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6 私の育成方針は

「短剣士?」


 私が記入したジョブ欄を確認して、イリスさんが顔を上げた。


「初めて聞くけど、こんなジョブあるの?」


「シーフって書くのが嫌らしいぞ。適正武器が短剣だから短剣士だってさ」


 イズルの説明に、私とセバスチャンは満足して頷く。

 盗賊を名乗るなんて、私のプライドが許しません。これから私は短剣士としての一歩を踏み出すのです。


「ある程度、申告にまかせてるとこがあるから、短剣士でもいいけど。依頼人には適正が伝わりにくいと思うよ。シーフの方が仕事くるんじゃないかな」


「どうせ、見習いだから何でもいいだろ」


「そっか、見習いだしね」


 見習いはおやめください。

 私はこれから「短剣士」として、ギルドどころか社交界にまで名を轟かせるのですから。



 -----------



「ではシショー。これからの私の育成方針について伺いましょうか」


 冒険者名簿への登録を終えると、私とイズルは大広間のテーブルで向かい合った。

 セバスチャンがポケットから出て、遊び始める。


「育成方針? 何だそれ」


「どのように、私を冒険者として育てていくかについてです。私のジョブ、シ……ではなく、短剣士としての特性を生かしたものにして下さるかしら?」


「オレが考えんの、それ。面倒だな。自分でやれば」


「あなた私の師匠でしょう!」


 私の声に驚いてセバスチャンがひっくり返る。

 謝罪を込めて、体を撫でた。


「都合のいいときだけ師匠扱いしてね? レヴィアの家では物投げたり、サル呼ばわりしてたよな?」


 イズルは頬杖をついて、半目になって私を見る。

 案外根に持つタイプですのね。何て心の狭い殿方でしょう。

 ここは、心の広い私が譲って差し上げますわ。


「申し訳ございません。私、俗に言うツンデレ、とかいう部類の人間で、本心と態度が一致しませんの」


 嘘ですが!


「だったら、頬を赤らめてデレてみろ」


「無理ですわ! ツンデレは決して本心を出しませんのよ」


「え、そうだっけ? それって単にツンツンしてるだけじゃね?」


「気のせいです」


 あーじれったい。

 私はテーブルに身を乗り出して、手招きする。


「時間がもったいないですわ。早く考えなさい」


 セバスチャンも一緒になって、しっぽを上下に揺らして答えを促す。


「安易に答えを求めてはならん」


 イズルは急に腕組みをして、声を低くして言った。


「は、どういうことです?」


「弟子の疑問に答えを与えてみろ。何事にも代えがたい、答えに辿り着くまでの経験を得られなくなってなってしまうでないか。自ら考え、自分の力で答えを見つけるのじゃ。それこそがお前を冒険者として育てる糧となるじゃろう」


 急にもっともらしいことを言い出しましたわね、このシショーは。


「“じゃろう”って、あなた、教えるのが面倒だから、そんなことおっしゃってるわけじゃありませんわよね」


「い、いや、決して、そんなことはないじゃろうて」


「理屈は伝わりますけど」


「そうでござろう!」


 胡散臭い男。

 私は適当なイズルに軽蔑の眼差しを送って立ち上がる。


「あ、デレた」


「デレてません!」


 セバスチャンがテーブルから指に飛び移り、腕を走って肩まで上ってくる。


 いい加減な男の言うことだけど、内容は私の内部に入り込み、じんわりと浸透する。


 答えを見つける……

 その過程が、これまでの私の財産になってきたことは確かだ。少し、自分で考えてみよう。


 ギルドの扉を開け、外に出る。

 行き交う人々の中、割り込める空間を見つけて体を滑らせる。雑踏に紛れて歩く。


 私は短剣士。武器は短剣やナイフ。攻撃手段は投げる、とか振る、かしら?


 いえ。短剣士という呼称だと、特性を見失ってしまう。

 不本意だけど、ジョブとしてのシーフだとどうでしょう?


 シーフと言えば敏捷性。素早さとか身軽さかしら。戦闘に活かすなら、敵との距離を詰める速度や回避能力が浮かぶ。


 さて、どのようにして磨きましょう?

