表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/17

4 私のジョブは?

 ギルド名簿に登録する際には、ジョブを記入する欄がある。


 依頼人が確認したり、クエスト紹介の際にギルド側がチェックする項目らしい。


 イズルは剣士、私は空欄。

 学院での査定では剣士だったから、「剣士」にすればいいと思うのだけれど。


「レヴィアが言うには学院の査定は簡易的なものなんだってさ」


 世界屈指の大魔法使いを呼び捨て。誰でも呼び捨てにしますのね、この男は。


「じゃなかった。レヴィア先生だった」


 遅い。訂正がワンテンポ遅い!


「サラも一度査定してもらうといい」


「で、この先にレヴィア先生のお宅があるんですの?」


 弟子入りの翌日、私はイズルに連れられレヴィア先生の家を目指していた。


「あそこだ」


 森へ入ってしばらく進むと、見晴らしの良い湖畔に辿りついた。


 爽やかな風が吹き、水面に柔らかな波を起こす。底を確認できるほどに透き通っていて、覗いた顔が水面に反射する。


 夜間には月が写り、神々しく輝くだろうことが容易に想像できた。

 レヴィア先生の家は白い半球状の形をしていた。


「ほら」


 家の前に立ってイズルが手を伸ばす。

 はたき落した。


 何ですの、この無礼な輩は。


「私のシショーになったからと言って、気安く触ろうとするのは、やめてもらいたいものですわね、シショー」


「違うって。オレと手を繋がないとここに入れないぞ」


「は? もっと上手な嘘をつきなさいな」


「嘘じゃないって。疑うなら一人で入ってみろ。壁に触れば入れる」


「言われなくてもそうしますわ。残念でしたわね。私を騙すことができなくて」


 丸みを帯びた壁に触れる。ひんやり冷たくて心地いい。


 手が壁に沈み込む。ほら御覧なさい。簡単に入れる。肘まで飲み込まれると、一歩踏み出した。全身が白い壁に溶け込んだ。


 まるで、水の中に沈み込んだような世界だった。

 空間が波打つ。視界が、揺れた。耳を塞がれ頭を振り回された感覚があった。


 上下が逆転する。胸が酸素を欲した。

 全てが朧気だった。確定できるものが何もない。手を伸ばす。確実に掴めるものが欲しい。


 手首を引かれた。

 急激に酸素が、なだれ込む。胸を抑えてせき込んだ。


「だから言っただろ。オレとレヴィア以外が入ろうとするとこうなる。で、どうする?」


 どうするも何も、実質選択の余地などない。

 私は手を差し出した。


「不埒な気持ちで握るのは許しませんわよ、シショー。仕方なく、ですのよ、シショー」


「シショーシショーうるさいな。敬意なんてないだろ」


「感謝と敬意しかありませんわ、シショー。不肖な弟子を拾って頂けたのですから、シショー」


 イズルに手を引かれて白い壁に入った。


「あーうっとうしい。もう好きに呼べ」


 ふん、ちょろいものですわ。

 全て計画通り。

 これからは存分にイズル、とよばせて頂きますわよ。


 次の瞬間、足が浮き、ひっくり返った。背中に痛みはない。体が宙を漂う感覚だ。


 私たちは室内にいた。

 瞼を開くとイズルは軽やかに空中を歩いて、天井に向かっていた。

 重力が弱いのだと気付く。


「こっちへ来い」


 イズルの声が降ってきた。外観からは想像できないくらい高い天井だ。


 魔力に満ちた室内は、外界とは異なる重力に支配されてるらしい。


 両手を左右に伸ばして、バランスを取りながら立ち上がる。

 来い、なんて簡単に言ってくれますわね。


 足の裏がふわふわして、体の重みをまるで感じない。集中を切らせば、どこまでも落ちていきそうだ。最初の一歩すらためらった。


「迎えに行ってやろうか」


「結構ですわ!」


 助けなんていらない。自力であなたのところへたどり着いて見せます。


 重心に意識を向けて空気を踏む。微かに沈む。ほら、これくらいなんともありませんわ。


 後は、足を、前へ、出すだけ。

 唾を飲み込んだ。

 大丈夫、かしら?


