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3 年下平民師匠

「こいつ言うな。淑女らしくないぞ」


 イズルはポケットのクルミを口に投げ込む。

 また、クルミか。しかも直に。


「すみません。ギルドのレベルが低いだけでは?」


 国を出て、別のギルドを探そうかしら。


 ガタッと大広間でテーブルの動く音が、複数の場所から聞こえた。


 あら、聞こえてしまったかも。私、疑問に思ったことは口に出さずにはいられませんの。


「ふうん。言うね、お嬢ちゃん」


 頬杖をついて、イリスさんが私の瞳を射抜く。


 雰囲気が変わった。


 風が吹き抜けたのだと勘違いした。研ぎ澄まされた鋭利な刃が私の肌を斬り裂いた。そんな錯覚に頬を拭った。


 背後の冒険者たちより、よほど威圧感がある。


「いいの、イズル? こんなこと言わせといて」


「いいけど」


 イズルは取り出したクルミをイリスさんに渡す。


「このギルドのレベルなんてどうでもいいし」


「女の子には甘いね、ほんと」


 イリスさんはクルミを齧って、息を吐きながら肩を落とす。


「お嬢ちゃん、男だったら今頃店の外まで吹っ飛んでたよ」


 私の背後を指して言った。

 そんなに強いの?

 このちゃらんぽらんな男が?


 学院一の問題児で、女子に愛想ばからふりまいて、男子とは日常的に乱闘騒ぎ、授業をサボってリスを餌付けして、ポケットに直でクルミを入れ、ギルドのカウンターでポリポリ食べてるこいつが!?


 カウンターに置いていた手を裏返す。

 暑くもないのに、じっとり汗ばんでいる。イリスさんの圧力を受けたからだ。


 彼女ほどの眼力の持ち主が、冒険者の実力を見誤るとは考えられない。


 イリスさんだけではない。レヴィア先生にまで認められてるとすると、やはりイズルの実力は本物、と捉えるべきか。


 これほど生意気な年下の男子に弟子入りなんて、私のプライドが許さない。


 でも、感情を優先してる状況なの?

 私のプライドなんてとっくに壊れてる。


 地位を失い、汚辱にまみれて退学届を出した瞬間に。

 今の目的は、地の底まで落ちた私を蔑み、笑った者たちの前に貴族としての私を超える輝きを持って降り立つこと。


 頼む、か……

 癪だけど!


「イズル、育ててみれば? このお嬢ちゃん、肝は据わってるよ、私は冒険者としての資質ありと見たね」


「イリスの意見じゃあてにならんな」


「失礼な。これでも私は、何人もの冒険者の才能を見破ってきたんだよ」


「人数自慢は、年がバレるからやめろ」


「まだ若いわ!」


 イズルの頭に拳骨が落とされる。


「あんたより、ちょいと年上なだけだもん」


「言ってみただけだ、クルミやるから機嫌直せ」


「いや、私、実はそんなにクルミ好きじゃないんだわ。何か苦いし」


「あそ」


 イズルは行き場を失ったクルミを左右に振って、私に差し出す。


「食べる?」


「いりませんわ」


 そんな素手で触れたものなど。


「結局、お嬢ちゃんは、講習と弟子入りとどっちにするつもり?」


「私は……」


 弟子入り、と言おうとして声を飲み込む。

 深呼吸をして、イズルを指差す。


「え、オレの弟子になりたいのか?」


「なってあげてもよろしくてよ」


「オレ、弟子は取らない主義なんだけど」


 何ですの、その頑固親父が腕組みをして、「弟子は取らん」みたいにふんぞり返るようなこだわりは!


「めんどくさいし。足引っ張られるし」


「イズル、イズル」


 イリスさんが袖を引っ張り耳打ちをする。


「なになに。弟子と思うな。可愛い女子と毎日デートできると思え……ふむ」


 声に出しながら全身を眺めるのはやめなさい。顔を見るんじゃない!


 少し恥ずかしい。

 私は両手で顔を覆った。

 少し指を広げる。


「よし、採用」


「やった~!」


 なぜイリスさんが万歳をして喜ぶ?


「お嬢ちゃんが育ってくれれば、あいつの才能を見破ったのは私だ、って自慢するからね。イズルは完成されすぎて面白くないし」


「えっと……」


 とりあえず、喜ぶべき?

 採用理由が腑に落ちませんが。

 とりあえず目的は達成されたということ?


「では、さっそく師匠と呼んでもらおうか」


「は?」


 誰が、誰を師匠と呼ぶと?

 もしかして、私のことか。


「なぜ、私があなたを師匠などと!」


「あ、先輩でもいいぞ。オレは冒険者として、遥か遥か先輩だからな」


「チッ」


「あ、舌打ちした」


 学院で上下関係を注意してた意趣返しか。


「あなたは細かいことを言いますのね。器の小ささが知れますわよ」


「お前、ずっと身分だの、上級生だの、下級生だの言ってただろ」


「年長者にお前って言うんじゃありません」


 礼儀のなってない平民ですこと。


「さ、帰ってクルミ喰うか」


「お待ちになって」


 離れようとするイズルのベルトを掴む。


「ぶ!」


 カウンターに顎をぶつける。


「いきなりベルトを持つな、舌噛んだぞ。もう破門だ、破門。好きにしてくれ」


 秒で破門!?

 それは困ります。


「分かりました。言います。お願いします、師匠!」


 深く頭を下げた。


 この私がっ!

 平民にっ!

 この屈辱に比べたら呼び方くらい安いものだ。


 シショーでいいなら、シショー、シショー、といくらでも呼んで差し上げますから、機嫌よく過ごしてくださいな。


 私にとってあなたなんてただの踏み台。技術さえ盗めば用済みですわよ。


 それまでせいぜい、お世話になりますわ、シショー。

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