線は、画面の外のどこかを見ているようだった。
葵は立ち止まり、画面を見つめる。
そこだけ、時間が止まっているようだった。
「おかえり、葵。」
母はテレビから目を離さずに言った。
葵は小さな声で「ただいま」と返す。
階段をゆっくり上がる。
リュックは、部屋のいつもの隅に落ちた。
ベッドに座る。
携帯が震える。
友達からのメッセージ。
「今日の授業、つまんなかったね。」
同じ言葉。
同じ時間。
葵はしばらく画面を見つめる。
すぐには返事をしなかった。
その後、適当な絵文字を送る。
考えたくなかった。
水を飲みに階下へ。
母はまだソファにいた。
テレビは、まだ止まったまま。
葵は何も言わずにリビングを通り過ぎる。
床が、朝より冷たく感じた。
それとも、自分の体が熱くなっているだけかもしれない。
再び階段を上がる。
ベッドに横になる。
天井が、少し低くなったように見えた。
でも、それは気のせいだと分かっていた。
目を閉じる。
静寂が重くのしかかる。
まるで、世界が何かを待っているようだった。
いくつかの繰り返しは、偶然ではない。 それは、兆し。 でも、すべての兆しが明確なわけではない。すべての疑問が緊急なわけでもない。
葵は気づき始めている。蓮はすでに書き留めている。 そして世界は、同じ言葉と正確な時間の中で、日に日に現実味を失っていく。
もしかすると、時間が折り重なっているのかもしれない。 あるいは、記憶が「何かがおかしい」と訴えているだけなのか。