 ちょんちょん、と爪先で空中を叩いて安全を確認していると、一筋の影が走った。


 目の位置に現れたのは、一匹のリスだった。

 私の退学届を盗んだリスですわ。その妙に愛らしいくりくりした、無邪気な瞳には覚えがあります。


 リスは両手のクルミを口に入れ、首を捻ると、飛び跳ねて天井へと走った。


 身のこなしは、まるで私を導くかのよう。私は右足に体重をかけると、テンポよく左足を空中に投げ出す。


 ほら、コツをつかめば、何てことありませんわ。

 リスを追いかける。


 気持ちいい。

 透明な天井に向かって駆ける。降り注ぐ太陽の光を目指す解放感に酔いしれた。


 頂点に到着すると、レヴィア先生に頭を下げる。


「こんにちは。レヴィア先生、本日は査定していただけるようで、ありがとうございます」


「そんなにかしこまらなくていい」


 レヴィア先生が腕組みをした。


「挨拶なんて、適当でいいんだよ、適当で」


「イズルは私に対して敬意が足らんな」


「レヴィアには感謝してるけど。いろいろと」


「あなたは態度が悪すぎますの」


 私の指摘にイズルが手を打った。


「あ、違った。レヴィア先生って言うんだった」


「訂正するタイミングが遅い!」


 息が切れる。

 イズルのせいなのか、天井まで走ったからなのか、とにかく疲れた。


「バランス感覚に優れてるな。この空間で、これほどすぐにコツを掴める人間はそういない」


「イズルより才能ありますか?」


 ふふん、そのうち私のことを師匠と呼ばせてあげますわ、イズル。


「イズルとは比べない方がいい」


 何ですの、そのイズルは別格、的な言い方は!


「あのー、それは私がイズルに勝てないとか、そういう……」


「人にはそれぞれ適正があるからな。君の身体能力には十分優位性がある」


 喜ぶところなのかしら、それは。まあ、誉め言葉と受け取っておこう。


「さて始めるか」


 レヴィア先生が指を鳴らした。

 重力が戻る。勢いよく天井から落下する。


 着地する寸前、空気の塊を差し込んだかのように体が弾んだ。音もなく、両足が床面を掴んだ。


 最後に、泥棒リスがイズルの肩に降りた。

 小さく鳴き声を上げる。


「お、あんころもち。腹減ったか」


 そう言って、イズルはリスにクルミを渡した。


「何ですの、その名前!」


「え、名前だけど」


 イズルとリスが同時に私を見る。

 おかしな人を見るような目はやめてください。


「なぜ、その名前? 他にもっといい名前があるでしょう」


「そうか? 餌を頬張ってる顔見てたら、あんころもちだって思ったんだけどな」


「そんな間の抜けた名前許せませんわ。リスがかわいそう」


「じゃあ、リスって名前でいいか」


「ダメです!」


 飼うなら、もっと気品のある名前にして差し上げなくては。


 そう、例えば……

 言葉を発しようとすると手を鳴らす音がした。


「始めるぞ」


「は、はい」


 レヴィア先生の宣言に背を正した。

 そうだった。本日はレヴィア先生の査定を受けに来たのだ。リスの名付けに来たわけではない。


 呪文を紡ぎ始める。発する魔力で、ふわり、とレヴィア先生の長い髪が舞った。断続的に噴き上げる力で紫紺の髪が宙を漂う。神々しい空気感が場を満たした。


 レヴィア先生の魔力は柔らかく空間に浸透する。魔法の発動は察知できないほど滑らかだ。それでいて威力も絶大だ。


 一流の魔法使いですら、辿り着けない境地だった。

 授業で彼女が魔法を披露するときは、全生徒がその所作を記憶に刻もうとする。


 横で、イズルが欠伸をしながら、クルミを食べていた。


 こいつは……


 レヴィア先生の手の中に器が宿る。透明のグラスに灰色の液体が宿っていた。

 既に学院の査定とは異なる色だ。私は、赤色の剣士適正のはず。


「量は半分程度……」


 おかしい。学院の査定では七割ほどが赤い液体で満たされていたはずなのに。


 破裂音とともに魔法が解除された。


「灰色とはいったい……」


「ジョブ欄にネズミって書いとけばいいんじゃね?」


「やかましい!」


「おい、オレ、一応師匠だぞ」


 キイキイうるさいシショーですこと。考えがまとまるまで、猿轡(さるぐつわ)でも噛ませてやりましょうか。


「ネズミが嫌ならジョブ欄、あんころもちでどうだ?」


 ハンカチをイズルの口に突っ込んだ。あれはもう破棄ですわ。


「先生、査定の結果はどういう意味でしょう?」


 私の問いかけに、レヴィア先生は唇に指を当てて答えた。


「灰色ということは、シーフだな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