 耳元でセバスチャンが鳴く。そういえば、この子、私の退学届けを盗んだんだった。


「ふふ」


 思い出して声を漏らした。あなたもきっとシーフの特性があるんでしょうね。私の師匠になって頂けますか?


 心の声など伝わるはずがないのに、セバスチャンが私の顔を見上げて、返事をするように顔をこすった。


 師匠と言えば、イズルだ。セバスチャンすら簡単に捉える動き。悔しいが認めるしかない。


 そもそも技術を盗むために、師匠にさせてあげてるのですわ。模写できるレベルにまで、徹底的に落とし込んで見せます。


 盗む。シーフが他に差別化できるものは。

 例えば……幼いころに読んだ物語が頭に浮かんだ。


 怪盗。貴族だというのに、憧れた時期があった。仮面を被ったり、変装して声を変え、別人を演じたり。一時期怪盗ごっこ、何てことをしたこともあった。


 姉代わりだった彼女、セレーナさんは元気にしてらっしゃるかしら。婚約したはずだけれど。


 戦う怪盗、と考えるとイメージが湧きやすそう。ならば、道具を使いこなす器用さも必要か。


 あとは目の良さとタイミングの取り方。

 これは自信がある。小走りになった。


 曲がり角、建物に隠れてぶつかり合う二つの影があった。男が懐から刃物を取り出し、婦人が所持するポーチの紐を切断した。


 私は婦人の手を取ると男からポーチを奪い取る。

 事態を察した婦人が私と男を見比べる。


「巻き込まれますわよ、お行きなさいな」


 男は計算している。ちょうど、人々の視線が切れる場所。行為を知られたところで目立たない。婦人が走り去るのを横目に、私は男との距離を測る。


 学院での実戦訓練が役に立っている。

 男を観察する。目につく武器はない。相手の踏み込み速度を想定し、適切な間を取る。


 だが、これは訓練ではない。その証拠に空気に触れるだけで、肌がひりつく。


「余計なマネをしてくれたものだな、お嬢さん」


 表情には戦利品を奪われたことに対する苛立ちがあった。

 髪を掴んで路地裏に連れ込むことでも考えていそう。


 ですが苛立っているのは、こちらも同じ。ジョブをシーフと言われて少なからずショックを受けていますのに。この私の目の前で盗賊の真似事をするなんて。


「それはこちらのセリフ。よくも私の前で不快なマネをしてくださいましたわね」


 ほら、セバスチャンも唸っていますわ。


「さて、どう落とし前をつけてもらおうか。ただで済むと思うなよ」


 そう言い放った男の顔面が建物にめり込んだ。

 男は白目を剥き、レンガに額を埋めて気絶した。


 全く気づけなかった。後ろにいたことにも、蹴りを放ったことにも。


「悪趣味ですこと、ずっと後をつけてくるなんて」


「ぶつぶつ言いながら、のそのそ外へ出てったら心配もするだろ」


「怪しげな人みたいに表現するのは、やめていただきましょうか」


 イズルを睨みつける。

 スリ男なんて比ではない。気配を悟らせずに、この威力。魔法を扱う際のレヴィア先生に通じるものがある。


 ジョブ、なんて枠組みに囚われないほどものがイズルにはある。


「でも、まあ、良かった」


 ふわり、と手が髪に触れる。


「ケガさせられなくて」


 年下のクセに、なんて生意気な。

 私がスリ男にケガをさせられる失態を晒すとでも。


 それなのになぜか、すぐに手を払いのけることができなかった。きっと、このような時に対処できるマニュアルが私の中には存在しなかったからだ。


 両親以外、私にこのような接し方をする人など……


 幼いころのセレーナさんがよぎる。

 彼女くらいか。

 心配されて頭を撫でられる。このような行為を拒絶できる選択肢は、まだ私は持ち合わせていなかった。


「馴れ馴れしいです」


 だから、少し対応が遅れた。

 イズルの手を掴んで引き離す。


「そう言うなよ、いい物持ってきたぞ」


 イズルは私に一枚の紙を差し出した。


「これが、サラの育成方針だ」


 心臓が、強く打った。

 ギルドの依頼書には、彼女の名前があった。


 私はまだ正式な冒険者ではない。仕事を受けるにはイズルの名を借りる必要がある。


 初めての依頼で、私はいきなり、華やかな頃の自分と向き合うことになった。

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