5 シーフの相棒
シーフ!?
……って盗賊のことでは?
貴族としても有数の家柄の、私が盗賊?
レヴィア先生、世界屈指の魔法使いとはいえ、さすがに冗談では済まされませんわよ。
「お前、泥棒になるの? さしずめ、ご令嬢盗賊団ってか。オレをメンバーに入れるなよ」
「だまらっしゃい!」
手近なものをイズルに投げつける。
カップが顎を打ち砕く。
「オレ、師匠じゃなかったっけ?」
「ごめんあそばせ、シショー。顎に蚊が止まっていたものですから、つい」
口の減らない年下平民師匠ですこと。
「あなた、師匠なら結果に対してアドバイスの一つでもしてみたらどうですの」
「泥棒を弟子に持った覚えはない」
「このサルが!」
「お前、口が悪くなってきたぞ」
「イズル、黙るんだ」
レヴィア先生が一喝した。
ざまあみやがれ、ですわ。
「君が話すとサラが興奮する」
イズルは「ちぇっ」とぼやいて、クルミを食べだした。
「適正がシーフだからと言って、泥棒をしろという意味ではない」
「ほら」
イズルに向かって目いっぱい舌を出してやった。
「盗賊団にシーフ適正が多いのは確かだが」
「うぐっ」
「オレが正しい」
今度がイズルが舌を出す。
「シーフは手先が器用で、敏捷性に優れているからな。長所を見極めて正しいことに使えば問題はない。思えば、サラが浮遊空間に即座に対応できたのは、シーフ特有のバランス感覚にあったのかもしれんな」
私は足元を見て、浮遊空間を思い出す。最初こそ戸惑いはしたものの、確かにすぐに対処できた。
ま、イズルが連れてるリスのおかげでもあるけど。
肩に止まったリスの鼻をつついた。
「では、学院の査定で赤色の剣士適正だったのは、どういうことでしょう?」
「あれは簡易的なものだからな。測定できるのは、大まかな傾向のみだ。シーフの特異武器短剣が剣士適正として反映されたのだろう」
「液体の量も七割程度だったものが、半分まで減っているのですが」
「量は習熟度を示すものだからな。逆に考えるんだ。剣士としての成長余地は三割だったが、シーフとしてなら五割残されてるということだ」
「つまり、シーフとして才能の幅の方が大きい、と」
「そうだ。適正を理解し、長所を磨くといい」
「分かり、ました」
理解はしたものの、納得しにくい。
この私が盗賊?
つまり、ジョブ欄に「シーフ」と書けと?
「イズルは赤として、成長余地はどれほどでしたの?」
ギルドナンバーワンと評価されるイズルの現在位置を知っておけば、到達地点の目安になるかも。
「イズルは虹色だ」
は?
急に訳の分からない、全てを内包したかのような色が出てきた。
「成長余地は不明だ。器はほぼ透明状態だ」
レヴィア先生の言葉を理解するのに少し時間がかかった。
「何ですの。その、オレが主人公と言わんばかりの設定は! ずるい」
「イズルとは比べるなと言っただろう」
「いいことばかりじゃないぞ、よく透明くんってバカにされるからな。あの学院は嫌味な貴族様が多いからな」
「何です、その目は。私が嫌味な貴族だとでも?」
小生意気な平民め。
「お前は盗賊だろ」
「サル助が!」
ジョブ欄にネズミと書けと言ったり、リスの名前にしろと言ったり。
私の肩で、リスが立ち上がり、鋭く声を上げた。
ほら、この子も怒ってる。
「やってしまいなさい」
私の声でリスが飛び出した。
「わ、何だ、こいつ。クルミの恩を忘れやがって」
「その子もバカにされて怒ってますわよ」
取り乱すイズルを見てると笑いが込みあげてきた。口元に手の甲を当てる。
「おほほほ。謝るなら今のうちですわ」
「どっちがだ?」
リスがイズルの手の中でもがいていた。
「ちょっと、やめなさい。あなた、動物を虐めるのはよせって言ってたわよね」
「それはそれ、これはこれ。オレはオレだ。降りかかる火の粉は払う」
「離しなさい」
蹴り飛ばして解放させる。
ズボォっとイズルのポケットに手を突っ込んでクルミを取ると、リスにあげた。
「お前、淑女としてそれはどうなんだ。そういう手癖の悪いところがシーフなんだな」
どきっ!
イズルの言葉に思わず両手を眺める。
ポケットからクルミを抜き取る能力、これが、私の特性、シーフなの?
「どうしましょう?」
「知らねーよ、義賊にでもなれば?」
義賊、それはアリなのかしら。
いやいや、やっぱり盗みはいけませんわ。
「とりあえず、あんころもちと盗賊団でも結成しとけ。相性良さそうだしな」
「それは名案かもしれんぞ」
「はい?」
反射的にレヴィア先生にしかめっ面をした。盗賊団をしろなんて、いくら先生でも言ってはいけないことがあります。
「勘違いするな。サラは、あんころもちと息が合いそうなのでな。パートナーとして契約するのはどうかと思ってな。分かりやすく言うと使い魔だ」
私が、この泥棒リスと?
目が合って、ハッとした。
このリス、私の退学届をあっさりと盗んだ。もしかして、このリスにもシーフ適正があるのかも?
だとすると、味方にしておけば心強い。
あと、目が愛らしい。
「分かりました、契約します。ただし、名前はあんころもちから変更します」
「かしわもちにでもすんのか?」
「違います。私はあなたとは違って、適当な語感で決めたりしませんわ。そう、もっと使い魔として気品に満ちた名前にいたします」
名前はとっくに決まってる。貴族の私の相方にふさわしく、高貴な名前と言えば……
「かがみもちでいいや」
「セバスチャン。そう、この子は今からセバスチャンですわ」
「おっさん執事みたいだな」
セバスチャンがヒゲを摘まんで背を伸ばす。
「さあ、レヴィア先生に用意していただいた魔法陣に入りますわよ」
私とセバスチャンは、ぼんやりとした光を放つ魔法陣に体を委ねた。
間もなく、冒険者としての生活が始まる。